地元水産業の疲弊を目の当たりにして課題解決のために会社を興した一人の若者がいた。板倉一智。漁師町に育った熱い男だ。古くからの慣習やコミュニティーがものを言うこの産業の中で、彼が打ち出した新しい一手はITだった。水産業界はまだまだITが浸透していないアナログな産業。今まで交わることのなかったアナログな業界とITとの掛け合わせで、水産業界全体の課題を解決し、活性化を図る。広島から新たなる道を切り開くべく、ITを使って現状打破を目指す、熱い男の立ち上げたサービスとその誕生秘話に迫る。

記事のポイント

  • サービスの発端は水産業界の現状への強烈な課題意識
  • 狙いは、市場の透明化による健全な市場取引の促進
  • サービス普及における壁とその克服法

概要/プロフィール

株式会社ポータブル|Portable,inc.
水産業者間で日本各地の水産物の売買をインターネット上で行えるサービス、ウーオの開発、運営を行う。2016年設立。2017年4月よりサービス「Portable(現・ウーオ)」開始。

板倉一智(いたくら・かずとも)さん
松葉ガニで有名な網代港の近く、鳥取県岩美町出身。東京で働いたのち、結婚を機に広島へ移住。故郷鳥取の水産業を再生したいと考え、起業。

利益云々ではなく地域の課題のために

「地元を出て、もうかれこれ10年経つんですけど…」

そう語り出してくれたのは株式会社ポータブル代表取締役の板倉一智さん。彼の実家は鳥取県岩美町。松葉ガニの生産量全国No.1で知られる水産業の盛んな街だ。

「帰るたびに船の数が減っているのを目の当たりにして、どうにか地元の水産業を再生したいという思いで、ゼロから始めたところなんです。」

実家から目と鼻の先にある漁港。幼い頃は栄えていた漁港もこの十数年で廃れてしまった。

「周りには、家業を継いで生産業をやっている友人もいる。船の数とか減っている中で、彼らは自分の子供たちには家業を任せられない、させたくないと。」

そのわけは、
「出て行くものは出て行って、たくさん増えていっているのに、入ってくるものは変わらない」から。
出て行くもの(支出)は増えて生産者の負担は大きくなる一方で、魚の値段(入ってくるもの=収入)は変わらない。

「相場がよくないということなんですよ。」

魚の流通は決まったところでしか行き来していない。これが地方の漁港衰退の大きな原因だと板倉さんは指摘する。いくら需要が上がろうと、供給量が落ち込もうと、地元の生産者が取引をするのは決まった中央卸売業者のみになる。今までの商習慣、長年の付き合いで魚の値段が上がることはなくなってくるのだ。

「だから僕らのウーオのサービスっていうのは、産地の魚の価格を上げていこう、適正価格に導いてあげようっていうことなんです。」

これまでは、業者間取引の中で比較的弱者の立場にあった生産者。それは販路先が少ないことに原因があった。買い手側の競争がないために、生産者は立場的に優位に立って取引をすることができない。

「例えば、相手側が安くしてって言ってきたら言いなりになるしかないんですよね。それって意味がないですよね。買い手としても絶対安く買おうとしますよね。」

出て行くものが出て行くのに加えて、優位に立って取引をすることができない生産者たち。
そんな彼らの立場に立って作られたのがこのサービス、ウーオである。

市場間取引の不平等、ITを使って是正

このサービスを使うと水産業者はインターネットを使って日本各地で水産物を売買できるようになる。
既存の取引先と決まった金額でしか取引のなかった水産業者間には市場競争が生まれる。

これが課題解決の鍵となる。

新しい販路ができた地元生産者は既存の取引先に固執する必要がなくなる。選択肢がたくさんあれば交渉力が増す。

ウーオのサービスイメージ図

メリットがあるのは生産者だけではない。中央の卸業者としてはより多くの選択肢の中から水産物を買う先を選べることになる。

「アプリでネットワークを作るというのがこのサービスです。水産業者さんだけで、取引ができますよというのがウーオのサービスですね。」

ではなぜ今までこのシステムが確立してこなかったのか?
そこにはIT導入への障壁があった。