海ぶどうが育つ海水のCO2濃度を上げ、水流をつくると収穫量が増え、商品としての寿命も伸びる。沖縄県糸満市の海ぶどう農家で実施された実証実験が示したのは、水産業振興の使命を持つ糸満市経済観光部海人課とITシステム・ベンダー、そして海ぶどう農家の、誰もにとって喜ばしい結果だった。

記事のポイント

  • 大学教授の研究データを活用した実証実験を遂行
  • 海ぶどう管理システム開発は、連携するIT企業の新市場開拓にもなった
  • 研究の深化と実用化を見据えて新会社設立を目指す

琉球大学の研究シーズでIT企業と水産業の課題に取り組む

キーパーソンとなったのは、琉球大学工学部工学科エネルギー環境工学コースの瀬名波出教授だ。かねてから高濃度CO2海水を用いることで光合成を促進する高効率な海藻養殖技術の研究をしてきた瀬名波教授は、CO2を効率よく海水に溶解させる技術に詳しい。また、過去の実績からCO2導入効果の実証が見込めたことが、沖縄TLOからの研究開発費(※)の獲得を後押しした。

琉球大学 瀬名波 出(せなは いずる)教授

一方、株式会社OCC取締役でITイノベーション推進室本部長の屋比久友秀さんは、社内で新市場開拓の特命を担う人物だ。大学で宇宙物理学を学び、OCCに入社した後、米国最大の高エネルギー物理学研究所であるフェルミ国立加速器研究所や東京大学、理化学研究所などの研究機関に出向。素粒子の研究などで培ったビッグデータ解析の知見を持つ。

「OCCはこれまで、基幹系領域を主な仕事場にしてきました。自治体がクライアントの場合は、税の計算や組織管理などですね。しかし、それだけでは市場が飽和することは目に見えています。会社の将来を考えた時に、クライアントの個別ニーズを緻密にヒアリングして、ITの力で課題を解決したり売り上げや利益を向上させるような仕事を開拓しなければなりません。それで、私が一人、特命事業を仰せつかり、お客さんから課題をヒアリングしながら改善システムを組んで提供することを始めたのが2017年の4月のことです。」

株式会社OCC 屋比久 友秀(やびく ともひで)氏

今回、糸満市の依頼で取り組んだ課題は、生産量・生産額ともに右肩上がりの海ぶどう養殖業において、夏場と冬場に収穫量が減ってしまうこと。養殖業は、OCCにとっても屋比久さんにとっても未踏の領域だ。しかし、水温や水流、酸性度、CO2濃度、濁度、日照量など多くのパラメーターを常時モニタリングしてデータ解析にかけ、結果に基づいて最適にコントロールすることで生産効率を向上させるシステムが確立できれば、ITの面目躍如。新市場創出の突破口となる。

2017年度の事業は、IoTによるモニタリングシステムを海ぶどう養殖水槽に実装し、何が海ぶどうの生育に影響するパラメーターなのかを突き止めるところまで。1カ年事業で約400万円という余裕のない予算だったため、高濃度CO2海水の注入は、時間を決めてバケツから水槽に入れるという手作業で行われた。

高濃度CO2海水と養殖IoTシステムの実証実験が行われた海ぶどう養殖場「海ん道(うみんち)」

「これを自動化し、常時最適化するところまで完成度を高め、沖縄発の養殖効率化システムとして世界中で販売したい。見込んでいる市場は、養殖業すべてです。(屋比久さん)」

瀬名波教授は、「沖縄の海の清浄性を生かした研究」と話す。
「以前、企業との共同研究で、鹿児島で同様にCO2を溶解させて海藻を育てる実験をしたことがあります。ところが、水質の問題で海藻を育てたいのに菌が育ってしまい、殺菌にコストがかかりすぎて中止になりました。沖縄の海水はきれいなので殺菌が必要ない。恵まれています。」
沖縄から世界へ、という屋比久さんの展望は、内実を伴っていると言えそうだ。

沖縄TLO(Technology Licensing Organization)は、沖縄における大学などの知を活用した産業発展を支援する企業。実証実験は沖縄TLOが公募した「産学官連携ネットワーク形成事業」に採択されて実施された。

収穫量1.5倍、日持ち2倍以上という結果

このような背景のもと、夏と冬に計4回行われた実証実験の結果、夏場はプロペラ水流と高濃度CO2海水添加により1.5倍以上の収穫量が見込めること、日持ちが2倍以上よくなることがわかった。また、水流によってCO2の吸収率が上がる相乗効果も確認できた。

【Before】CO2なしの海ぶどう

【After】CO2ありの海ぶどう

日持ちが延びたのは、予想外だったという。

「1回目の実験の後は、食べなかったんです。でも2回目、せっかくだからCO2をたくさん吸収して育った海ぶどうを食べてみようということになり、試食会をしたんですね。従来の育てかたをした海ぶどうと食べ比べました。味の違いはわからなかったのですが、2時間ほどすると、通常の海ぶどうはしぼんでお皿の底に緑色の液体が溜まり始めたのに、CO2海ぶどうのほうはピンピンしていた。明らかな違いに、みんなで驚きました。試食会をしなかったら気づきませんでした」と屋比久さんは振り返る。

収穫量が1.5倍になっただけでなく、商品としての寿命が伸び、プロダクトとしての品質も上がった。海ぶどう農家にとってのメリットは想定以上だったといえる。仮に養殖事業者が導入する場合、ランニングコストはどの程度かかるのだろうか。

瀬名波教授によれば「ランニングコストは、CO2の溶解海水の作成と、水流もつくるのであればポンプを動かす電気代ぐらい。概算では売り上げの5〜10%」とのことだ。

CO2溶解装置

新会社設立を目指し、事業化へと走り出す

実験の成果を踏まえ、産官学連携チームは事業化へと走り出す。
「2018年度は、沖縄県商工労働部情報産業振興課の『IoT利活用促進ネットワーク基盤構築・実証事業(利用補助事業)』の候補者に決定しました。(注・2018年7月10日現在)この半額補助予算を活用して、商品化に向けた養殖IoT装置プロトタイプをつくります。」(屋比久さん)

はじめに目指すマイルストーンは、養殖IoT装置を扱う新会社の設立だ。まずは、実際に使われている6トンクラスの水槽での効果実証を行う。「水槽が大きくなると水流も変わりますし、他にも何らかの課題が見えてくる可能性があります。その課題を乗り越えれば、『うちでも導入してみたい』という養殖業者さんが出てくるはずです。(瀬名波教授)」

実験が行われた海ぶどう農家 株式会社日本バイオテック取締役 山城由希さん(写真・右)

次に、IoTセンサーの情報を元に高濃度CO2海水の添加を制御するシステムの確立を目指す。「海ぶどうの生育状況をカメラで常時モニタリングし、1日あたりの伸び幅と海水の条件を照合することで、海ぶどうにとって最高の条件を知ることができます。水温、水流、CO2濃度などすべてのパラメーターで最高を維持する水質制御が最終目標です。これには、AIによる機械学習も関与してきます。(屋比久さん)」

今回の実験が行われた海ぶどう養殖場を統括する株式会社日本バイオテック取締役 食材事業部営業統括部長の山城由希さんは、こう期待を寄せる。「生産管理については、かねてから課題と感じていました。海ぶどうはデリケートな生物で、きめ細やかな水質管理が必要ですが、今は人それぞれの感覚に頼っています。これを、正確なデータに基づいて自動最適化できるだけでも生産性が上がるはず。さらに、今回、高濃度CO2海水で夏場の1回あたり収穫量が増えることがわかり、冬場の生育スピードを上げる可能性も見えています。これまでの成果を生産現場に実装する養殖IoT装置の導入が楽しみです。」

例えば、天気予報をもとに曇りで気温が下がることを予測する。日照量が減り、水温が下がると海ぶどうは光合成をしなくなるので、予測に応じてCO2濃度を下げる。また、海ぶどうは生来、満月の日によく成長する。これに合わせて、満月の日はCO2濃度を上げる。こういった細かな調整により、さらに生産性を上げられる余地がある、という見立てだ。

さらには、気候の不安定化を加速させるCO2の排出源からCO2を調達し、同時に排熱も利用するロジスティクスの確立も視野に入れている。
「熱やCO2は、排出源では邪魔者ですが、海ぶどうの養殖にとっては有益です。これを実証するべく、糸満市の製塩事業者さんにも協力をしてもらえることになっています。(瀬名波教授)」結果としてCO2の排出削減と海ぶどうの増産が実現すれば、海という地域資源を生かした産業の低炭素化と生産性向上という果実が同時に得られる。

瀬名波教授が取り組んできた高濃度CO2海水の利活用研究が、IT企業の新規事業開拓とかけ合わさることで海ぶどう農家の課題解決に寄与する。ひいては、水産業全体の成長や、海ぶどうを代表格とする地域ブランド「糸満」確立へ期待が高まる。沖縄の清浄な海や海ぶどうという地域資源の価値に、地元のひと・もの・かね・ちえで新たな切り口を開拓して世界市場を目指す。「産学官連携」と「地方創生」のひとつの理想形として、このプロジェクトに今後も注目していきたい。

●株式会社OCC

  • 創  業 : 1966年10月
  • 代表取締役社長 : 天久 進
  • 所 在 地 : 〒901-2112 沖縄県浦添市沢岻2丁目17−1
  • 電  話 :098-876-1171
  • メール : occkanri@occ.co.jp
  • 株式会社OCC コーポレートサイト

●国立大学法人 琉球大学

●株式会社日本バイオテック

海ぶどう撮影協力:海ん道

取材・文:浅倉彩