兵庫県神戸市の元町商店街には、クリエイターが作品を持ち寄るシェアギャラリー「TuKuRu(faecbookページに飛びます)」と、日によってさまざまな料理人が店を開くシェアキッチン「ヒトトバ(faecbookページに飛びます)」がある。2店舗を運営する東村奈保さんは、「シェア」をキーワードに次々と事業を立ち上げてきた連続起業家。東村さんの事業づくりに通底する信念や考え方には、自分の身の回りから地域を元気にするヒントがちりばめられていた。

記事のポイント

  • わたしが「あったらいいな」と思うことを必要とする人は他にもいると信じる
  • 「ない」から持ち寄る。持ち寄ると新たな価値が生まれる
  • 「地域おこし」は「人おこし」。自分と関わる人が楽しむことから

「シニアのためのシェアハウス」をやめた理由

WEBサイト制作とシステム開発を提供する株式会社ビビット・ワークスを経営していた東村さん。新たな発想をかたちにするためにNPO法人ソーシェアを立ち上げたのは、ビビット・ワークス設立から4年後のことだった。

「自分自身が、婚姻による家族を持たずに老年期を生きることになるかもしれないという状況になったときに、独身シニアが助け合って暮らせるシェアハウスがしたいな、と思ったんです。そこで、シェアのあり方を提案する事業体としてNPO法人ソーシェアを設立しました。」

東村奈保さん

ソーシェアのルーツには、「わたしがあったらいいなと思うことを必要とする人は他にもいると信じる」という東村さんの信念がある。物件にめぐり合い、そこをどんな場にするか、丁寧に自らのニーズを掘り下げていった結果、「独身シニアのためのシェアハウス」は、「農家さんと住人と地域がツナがるシェアハウス」へと変貌した。理由は、「私自身が、『独身シニアのため』と限定され切り分けられたシェアハウスに住みたいとは思わない、と気づいたから」だ。

最初に描いたコンセプトをひとり歩きさせず、「まずは自分自身が、本当に欲しいか」を自問しながらサービスをつくりあげていく。この行動原理は、それ以降の起業にも貫かれている。

「ない」から始めたTuKuRu

ソーシェアの事業を通して「人と人がツナガルこと、シェアすることで世の中は少しよくなる」というメッセージを発信し始めた東村さんに、元町商店街から空き店舗活用のオファーがかかった。このときに東村さんが注目したのは、「あるもの」や「できること」ではなく「ないもの」「できないこと」だった。

「わたしはいつも、マイナスからなんです。TuKuRu(オンラインショップに飛びます)もそう。商店街の賑わいにつながるお店をつくろうと思ったときに、わたしにはつくれるものがなかった。それで、ものをつくりたい人たちが喜んで集まってもらえる場所にしようと、シェアギャラリー。それも、ただの売り場ではなくて、つくる人と使う人がつながれる場所、というコンセプトを立てました。」

最初は1階だけ改装してオープン。そこから、カフェ&バーの機能を加え、2階はクラウドファンディングでお金を集めて、コワーキング&イベントスペースにした。東村さん自身や集う人のニーズを見つめ続け、それに合わせて少しずつ変わりながら今のTuKuRuがある

1階のシェアギャラリー

2階のコワーキング&イベントスペース

「これからも変わります。オープンから4年経って、なんとなく落ち着いてまとまってきたみたいな空気を感じるけれど、止まったら終わりですから。」

シェアをデザインする

「飽き性」を自認する東村さん。「『こんなことがしたい』と構想し、かたちにするプロセスで燃えるが、ある程度仕組みが回り始めるとまた次のことがしたくなる」と話すとおり、TuKuRuオープンから3年後にはシェアキッチン「ヒトトバ(兵庫産業活性化センターWEBサイトに飛びます)」をオープンした。

「町を元気にするのは飲食店だと思う。それに、TuKuRuをやってみて、『つくりたい人がこんなに、この地域にいたんだ』と楽しかったんです。『こんなことがしてみたい』っていうのがその人から出てくる瞬間を一緒に見られるのが一番楽しい。それで、“『ない』ところに持ち寄る”シェアの発想を飲食店でできないかと始めたのがヒトトバです。」

単発利用は1回10000円、レギュラー利用は1回5000円で、飲食業許可取得済みで食品衛生責任者のいるキッチン付き店舗を利用できる。これまでに2人が、ヒトトバで手応えを掴み、独立して飲食店を開いた。そして東村さんはヒトトバでも、次の展開を考えている。

「ヒトトバは1年半やってきて気づいたというか、『あーそっか』と思ったのは、あそこはお店が定着をしないなって。むしろ、してはいけない。利用者さんがやりたい事を掘り起こして、ヒトトバで納得できることをやったら出て、次に何をするかって考える場所。滞留するんじゃなくて循環する場所なので、事業的には全然ダメなんです。手間がかかるわりに儲からない。全国の商店街に空き店舗はごまんとあっても、『そりゃ誰もやらんわ』って思います(笑)。」

「でも、わたしとしては全国のいろいろな地域にこのスタイルが広がってほしい。それに、独立開業できたのが2人というのは少ないなと思っています。もっと増やすために、ヒトトバと独立開業の間にもう1ステップ必要。ヒトトバの次は、お蕎麦ならお蕎麦、中華なら中華と、より専門性の高い店舗の空き時間での営業にチャレンジしてもらいたいんです。そこで今、飲食店の空き時間とヒトトバの卒業生をマッチングして決済までできるシステムを構築中です。手間をかけたからこそたまったノウハウを活用して、人じゃなくてもいい部分をシステムに置き換える。そのシステムが広がって、全国の地域で、空き店舗や飲食店の空き時間を使ってチャレンジする、やる気のある人を掘り起こす装置みたいになってほしい。

また、東村さんは今、近隣の飲食店からフードを持ち寄ってもらう立ち飲み Barのオープンも準備している。こちらも、運転資金を抑えて続けられることを考えた結果、ガスがきていない細長い物件でするしかないという”マイナス”からスタートした計画。フードがつくれないことを逆手にとり、そこに来れば商店街の飲食店の存在や味を知ることができるショーケースになるという付加価値を生み出した。

さらに、適した物件があれば、すぐにでもしたいのは高齢者福祉の機能を持ったシェアスナックだという。

「女性で『スナック』っていうと『やってみたい!』ってめちゃくちゃウキウキする人多いんです。それに、この前聞いたんですけど、どこかの地方のスナックが面白いことをしているらしくて。地域の高齢者の方々が、朝スナックに行ってモーニングを食べて、頼んであるお弁当を手渡されるんですよ。ママが、『お弁当持っていってらっしゃい』って送り出すんです。それぞれいろんなところに行って、お弁当食べて、お弁当箱を返しに夜また戻ってくるの。そこから夜のスナックが始まって、次の日の朝にはまたモーニングを食べにきてお弁当渡されて。生きがいや栄養管理を提供している。すごいな、自分が住む場所にほしい、と思いました。」

生きる場所は、ひとつじゃない

地域の人々からモチベーションや可能性を引き出すシェアの力、場の力に手ごたえを感じている東村さんだが、いわゆる「地域おこし」をしている感覚はないという。

「関わってくれる人がいればいるほど、『これ必要なんやな』って実感できるので、それをモチベーションにやっている感じですね。地域活性化のために、みたいに見られるとちょっと違う。言ってもらえるのは嬉しいんですけど、私自身が目指してるわけではないです。結果的に地域活性化になるといいなとは思うけど。それよりかはそれに関わる人がどれだけ楽しめるかっていうことの方が大事で。」

その言葉にも表出しているように、東村さんは生きる場所を神戸に決めているわけではない。「生きる拠点は何個あってもいい」そう考え、TuKuRuやヒトトバの仕事においても、他拠点生活の準備としての側面も意識しているそうだ。

「TuKuRuはわたしの原点なので、完全に離れることはないと思いますが、お店に立つ回数を減らすことはあるかもしれない。ひとつの場所に縛られるってわたしにとってはしんどいんです。いろんな場所に出ることで、大好きな神戸を俯瞰できたり、解決策が見つかったりする。ずっとここにいることで、それが見えなくなるのが怖くて、意識的に移動するようにしています。だから、2拠点、3拠点あったほうが全部うまくいくような気がしています。」

自分のニーズを原点に、関わる人が楽しめるシェアのあり方デザインするという仕事を編み出した東村さんの対象は広い。物件があり、人がいる場所ならどこででも、さまざまな人と人、人と場の関係性をつくることで、結果的に地域に新たな価値を生み出していくのだろう。

●NPO法人ソーシェア 概要

  • 所 在 地 : 〒650-0022 兵庫県神戸市中央区元町通6-5-13 TuKuRu-ツクル-内
  • 電 話 : 078-360-3316
  • メール :info@soshare.jp
  • 代表取締役: 東村 奈保
  • 設  立 :2013年2月14日
  • TuKuRu Facebook</li
  • TuKuRu オンラインショップ

●株式会社ヒトトバ 概要

  • 所 在 地 : 〒650-0022 兵庫県神戸市中央区元町通 5-4-1
  • 電 話 : 078-360-3316
  • メール :info@hito-to-ba.com
  • 代表取締役: 東村 奈保
  • 開  業 :2017年5月1日
  • ヒトトバ Facebook

取材・文:浅倉彩