観光スポットは豊富だが、宿泊客が少ないという課題

平成19年以降「観光立国」というスローガンを掲げてきた日本は、 国際会議やオリンピックなどのイベントを誘致してビジネストラベルの増加を目指す「MICE(※1)の強化に取り組んできた。そのMICEの新たな展開として誕生したのが、地方ならでは場所や体験を通じた小規模(Compact) で、市民(Civic)による、創造的(Creative)なイノベーションを共創する「C-MICE(シーマイス)」だ。

公益社団法人 奈良市観光協会は「C-MICE」の取り組みとして、深い歴史を持つ奈良の事業環境に適した企業研修プログラム「Life Trip NARA」を開発。2018年3月13日・14日の2日間で、テストマーケティングを行った。本記事では、そのもようをお届けする。

奈良は、「奈良時代」に国家の基盤が築かれた古都であり、中国や朝鮮との交流により芸術や技術が著しく発達した「国際交流の始まりの地」でもある。現在では3件の世界遺産を擁し(古都奈良の文化財、法隆寺地域の仏教建造物、紀伊山地の霊場と参詣道)、東大寺、興福寺、春日大社をはじめとする国宝・重要文化財は1,323件で、東京、京都に次ぐ全国3位だ。※平成30年3月1日 現在

「奈良市には観光資源が多数現存するにもかかわらず、宿泊客数が極端に少ないという課題を抱えています。」と語るのは、奈良市観光協会の胎中氏。この課題を解決するため、奈良市観光協会は2017年、1300年後の未来を見据えたイノベーション創発を目指すプロジェクト「NEXT-1300 NARA」を立ち上げた。そこから1年をかけ、構想をかたちにしたのが「Life Trip NARA」だ。

「Life Trip NARA」は、歴史建造物だけでなくその時代を生きた歴史上の人物の生き様を地域資源と捉え、ただ訪問する観光ではなく学びや体験を重視したコンテンツに昇華させたもの。

テストマーケティングには、WEBシステム開発をメインとするIT企業「キャスレーコンサルティング株式会社」の社員10名が参加した。それぞれがCSV(※2)の知見を有しており、観光協会ではテストツアー開催後の意見や助言をプログラムのブラッシュアップに生かす狙いだ。

※1:企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(インセンティブ旅行)(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字のことであり、多くの集客交流が見込まれるビジネスイベントなどの総称。

※2:企業が自社の強みで社会的課題を解決することで、社会的な価値を創造し、その結果、企業の持続的な成長へとつなげていく差別化戦略のこと。

偉人になりきり、豊かに生きるヒントを見つける

オリエンテーション

「Life Trip NARA」のコンセプトは、「奈良時代の偉人になりきり、その知恵を借りることで、“人生100年時代”を豊かに生きるためのヒントを見つける」というもの。

知恵を借りる偉人には、法律に基づく統治国家を目指した政治家「藤原不比等」、東大寺の大仏を建立し、民衆の生活基盤を大切にした僧侶「行基 」、最先端の思想や文化を輸入し取り入れた遣唐使「吉備真備」 の3名を立てた。参加者はいずれかの偉人になりきり、彼らの足跡を辿ったあとに未来のイシューを想像することによって、未来に向けて「今」何をすべきかを見つけ出していく。

プログラムの1日目はどの偉人になりきるかを選び、偉人の視点で奈良を味わいながら、奈良時代に“脳内タイムトリップ”。

事前に奈良の歴史に精通している「奈良まほろばソムリエの会」のメンバーから、それぞれの人物にまつわる説明を聞き、選択後は偉人のイラストが描かれたブルゾンを着用した。

グループワークの様子

その後、「偉人がどんな人物だったか?」、「大切にしていた使命とは?」など、それぞれの偉人の行動や偉業を掘り起こすワークをグループごとに実施し、偉人の本意に考えを巡らせる。そして、その考えに至った理由や使命感、信念にまで言及し、ポストイットにまとめてボードに貼付。「人の意見をいきなり否定しない」や「人の意見に乗っかる」などのルールが決められており、相乗効果で多くの意見が誘発されていた。

喜光寺 行基堂内

グループワークの後は、偉人のゆかりのある場所に出向くフィールドワークへ。

藤原不比等チームは藤原氏の氏寺「興福寺」へ、行基チームは東大寺大仏建立のための布教活動の拠点とした「喜光寺(きこうじ)」へ、吉備真備チームはか遣唐使線(模型)が展示されている「平城宮跡歴史公園」へ移動。

各施設でより具体的な案内を受けた参加者は、歴史が刻まれた現場の空気感を目や耳、肌で感じる体験を通すことで、それぞれ偉人の思いや苦労をリアルに感じることができたようだ。参加者の男性からは「グループワークでは遠い存在だった偉人が、より近くに感じることができました。」というコメントも聞かれた。

その後、フィールドワークで感じたことを再びグループワークで言語化し、1日目の締めくくりとして、グループごとにまとめた意見を偉人になりきりプレゼン。緊張気味だったスタート時とは違い、誰もが生き生きとプレゼンしていた様子が印象的だった。

2日目は「Future Trip」で未来の履歴書をつくる

東大寺の大仏殿を拝観

大安寺にて瞑想体験

ツアー2日目は、偉人の視座から未来のイシューを考えた後、偉人から本来の自分へ戻り、未来を想像する。

まずは偉人たちの思いを改めて感じるため、3名の偉人と関わりのある東大寺大仏殿を拝観。その後、大安寺へ移り、瞑想を体験した。集中力を高めて、午後のツアーへとつなげる目的だ。今回、初めて瞑想を体験したという女性は「周りがフッと明るく感じました。とてもスッキリした気分です。」と表情そのものが物語っていた。

続いて、「高齢化による生産人口の減少」や「世界的に化石エネルギーが枯渇する」などの未来のイシューが書かれた20枚のカードからグループごとに6~7つを選び、偉人ならどんな解決策を講じるのかをディスカッション。前日にまとめた偉人の使命感や理念などと照らし合わせながら、「お金に消費期限を設ける」や「起業に仏教教育」、「空き家テーマパーク」などのアイデアを創出した。

個人ワークの様子

プログラムの最終フェーズは、ジブンゴト化のプロセス。偉人のブルゾンを脱ぎ、ありままの自分に戻った参加者たちは、偉人による未来の取り組みを参考に、自分の未来を想像する。未来に向けてやりたいことは何か?周りには誰がいるか?社会のどんな役に立つのか?大切にしたい価値観とは?など具体的に言語化した。

参加者たちは黙々とポストイットに言葉を書き込み、その後に配られた「未来の履歴書」へ導き出した答えを綴った。

最後に、それぞれの「未来の履歴書」を全員の前で発表し、締めくくりとなった。アウトプットされた履歴書を一つご紹介しよう。

「偉人に触れたことで、『職業ベース』で物事を考えていた従来の自分から、『生き方ベース』で働き方ややりたいことを考えていきたいと思えるようになりました。自分としては、2020年の東京オリンピックに向けて海外の人と交流できる機会を作るだけでなく、そういう交流の場を多くの人に提供できたらと思います。『もっと楽しく、まだまだ面白く』というモットーを掲げ、自分から積極的に行動していきたいです。」

テストマーケティングの結果を受けて

全プログラム終了後、参加者からは以下のような声が聞かれた。

ー金美善さん(藤原不比等を選択)
「3年前に日本に来ました。今回の参加でキャリアプランの幅が広がった気がします。今できないことでもできる可能性はあるかなと。今度はプライベートで奈良に訪れたいです。」

ー加藤茜さん(行基を選択)
「今まで自信が持てずに諦めていたことも、信じて行えば叶うかもしれないと思えるようになりました。今は入社前なのですが、入社後は社会的な価値を大切にして、取り組んでいきたいと思います。」

ー前田大地さん(吉備真備を選択)
「人生を考えるヒントになりました。特に自分の内面と対話できる瞑想が良かったです。これからは世の中的に、働き方や価値観が変わっていくと思うので、多様な働き方をしたい人や、夢を持って活動したいと思っている人には参加を勧めたいです。凄くいいヒントになると思います。」

公益社団法人 奈良市環境協会 地域創生事業グループ 村田知恒さん
「観光協会として、観光以外にこのような企業研修は初めて取り組みで、喜んでいただけるか不安だったのですが、多くの笑顔が見られて、まずはホッとしています」

奈良市観光協会の村田氏によると、正式には秋頃から「NEXT-1300 NARA」のサイト上でプログラムを販売したい考えとのこと。
「今後、参加者の皆さんからの声を、数値目標やプログラム内容に反映させてブラッシュアップします。また、今回はテストマーケティングのため、こちらでプランをすべてご用意しましたが、基本はオーダーメイドで企業様のニーズに応じて、立てる偉人や宿泊場所を選べるようにしたいと思います。価格についても、ニーズに沿った金額を提案させていただきます。このプログラムに参加された方が、人生で行き詰まった時、また奈良に来て考えてみようというきっかけとなれば嬉しいです。企業様向けの研修だけでなく、修学旅行向けの体験プログラムも作る予定です。」

事業の進捗は、「NEXT-1300 NARA」で追いかけることができる。地域の特色を生かした「C-MICE」は、偉人の業績をビジネストラベルの増加に生かせるか。先進事例の行方に期待したい。

●公益社団法人 奈良市観光協会

  • 所在地:奈良市上三条町23-4 (奈良市中部公民館一階・奈良市観光センター内)
  • 電話:0742-27-8866
  • NEXT-1300 NARA公式サイト

取材・写真・文:大垣知哉