2017年度から熊本県球磨郡多良木町で行われている「TBDCたらぎビジネスデザインキャンプ」(以下、TBDC)は、外の人の目線と、中の人が持つ情報を組み合わせることで眠っているビジネスチャンスを掘り出し、まちを活性化する取り組みだ。2年目となる2018年度、三連休を利用して行われたキャンプの模様と、まちに起きつつある変化をお届けする。

記事のポイント

  • Session1 「感じる」 多良木がこうなったらいいな、と思うこと
  • Session2 「俯瞰する」 そうなる上での課題と解決策は?
  • Session3 「つなげる」 解決策をビジネスモデルに
  • Session3 「表現する」 イメージをビジュアライズする

その場限りのアイデア大会で終わらないために

多良木町は、九州山地の尾根に囲まれた盆地、かつて領主相良氏が700年にわたって統治した人吉球磨地方の奥に位置する米どころだ。日本三急流に数えられる球磨川の水が生んだ米や球磨焼酎。日本史上稀な「相良700年」の間に育まれた仏教美術や神楽信仰などの独自文化に、球磨川にのってやって来た外来文化が融合した食文化や遊戯が残る。「相良700年が生んだ保守と進取の文化」は日本遺産に認定され、司馬遼太郎は「街道をゆく」に「日本でもっとも豊かな隠れ里」と記した。

そんな多良木町も、多分にもれず人口減少の途上にあり、8人の地方創生アドバイザーを迎え入れることで変容を図っている。TBDCもその一環。アドバイザーのひとりである、きびだんご株式会社(クラウドファンディングサイト「Kibidango」運営)の青井一暁氏らが、地方創生交付金事業として、町の将来を担う地元有志たちの協力を得て開催しているものだ。

開催日初日の夕方、まちを見晴るかす丘の上に、TBDCのプログラム「考えよう。まちのことワークショップ」の参加者たちが、総勢20人ほど集結した。役場の職員にお寺の副住職、球磨焼酎の蔵元、理学療法士、図書室のスタッフ、ミュージシャン、米農家、しいたけ農家やイノシシを狩る猟師、アグリトラベラー、地元で手づくり市「いしぐらマルシェchocotto」を主催する女性や地方創生アドバイザーの面々など、まちの内外から集まった多彩なメンバー構成。年配の参加者からは、「田舎は閉鎖的。中から発信しようとするひとや、外から中に情報を入れようとする人がいるのに、殻に閉じこもっている場合ではない。われわれの世代が殻を破らなきゃ」と参加した動機を話した。
「キャンプ」というネーミングは比喩ではなく、外から来たメンバーはテント泊で、ワークショップも野外、食事も野外だ。

テーブルやパネル、ファイヤーサイト、調理場などは、プロダクトデザイナー古庄良匡さんの手で設計・手づくりされたもの。ドリンクや料理のメニューなどのディティールに至るまで、総合プロデューサーの青井一暁さんのこだわりが透徹した、ソフトパワー全開の時空間だった。

自然豊かな環境が人間の集中力や創造性を向上させることが、さまざまな研究で明らかになってきている。まちの人にとっては、日常のすぐそばに出現した非日常。同じビジネスデザインワークショップでも、会議室やセミナールームにはない価値が創出されていた。足元にあるものとまちの内外の人の創造性をかけあわせ、新しい何かを生み出すためのイベントであるならば、イベント自体が創造性に富んでいることが成功の第一歩。そう納得せずにはいられないお膳立てだ。

ファシリテーターの唐川靖弘さんは、3日にわたって計4回開催されたワークショップを次のように設計した。

① ゴールは、生まれたアイデアに伝播力をもたせるためのビジュアライズ。
② そこに向かう各回のテーマは「感じる」「俯瞰する」「つなげる」「表現する」

「昨年は7人の賢者と一緒に外からの目で多良木のいいところを見ました。ふせんで多良木のいいところを書きだしたり、ビジネスデザインのプレゼンをしたり、『多良木でできたらいいな』がたくさん聞けました。今年は去年参加したまちの中の人が『賢者』になって新しい現実を構築していくために、個々がふだん考えていることを深め、出し合う。そんな2泊3日にします。」
唐川さんの言葉から、1回目の「感じる」ワークショップが始まった。

1年に1度の特別な場で湧き上がってきた気持ちやできたつながり、アイデアがその場限りで終わらないように。そのために、3日間でそれぞれの頭の中にあることを出し合い、相互理解を深めた上で見出したビジョンを共通したビジュアルで伝えられるようになる。芽生えたばかりの地域活動は、会社組織などとは違う。金銭的なつながりもなければしっかりとした意思決定プロセスや指示系統があるわけでもない。それでもチームが形成され、機能し、活動がきちんと具現化していくことをゴールにおいた、唐川さんの戦略だ。

各回、数人ごとのチームにわかれてさまざまな発言を聞き合った。すべてをお伝えすることはできないので、ここからはエッセンスを追っていくが、大前提として誰もに発言の機会があり、みなが自分の気持ちや意見を言えた経験をするということが、TBDCの価値のひとつなのだろう。そのことは、「みなさん開放的なこの場所で気持ちを解放して。言っちゃいけないことなどなく、話しましょう」という唐川さんのガイダンスにも表れていた。

各回からピックアップした言葉や考えは以下のようなものだった。(太字は唐川さんのガイダンス部分)

Session1「感じる」 多良木がこうなったらいいな、と思うこと。

・多良木っていいなあ、と思えることが増えるといい
・子どもから大人までが集ってあたたかいごはんを食べられて、みんなが楽しくなれる場所があったらいい
・車が運転できなくなったお年寄りも集えるシステムがあったらいい
・自然の綺麗さを残していきたいなど、自分たちが「好きだ」と感じることでつながりあいたい

Session2「俯瞰する」 そうなる上での課題と解決策は?

課題
・世代間の交流が少ない
・現役で活躍している年配の人たちと30-40代の世代に温度差があり、新しいことをしようとすると「今まではこうだった」「現状維持でいい」「守ってきたものを壊すわけにはいかない」「始めて続けられなかったら失敗。そうなるのはだめだ」とネガティブな反応を受けることがある。サポートしたい人もいるはずだが、つながれる場所やきっかけがない。
・TBDCに来ると出会えるが、何かしたいと思っている人どうしがつながれていない。
・一回出て行って帰って来た人たちとずっと多良木にいる人たち、という区別がある。

「若い人たち自身はどうですか?」

・外から帰って来てお店を出す人が増えてきた。
・圧に負けずに自分の思いを形にしたいと信念を持って行動する人が増えている。
・一回外に出ると、「多良木でもできる」という感覚や価値観が生まれ、「ここではできない」という固定観念から自由になる。
・定年退職した人が生まれ育ったところに帰りたい、と帰って来たときに、つまんない田舎だと思わないようにイベントなどをして受け皿になって迎え入れる役割を持ちたいと思っている。

解決策
「この中のどの問題だったら、自分たちで何かできそうかを隣の人と話してみてください。いろんな人を区別する癖があるけれど、もっと深いところにある共通したものってないですか? 」

・地元愛はある。多良木のことはすごく好き。それはみんな同じ。
・だから、親世代に理解してもらおうとするのではなくて、「幸せそう」と思ってもらえるようになればいいのかもしれない。
・対話できる機会を持つ。
・励まし合えればへこんでも立ち上がれる。そこにいけば誰かいる、つながる場があるといい。
・否定も思いやりととらえる。
・まちのためにやる、ではなく、自分がやりたいからやるという気持ちが必要では。
・いいことだったんだ、やれることだったんだということをみんなに理解してもらえるのには時間がかかるから、続けていけばいいのではないか。

「つながる場所、というのはみなさんにとってどういうことですか?同級生や親戚といったつながりはすでにあるけれど、それではない何か。どんな人どうしでつながりたいですか?」

・思いや価値観を言えるつながり。
・趣味や関心でつながりたい。

「3回目のワークショップでは、これまで2回のワークショップでたびたび出てきた『つながる場所がほしい』というお話をピックアップしたいと思います。それは、楽しいことをやりたい人たちが自由に集って持っているネットワークや知識をシェアしあうような場所なのかもしれない。TBDCはそういう場所として開かれているけれども、みなさんがTBDCのエッセンスを凝縮してそれを常設し、自走させるにはどうすればいいかを話していきます。」