ひろしまサンドボックスをきっかけに広島市に設立された会社がある。株式会社瀬戸内未来デザインは、東京都渋谷区にある一般社団法人渋谷未来デザインの流れをくみ、テクノロジーや未来を見据えた新たな視点、人的リソースをさまざまな場面で広島各地に提供している。代表取締役の湯浅浩一郎氏に、設立の動機や地域に眠る可能性、未来への展望をうかがった。

cap湯浅さんは、渋谷未来デザインの参画パートナーである株式会社レノボ・ジャパンの社員としてプロジェクトに参画した。

—ひろしまサンドボックスと渋谷未来デザインの協働から瀬戸内未来デザインが生まれました。渋谷未来デザインとはどのような組織なのでしょうか?

渋谷未来デザインは、2018年4月に立ち上がった渋谷区の外郭団体で、オープンイノベーションによる社会的課題の解決策をデザインする組織です。4年間かけて組織の構想が話し合われた上で、行政だけではできないことを実現するために創設されました。まちづくりの未来に向けたプロジェクトを立ち上げたり加速させるのに必要なプレイヤーと、行政のつなぎ役の役割もあります。企業や団体、学校などさまざまなセクターと協働して、新しいかたちでいろいろ生み出す。渋谷区と向き合うこともするし、全然関係ない民間のこともやる。いろいろなタイプのアドバイザーも入ってきている。5つの領域で10の事業、その下でいま現在、20の事業を動かしています。

—ひろしまサンドボックスとの関わりも、それらの事業のひとつなのですね

はい。都市間連携事業のひとつとして進めてきました。2018年には、広島県の湯﨑英彦知事と渋谷区の長谷部健区長で「ひろしまサンドボックスを広く伝えていこう」と連携を開始しました。ひろしまサンドボックスのコンセプトは、県外の人や技術とのつながりを豊かにすることですよね。その点、渋谷にはスタートアップ企業や人材が集まっているので、まずは一緒に渋谷でプロジェクトを発表して、興味を持ってもらうことからスタートしたのが5月でした。記者発表のコーディネートも、渋谷未来デザインがお手伝いしました。そこから、ただ発信するだけではなくて、具体的にプロジェクトを提案していこうということになりまして、今回の瀬戸内未来デザインの動きにつながりました。

左は渋谷未来デザイン事務局次長の長田新子さん

—会社設立に至ったのは、プロジェクトの提案を通して、広島県に何かしらの可能性を感じたからですか?

実はその前から、広島県に可能性を感じていました。ひろしまサンドボックスが始まる前に、ポッカサッポロに勤める友人の依頼で、大崎上島のレモン農園をつくるプロジェクトに関わらせていただきました。農業トレーニングにVR(Virtual Reality 仮想現実)を活用し、園地の様子や集荷したレモンの選果業務を、現地に行かなくても体験できるプログラムを試作しております。

企業さんのお手伝いのロケーションがたまたま広島だったわけなんですが、通うようになったら自分にとっての非日常空間が瀬戸内にあって、すごい価値を感じました。毎日、瀬戸内海を見ている人は何がいいのかわからないとおっしゃるのですが田舎がない私のような人間からすると、すごい素敵だな、と。そう思っていたところに、レノボと渋谷未来デザイン、渋谷未来デザインとひろしまサンドボックスとのつながりができたので、既にやっていることをベースに何か提案できないかと仲間を集めてエントリーをしました。

—ひろしまサンドボックスには、どんな提案をされたんですか?

広島を外から見たときに一番の特徴は平和の象徴であることだと思いました。そこで、原爆資料館にVR体験コーナーがあれば、いろいろなことをもっとわかりやすく伝えられるのではないかと考えました。消防訓練で各自治体が導入されているVR防災体験では、地震や水害などを疑似体験できます。これを原爆の恐ろしさや平和教育に応用できないかと考えたんですね。残念ながら選定はいただけなかったのですが、近い将来そういったことが当たり前になっていると思います。技術的には今すぐにでもできるけれど、実現にはある程度の予算が必要なので、予算がつくタイミングを見ながら引き続き提案していければと思っています。

—プロジェクトの提案から会社設立に至る流れはどのようなものでしたか?

僕にとって、広島との関わりは複業的なライフワークという位置付けです。今すぐに飯の種にしようというよりは、やってほしいというニーズがある時に仕事ができればいいと思う。そんなにガチガチに事業計画を立てるのでもなく、自己資金やプロジェクトベースの予算でやれる範囲でやる。例えば、今年1月~5月末までは瀬戸内レモンを使ったレモンハイボールなどを提供する会員制ビジネスサロン(VR Café & Bar BOSS)を期間限定で運営しました。今はある企業に場所を提供してもらって上野にYouTubeスタジオをつくる計画をしております。そのプロジェクトは香川のYouTuberさんと一緒にやります。そういうスモールスタートで何か新しいことをやって、何か一つでも事業化すればいいんじゃない?と。その足場として設立したのが瀬戸内未来デザインです。

—瀬戸内未来デザインとして手がけられたプロジェクトはどんなものがありますか?

先ほどお話しした会員制ビジネスサロンで、レモンハイボールのほかにも、大崎上島の岩崎農園さんのジャムをお客様に試食してもらったりとか。そういった活動をしながら東京の人々に島のことを紹介しました。そして、興味を持っていただいた企業さんを大崎上島町役場の方々や観光協会に紹介させていただきました。ボランティアみたいな感じですけれども。

—ひろしまサンドボックスが目指す、「広島県に企業や人、技術やアイデアが出入りする」というかたちのひとつになっているんですね。

地方にグローバル視点であったり都市生活軸にしている人々の感覚を取り入れることは大事だと思います。現地で人と話していて、地方を日常としている人は外から見た地方の価値に気づいていらっしゃらない。だから地方の価値を活用したプロジェクトが立ち上がりづらいのかもしれません。例えば、自動運転で島内交通を結ぶアイデアを提案したのですが、「島の住民はあまり不便を感じていないから」みたいな話になってプロジェクトを実行する方向に進展しませんでした。全体最適は難しいけど、部分的に特区にして解放すれば、国内外の企業や人材が島に入ってきてオープンイノベーションが加速すると思いますね。何か都会ではできない新しいチャレンジできる場を提供することで、地方にユニークな発想をもった企業や人材が集まってくるのではないでしょうか?

ですので、機を見ていろいろ広島や瀬戸内地域の自治体にいろいろ提案していきたいと考えております。今はまだ、大型プロジェクトをするには時期尚早という気がしていますが、時代的にそうも言っていられない流れはありますし、近いうちにチャンスは来ると思っています。人、モノ、金は東京を中心に回っているので、地方だけで何か新しいことをするのは難しいでしょう。そうではなくて、東京や海外企業のスポンサーや人材を受け入れる場の提供、具体的には都会ではできないことをやれる特区を提供するのが地方の活路だと考えております。僕としては、瀬戸内未来デザインで今すぐに何かをかたちにしなきゃいけないなんて考えているわけではなく、様々な場所にいる有志と一緒に新しいことに挑戦したり、瀬戸内地域にとどまらず、東京や世界とつながりを求めて経済活動をしていく仲間を増やしていきたいと考えております。結果として、日本の地方にある宝物のような島、文化、人々の営みが現在進行形で生き生きと活性化してほしい。そんな気持ちでいます。

—湯浅さんのように、複業的なライフワークとして地域に関わる人が増えると、さまざまな変化が起きそうですね。

いい気の循環が日本列島全体に生まれると思います。中小企業、特に地方には若い人材が集まってこない。一方で、東京の大手企業には才能はあるが、その才能を発揮できずに病んでいく人材がいる。そういう人たちが複業という形でやりたい事に従事できれば、個人は生きがいを得ることができるし、地方はそういった人材を活用して、都会のしがらみの中では生まれないオープンイノベーションを育んでゆけばよい。そうやって日本全体の風通しがよくなると思います。イノベーションを加速させる人材、技術は国内外にたくさんあります。そういったリソースを早く地方は取り入れたほうがいい。その支援も、できたらいいと思っています。

—広島県が大崎上島に設立した全寮制の中高一貫教育校「広島県立広島叡智学園/Hiroshima Global Academy」にも情報やアイデアの提供をされていると伺っています。

はい。叡智学園は、広島県が大崎上島を世界中から生徒の集まる教育の島にしていこうと立ち上げました。今までの公立校とは違う発想でつくっているので、新しいことへの意識やモチベーションが高い、チャレンジ精神あふれる先生が集まっています。その先生方に、VRを活用した教育について紹介させていただいております。例えば、Google Expeditionsというアプリがあります。宇宙空間、人体構造、自然科学等のあらゆるコンテンツが無料で800以上閲覧できます。Google Tour Creator というツールを使えば360°写真、音声、コメントを入れて自分たちの学校をVRで紹介することも可能です。教科書や資料集を使って先生が生徒に知識の詰め込みをするのではなく、生徒が自由な発想でVRを活用した疑似体験を通じて非言語情報を習得できる時代がきております。

2019年度に1期生の中学一年生が入学しました。3年後、彼らが高校生になるタイミングに合わせて、海外から志願者を呼べる学校になっているというマイルストーンがあります。彼らが高校を探し始める2年後は5Gが普及するタイミングでもあるので、VR空間で広島と渋谷や海外をつなげてコミュニケーションするのも面白いね、という話をしています。

—学校の魅力化は地方創生の軸のひとつですよね。VRや教育以外に、湯浅さんが地域の可能性を最大化する上で注目している領域はありますか?

不動産に注目しています。瀬戸内海周辺はすべてが絶景ですよ。砂地や海のない内陸に住む海外の人々にとっては特に。この絶景がマネタイズされていないと思うんです。日本国内だけで考えても、人が何にお金を払っているのかといえば、非日常です。日常の繰り返しは疲れるし、生きがいがわかりづらい。だから非日常的空間が人の心の拠り所になると思うんです。関係人口という言葉がありますが、1年に1回行っても行かなくても、現地では使われなくなった不動産を都会人が持つことは、地方という非日常を生活に取り入れて生きがいを得るのに有効ではないでしょうか。

地域にない視点や着想を持つ湯浅さんがひとり、地域の人々と関わりをもつことで、情報やアイデアを通して、未来の気配のようなものが伝播していっているのだろうと思います。ひろしまサンドボックスは、地域イン非連続の文脈を創り出す異分子を呼び寄せる仕掛けでもあるようです。

取材・文:浅倉 彩