前回記事「農業は生産を超える。農政の新コンセプト 『EAT LOCAL KOBE』が起こした変化」でお伝えした、まち全体を巻き込んだ神戸市の農業プロジェクト。行政の立場で運営を手がけた山田隆大さんは、さまざまな分野と立場の人々とのface to faceの関係性を重視し、その巻き込み力がプロジェクトの波及効果を高めた。「公務員は、一番世の中に優しいコンサルタントであるべき」と話す山田さんの、公務員のイメージを塗り替えるような開かれたスタンス・仕事観をお届けする。

記事のポイント

  • 企業より役所のほうが自分の時間がつくれるんじゃないかと思って就職した
  • 行政は言われた課題に対して、その人に合うメニューとして何を提示するコンサルタント
  • 組織の仕事をした上で、プラスαを盛り込むことが自分らしい仕事だと思う

会社員になりたくなくて、公務員になった

ーもともと農政や公務員志望だったんですか?

僕は「農業を変える」とか、そういう高い意識を持って公務員になったわけじゃないんです。企業に入るよりも、役所に入ったほうが自分の時間がつくれるんじゃないかと軽く思ってたくらいです。世間を知らなくて、会社員になったら背広着て怒られるだけみたいなイメージを持っていた。それよりも市役所のほうがいいかな、と。入ったらそんなことなかったですけど(笑)。もともと実家が農家で、大学進学のときにも理系の選択肢の中で農学部を選びましたし、多少は学んだことが活かせるんじゃないかと農業技術職で就職しました。

ー20代ではどんなキャリアを積みましたか?

入って最初の4年間、農業公園で働きました。机じゃなくて、土に向かって手や足を動かす仕事です。一緒に現場で働いている人に公務員は少なくて、地元の人や農家さんとのやりとりもたくさんありました。主に担当していたのは花なんですが、自分で作付け計画を立てるんですよ。それがすごく面白かったです。試験栽培をするというミッションで品種構成を決める権限を与えられて、チューリップを200品種育てたり。思えば神戸大学時代も机の上の勉強より、加西市にある大学の農場で種をまいたり収穫したりする作業が面白かったですね。

ー20代の4年間で、農業の現場での経験が血肉化したことが今に繋がっているような印象を受けました。

それはあると思います。農業技術職っていう役職だけあっても、ずっと市役所の中にいたら見えていない、言えていないことがたくさんあると思います。

ーその後は、机に向かう仕事に?

4年間、土づくりの現場にいて、そのあとは5年間、農水産課というところで生産者のサポートという立場で、農産物のPRなどの営業マンみたいなことをしたり、市営の市民農園を民営化するために地権者に「これからは自分らでやってください」と説得したり、毎月・毎年違う仕事をするみたいな働き方でした。その後、農業振興センターという出先事務所で5年間。ここで初めてまともに、国策や法律、市の方針を現場に落としこむような行政らしい仕事をしました。

公務員の存在意義は「課題解決コンサルタント」

ー行政らしい仕事、というのは具体的にどんなものですか?

農林水産省が決めている様々な事業メニューがあるんですね。例えば米政策(いわゆる減反政策)では、米の作付面積を把握し、調整することが主題なんですが、それに付随して「野菜を植えたら5000円の奨励金が出ますよ」みたいなメニューがめちゃくちゃたくさんあるんですよ。しかも毎年メニューが変わる(笑)。それをもとに、集落の農家さんの集まり「農会」という場で提示するんですけど、みんなが協力的なわけじゃないので毎年制度が変わることを怒られたりしながら。 他にも、地域全体のための水利施設や農道の管理をどうするとか、集落で市民農園やりたいけどどうしたらいいとか、イノシシやアライグマなどの有害鳥獣の被害が多いとか地域ごとにやりたいことや課題が違うので、そこに出かけていって、実現までのプロセスをデザインしていました。 米政策でも有害鳥獣政策でも、「国策はこうです。」と言いながらそこにいかに地域がやりたいこと、できることを盛り込むかばっかり考えてましたね。国が提示してくるメニューを把握して、地域の人が「これやりたい」と言ったときに、「それだったら補助金とれますよ」と進言したり。メニューをうまく使って、地域のモチベーションを上げるような。

ー行政らしい仕事って、コンサルタントみたいですね。

本当にそうですよ。行政はコンサルタントやと思ってるんで。言われたことをルーチンでこなすだけじゃなくて、言われた課題に対して、その人に合うメニューとして何を提示してあげられるかが1番大切な仕事だと思ってます。たぶんそれは、農政だけじゃなくてどこの部署も一緒じゃないかな。 ただ、コンサルが1対1のオーダーメイドだとして、実際は市民150万人に対して150万人の職員がいるわけじゃないので、表向きはシステムが請け負う建てつけになっています。でも、実際にはシステムよりもそれをどう動かすかの方が大事かなと思いますね。国から降りてくる制度も有効に使わないと意味ないので、それをどう運用していくかだと思います。

制度と税金の効果を最大化する役割も

ー税金を効果的に使うという意味でも必要な役割ですね。

公平性を保った上で、この制度を一番効果的に使ってくれるのはあの人じゃないかと探したりします。それとか、あの人がやってくれたら他の人もやってくれるんじゃないかなみたいなモデルをつくったりもします。だから、制度は公平だけど運用は公平じゃないですよ。どうしても、すごく個人的な主観が入っちゃいますね。

ー制度が目指したことをやりきる力がある人のところにお金がいかないと、全体として発展していかないですもんね。

制度は公平でないといけないですけど、悪い意味でのばらまきになっちゃうといけないので、使い方はどう効果が出るかで考え動かないといけないかなと思いますね。 それを考えて動くのが、公務員の存在意義です。僕だけじゃなく、どこの部署にも(どこの自治体にも)、そういう考えをもって動いている職員たちがいると思います。そういう動きを見てたら面白いです。分野は違えど、ITとか都市計画とか建築とかでも頑張ってる職員がたくさんいますんで。

ーお話を伺っていて、地域で何かやりたいと思ったときに、山田さんのような行政のかたを、言葉はあれですけど「使う」っていうのはすごく大事なことなんだなと。

使い方にもよるんですけど、良い意味で使ってほしいです。

ー“おかみ”ではあるけれども、一緒に作り上げるみたいな感覚でいたらいいのでしょうか?

制度をつくるときは”おかみ”なんですよ。組織を見ても”おかみ”。それはいいんです。肩書きと一緒で必要です。でも、面と向かって話すときは人と人なんで、友達とかご近所さんのように話してもらうほうが僕は自然だと思いますけどね、まち全体がそうあってほしい。

組織が大きくなればなるほど「役所」ってひとかたまりで見がちなんですけど、一人ひとりは全然”おかみ”と違いますから。

ー市役所の中だけでなく、いろんなところでいろんな方と関わってこられたからこその、山田さんのスタンス、働き方のように受け取れます。

いいのかどうかわからないですが、それが自分に合っているのかなと思います。働き方改革とかで、「オンとオフを切り替えましょう」とか、「はよ帰って家庭の時間を作りましょう」っていうじゃないですか。それも僕は少し違うように思っていて、オンオフなくして、オフの時と同じ心の状態で仕事したりとか、休んでるときも頭がオンの状態でとか、オンとオフを切り替えない方がストレスはないんじゃないかなと思ってるので。

時間管理自体が不毛な感じがしていて、時間外手当とかなくしたらいいんちゃうかな、と思います。決められたことをこなすだけの業務は時間で計算するべきでしょうけど。でも、僕らがやっている企画や経営的な視点がいる仕事の職場には、いらんのじゃないかなと思ったりしますけどね。

ー企画や経営的視点で仕事をする場合、働きを時間の量で定義するのは難しいですよね。

ライフワークのようにほんとにこういうふうにしたいから自分のあらゆるリソースをそこに投じたいとか、ある程度はコミットしてやりたいっていう気持ちがあればオンもオフも関係ないなって思います。

別に休みの日だろうがなんだろうが、相談があったら行くし、みたいな感覚です。「これがしたい」と思って進めているときに、休みの日だからといって進められないことのほうがストレスで。

ーしたい仕事とするべき仕事のバランスはどのように考えていますか?

もちろん、組織としてするべき仕事のほうが多いですよ。じゃないと完全に個人行動(笑)。そっちもちゃんとやった上で、プラスαというか、自分らしい仕事を付け加えるっていう感覚かなと。時間に縛られたり、スケジュール通りの仕事をやらなあかんのもわかるんですよ。それをやった上で、自分らしい仕事も時間で管理されてたら到底もたへんでしょ、楽しくないでしょって思っちゃうんですよね。仕事に楽しさを出そうと思ったら、+αのほうを凝りたくなりますからね。


「お役所仕事」という言葉があります。概して紋切り型で融通が効かないといった意味合いであり、ポジティブな文脈で使われることはまずありません。しかし、山田さんが体現する公務員観は、これとは真逆のものです。施行される制度と補助金を、いかに現場の課題解決に落とし込むか。制度に関する豊富な知識と人的ネットワーク、アイデアを駆使し、明確な意図を持ってプロジェクトを推進する。自らの公務員観を体現することで、山田さんは「世の中に一番優しいコンサルタント」という新しい公務員像を指し示しているようです。

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取材・文:浅倉彩