過日の2019年5月17日に、こんなニュースがありました。

【地方創生、「関係人口」拡大を柱に=政府、次期戦略へ骨子】
政府は17日、地方創生の新たな総合戦略策定に向け、有識者会議(座長・増田寛也元総務相)に中間報告の骨子を示した。新戦略の柱として、短期滞在やボランティアなどさまざまな形で継続的に地域と関わる「関係人口」の拡大や、人工知能(AI)やビッグデータをはじめとする未来技術を活用したまちづくりを掲げた。(中略)
次期戦略に必要な視点として、移住者と観光客の中間概念である関係人口の拡大や未来技術の活用、地域課題の解決に取り組む人材の育成を例示。特に高校を拠点にした地域の人材育成の重要性を強調した。
(出典:時事ドットコムニュース2019/5/17記事)


「地方創生」の一番のゴールは、首都圏と地方の人口格差を是正し、共倒れスパイラルを止めるということです。しかし未だに首都圏への人口流入は続き、それがとどまる兆しは見えていません。政府は「移住促進」はもちろん必要だが、移住者数だけを目標にするのは難しいと考えたようです。

そこで2017年ころから使われ始めた「関係人口」という新たな概念を使い、そのゴールへの戦略を練り直す方針に出たということです。

このニュースについて、すでにSNSなどでは賛否を含めた様々な意見が飛び交っています。良し悪しはともかくそうした意見を見ていると、中には「関係人口」そのものへの理解も十分でない感じのものもあります。地方創生界隈ではかなり広く使われ始めていますが、世間一般には新しい言葉なので、当然といえば当然です。
そこで改めて、ややもすれば「誤解」されがちなこの言葉の定義を確認すると同時に、その本質的な意味を、マーケティングの観点で考えてみたいと思います。

「関係」という言葉が生み出す「誤解」

関係人口の定義については、こちらの総務省の「関係人口ポータルサイト」に明記されています。同サイトにある下図1が、その内容を端的に示しています。

[図1:総務省が示す関係人口の概念図]

ここですでに、「おや?」「あれ?そうなの?」と思う方もいるのではないでしょうか。
「関係人口」という言葉だけを耳にすると、「少しでも関係のある人」というイメージが湧きやすいと思います。しかし上の図1を見るとわかるように、実はそうではありません。
「少しでも関係のある人」、つまり「関係があっても薄い人」は、「交流人口」という別のカテゴリーに定義されているからです。
観光や物販などでその地域に触れたことのある人。所謂「一見さん」は、この「交流人口」にあたります。
つまり「関係人口」というのは「関係が強い人」という意味です。しかもその「強さ」は、「かなりの強さ」です。
図内の事例にあるように、もともとの出身者や、縁戚者、何かしら仕事で関わる機会がある人、観光リピーター含め、何度も通いつめたことがある人など、相当な関わりが既にある人のことを指しています。「関係人口」という言葉だけだと、ここまでの強い関係が想像しづらいのが、誤解の元になっている気がします。そもそも「関係」という言葉だけでは、その関係性の強弱が表現できません。ゴシップ記事などの「関係者談」がいい例ですね。どれだけ近い関係なのか曖昧にするのに都合よく使われています。ともかくここで使われている「関係」は、一定以上の「強力な関係性」が前提となっていることは、まず認識しなければなりません。

 

ここでいう「関係」という言葉の本質とは?

先の図1をさらによく見ると、縦軸が「現状の地域との関わり」横軸が「地域との関わりへの想い」とあります。
つまり、「関わりたいという想い」が強まり、その関係性が強まっていくと、必然的に定住につながるという前提に立っています。

ツッコミどころはありますが、まあ概ねそうだとして、ポイントは横軸の「地域との関わりへの想い」ではないでしょうか。すなわち「感情」がその関係性の大きな糸口となっているということです。このことを踏まえ、図1に少し手を入れて、わかりやすくしたのが、下図2です。

[図2:関係人口の”想い”を付記]

ピンク色にした関係人口の事例の吹き出しに注目してみて下さい。
[楽しくて何度も来ちゃうリピーター]
[忘れられない人やコトが思い出の「第二の故郷」]
[いつかもどりたいと熱望する出身者]
[子供の頃通った懐かしの祖父母の故郷]
…こんな表現のほうが、その”想い”がわかりやすくないでしょうか?
つまり、関係人口は、強いて言うなら「熱烈なファン」なのです。
マーケティングの観点でいうと、関係人口の創出は、所謂「ファン・マーケティング」に限りなく近いと私は考えます。
ファン・マーケティングとは、ファンを育てることをベースに、商品やブランドに息の長い価値を植え付けていくという考えに基づくマーケティング戦略です。
地域に必要なのは、一時的なブームや、目新しさに頼る顧客獲得ではありません。そもそも多くの自治体は、新規顧客をどんどん開拓する宣伝力や営業力を持っていません。中長期的な目線で関わり、その地域に何かしらの強い想いを寄せてくれる「ファン」こそが、地域には必要なのです。そういう観点で捉えると、「関係人口」を獲得するという戦略は、ファン・マーケティングに通ずる、地域にとって非常に理にかなった戦略だと言えるのではないでしょうか。

どんな”ファン”を、どう増やすか?

「ファン」という言葉を使うと、一見、”身内”とは区別されるので、逆に「地縁者」「縁戚者」は入らないような誤解がでてきそうです。でも実は、エンタメなどの世界を見てもわかるように、真の「ファン」は、もう身内どころか、親同然です。
アイドルやアーティストを、自分が「育てる」ことこそが、そのファンの最も重要な体験となっています。
地域にとっても「育てる」意識をもつ「熱烈なファン」が増えれば、これはもう「関係人口」の最たる好例でしょう。

一方で、更にここで避けたい誤解があります。
それは、それらのファンは必ずしも「地域を良くする」ことや「地方創生」そのものが目的ではないということです。

例えば、その土地のお酒の大ファンで、毎年毎年”新酒”ができるのが楽しみで仕方ない人がいたとします。その人にとっては「地方創生」は、どうでもいいとは言わないまでも、やはり二の次でしょう。純粋に「その土地のお酒が大好き」なんです。そのための手段として、その地域が活性化することを望んでいるのです。
もちろん、その地域が発展すること自体に強い関心を寄せてくれる人が増えれば、それに越したことはありません。
でも、決して「助けてくれる人を大募集」するのが「関係人口創出」ではありません。

そもそもファンを引き寄せる「魅力」がなければ、ファンはできません。ファンは当然、自分自身にメリットがあるからファンになるのです。それが「育てる」体験であろうと、巡り巡って「自分」に返ってくるものがあるからこそです。ですので、アイドルやアーティストが常にファンを一番に考えるように、地域もやはり「誰に対して、どういう価値を提供するか」という、当たり前の原理原則から考えるしかないのです。

こうして考えていくと「関係人口」の意味付けが少し変わって見えてくるのではないでしょうか?
またこの考察からも、やはり「関係人口創出」は、地域の「マーケティング」そのものだなと、私には思えてならないのです。

文:ネイティブ倉重

【著者】ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
愛知県出身。早稲田大学 第一文学部 社会学専修 卒業。金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門ベンチャーに創業期から参画。大手企業のデジタルマーケティングや、ブランディング戦略、サイトやコンテンツの企画・プロデュースに数多く携わる。関連会社役員・事業部長を歴任し、2012年より地域の観光振興やブランディングを目的としたメディア開発などを多数経験。2016年3月にネイティブ株式会社を起業して独立。2018年7月創設の一般社団法人 全国道の駅支援機構の理事長を兼務。