「もったいない。こんなに素敵な場所なのに、このまま人に知られずに消えていくしかないんだろうか…」 佐賀県唐津市の山あいの清流に抱かれた町に、待機児童をきっかけに東京から移住した人がいます。 認定NPO法人サービスグラントの九州スタッフ、横道 亨(よこみち とおる)さんです。
大手人材企業でのキャリアを継続しながら移住したのは、佐賀県唐津市のなかでも、最も山深い場所に位置する厳木(きゅうらぎ)地区 。九州でも指折りの水質を誇る清流が流れる自然豊かな土地に、家族とともに移りました 。そのきっかけは、都市部で子育てをする親なら誰もが直面しうる切実な問題、「待機児童問題」でした 。
そういう自身の課題をきっかけに地域に入り込み、今度は地域の課題と向き合います。そして、都市部の人材と地域の「関わりしろ」を繋げる「地域コーディネーター」というキャリアに行き着きました。この間に何と出会い、何を感じ、どんな経緯をたどったのか。そこに深く関わった「プロボノ」とは一体どんなものなのか。そんな紆余曲折のストーリーを、ネイティブ.メディア編集長の倉重が、インタビューで根掘り葉掘り伺いました。
1.東京から唐津の山あいへ—待機児童が背中を押した移住
倉重:移住の決め手が「待機児童」だったというのは、すごく切実な話ですね。
横道:そうなんです。妻が佐賀の出身ということもあり、以前から「いつかは帰りたい」という話は出ていたのですが、子どもを通わせる保育園がなかなか見つからなかったこと自体に、結果的には背中を押された感じでした。
倉重:当時は大手の人材企業にいらしたわけですが、仕事も辞めるつもりだったんですか?
横道:最初はそのつもりだったんですが、会社にも実情を話して相談する機会をいただくことができました。当時は、まだ世の中的にもリモートワークが当たり前になる前でしたが、会社を辞めずに移住後も働ける道を模索したんです。結果的には福岡支社への異動という形で移住の夢は叶いました。
倉重:「転職なき移住」がかなったんですね!それは良かったですね。
横道:はい、ただ、住まいは佐賀の厳木、職場は福岡です。移住して最初の数ヶ月は、毎日、往復で3時間半ほどかけて通勤していました。
倉重:往復3時間半!それは大変ですね…。せっかく地方に移住したのに、通勤時間が増えてしまうとは。ご家族との時間は取れていたんですか?
横道:正直、当時はヘトヘトでした(笑) 。ただ、移住して数ヶ月後に新型コロナウイルスの流行が始まり、状況が一変したんです 。会社全体がリモートワークへと舵を切り、「毎日福岡まで来なくていいよ、なんなら住んでいる佐賀のエリアも担当してよ」と役割が変わっていきました 。
倉重:まさに時代の転換点と重なったわけですね。厳木の住み心地はどうでしたか?
横道:住環境としては大満足です 。東京では狭い場所に詰め込まれていた子どもたちが、ここでは制限なく体を思い切り動かせる。運動神経も良くなった気がしますし、何より自然の中でのびのびと過ごせています 。地元の小学校も生徒数が少ないのもあって先生方も非常に手厚く見てくださる 。この環境は、東京では得られなかった大きなメリットだと思っています 。
倉重:お子さんにとっても、自分らしくいられる場所になったんですね。
横道:はい。でもそんな情報も、移住した当時はインターネットで「厳木」の情報を探しても、ほとんど有益な情報が出てこなかったんです。
倉重:もったいないですね…。
横道:そうなんです。地域には素晴らしい環境や資源があるのに、誰にも知られずにいる 。移住者としてまずそれを目にしたとき、猛烈な「もったいなさ」を感じました 。人材会社の新規事業に携わっていた経験もあって、この地域の課題と外の人材をうまくつなげば、もっと面白いことができるはずだと、そう確信するようになりました 。

2:プロボノとの出会いが変えた視点。支援者から「仕掛ける側」へ
倉重: 厳木って、地名としては初めて聞く人も多いと思います。どんな場所なんですか?
横道: 人口は最新だと3,200人くらいです。でも面積が墨田区と江戸川区を足したぐらいあるんですよ。
倉重: それはすごいですね。唐津というと海の印象が強いですが…。
横道: 厳木は海はなくて一番山奥です。 標高も高いところは900〜1,000mくらいまであって、冬は県内でも雪がよく積もるほうですね。
倉重: 佐賀にご縁があっても、厳木の暮らしをイメージするのは簡単じゃなさそうです。
横道: まさにそうで、移住する時に厳木の情報が全くなくて本当に困ったんですよ。ネットで調べても何も出てこない、という状態でした。
倉重: それは不安でしたね。どうやって地域とつながったんですか。
横道: 唯一見つけた任意団体の人に、移住する前からずっと連絡を取っていました。その人がいろんな人を紹介してくれたり、いろんな機会に誘ってくれたんです。
倉重: その方が横道さんと地域をつなげてくれたんですね。
横道: はい、まさに。それは本当にありがたかったですね。
倉重: その後はどういう流れで、今のキャリアに繋がったんでしょうか?
横道: そうですね。先ほどのような経験もあって、移住したからにはやっぱり地域にもっと深く関わりたいなと思い、大手人材会社はおよそ2年後に辞めました。同時に、唐津市役所の臨時職員になれたんです。役割はまさに、この厳木地区の集落支援でした。
倉重: 自分で探して応募したんですか?それとも声がかかったんですか?
横道: 町の代表者会議に参加する機会があって、そこでありがたいことに、当時の町役場の課長さんから「こんな役割があるんだけど、やってくれない?」と声をかけてもらいました。
倉重: 大きな転機でしたね。でも移住者がいきなりやるには、なかなか大変な仕事ではないですか?
横道: 最初の3ヶ月から半年くらいは、とにかく挨拶回りでしたね。(笑)地域の中に集落が19個あって、その集落の区長さんに顔を覚えてもらうために回っていました。
倉重:大切ですよね。そこでは何が見えてきましたか?
横道: そこから厳木地区の課題とか、いいところとかをたくさん聞くことができたんですよね。そうしていくうちに、だんだん「ここ、もう少しこうできたらいいよね、何かいい方法ないかな?」とかいう感じで、相談ももらうようになっていきました。
倉重: それはすごい。地域の“内側”にどんどん入っていくんですね。
横道: 外から来た自分が、情報がなさすぎて困った経験や、地域に繋いでもらった経験がやっぱり強く残っていたんですよね。だからこそ、自分も地域とのつながりをつくったり、そのきっかけになる発信を増やしたい、という気持ちが強かったです。
倉重: 「地域への入口を増やす」ことが、仕事の中心になっていくわけですね。そこからどうして「プロボノ」という仕組みに辿り着いたのですか?
横道:実は並行して自分でも「子ども食堂」も運営していたんですが、そんな中でこの活動をどう広め、どう継続させるかという課題にぶつかっていました。地元のボランティアさんは調理などは手伝ってくれますが、戦略的な情報発信やつづけるための計画となると、なかなか…。そんな時、SNSで「プロボノ」という言葉を見つけたんです 。
倉重:「プロボノ」…つまり「専門的なスキルを活かしたボランティア」ですね。
横道:はい。でも正直「こんな小さな町の、できたばかりの団体を、大都市圏に住む社会人が本気で応援してくれるのかな?」と思っていました 。でも、募集してそんなに時間が立たないうちに、東京の大手広告代理店で働く、40代の男性の現役のバリバリの方が手を挙げてくれました 。
倉重:その方との出会いが、横道さんの人生を大きく変えたと伺いました。
横道:そうなんです。前のめりに関わって頂き、2回も現地に足を運んでくれて、私のモヤモヤしていた想いを丁寧に汲み取ってくれました。そして、今後どうアクションすべきかを30枚ものスライドにまとめて可視化してくれたんです。それを見たとき、震えるほど感動しました 。
倉重:それはすごいですね!何がそこまで横道さんの心を動かしたのでしょうか。単なる「資料の完成度」だけではないですよね。
横道:そうですね…「共感力」とでもいうべきですかね。「地元の人はこう言っている。けど、そのなかで横道さんはこうしたいんですよね」と、私に寄り添ってくれた感じです。同じ目線と熱量で一緒に悩んでくれる存在が、本当にありがたかったです 。自分ともう一人の「外の視点」が入ることで、地元の方たちともより深い話ができるようになりました 。
この体験が決め手となり、横道さんは支援を受ける側から、支援を繋ぐ側へと舵を切ります。2021年にその時利用したプロボノのプラットフォーム「GRANT」を運営する認定NPO法人サービスグラントに、九州初のスタッフとして転職しました。

[サービスグラントの活動の様子]
横道:そうだとありがたいですね。私はその時の彼の存在こそが、真の意味での「関係人口」だと思っています 。プロジェクトが終わった後も、彼は東京で佐賀のニュースを気にしてくれたり、地元の産品もしょっちゅう買ってくれているようですし。そんな、地域に関わってくれる人を一人でも多く増やしたい。それが今の私の正直な気持ちです 。
倉重:プロボノは単なる「費用がかからない助っ人」ではなく、地域と都市を結ぶ「絆」を編み出す装置になっているんですね。
3.AI時代にこそ大切な“接続点”—関係人口を育てる役割の未来
倉重:ここからは少し俯瞰した視点で、実践されている横道さんから見た、地域の関係人口をつくる役割と、その課題や可能性について聞かせてください。
横道:いま感じているのは、関係人口は「どこにいるか」を探すよりも、「どう接続するか」そして「誰がそれをやるのか」が大切なのかなと思っています。
倉重:外の人が関われる入口を増やしたい、とおっしゃってましたね。
横道:そうですね。やはり地元にいながら接続点になれる人がいないと、関係人口は生まれにくいと感じます。
倉重:その接続点になる人って、具体的にはどんな人をイメージされていますか。
横道:言ってみれば「土の人」の地元の気持ちと、「風の人」の気持ち、その両方が分かる人かもしれませんね。
倉重:だから「外からの目線」が大事っておっしゃるんですね。でもやっぱり物理的にも地元に寄り添える人がいいと。
横道:はい。その二つがそろうと理想的かなと。
倉重:そこに、ある程度の経験を積んで来た人が入ると、大きいですよね。
横道:そうなんです。「なんでこうなっちゃってるんだろう」と思える人が、動き出すと、地域側には本当に大きな影響があると思います。
倉重:ちなみにプロボノで入られた方への、地方側の反応はどうでしたか。
横道:まずみんな最初は疑心暗鬼です。「どうしてそんな人たちが、無料で手伝ってくれるんや?」って(笑)
倉重:分かります。仕組みを知らないと、最初は身構えますよね。
横道:だから「嘘のような本当の話です」と、実体験込みで伝えるようにしています。
倉重:今横道さんがいらっしゃる認定NPO法人サービスグラントには、プロボノ会員が1万人もいるんですよね。それを聞くと、ただ「善意」だけで集まっていると説明しきれない部分もありそうです。
横道:そうですね、皆さんが得る貢献意欲や、実際にやってみて感じる「やりがい」みたいなものは、やっぱり大きいです。しかもコロナを経て、地方で活動する機会があるなら行ってみたい人が増えているのも追い風です。
倉重:潜在的に、地域の接続点になりたいと思っている人が、増えているわけですね。
横道:はい。だから私は、これからは、いってみれば「地域のプロボノ・コーディネーター」を増やすことがポイントだと思っています。
倉重:なるほど、横道さんがその道の先鞭をつけているということですね。
横道:そうなれるといいなと思っています。
倉重:もう少し具体的には、そのコーディネーターはどんな役割を担うのでしょうか?
横道:まずは、「地域の困り事」を整理して、どんな人が何をすればそれを解決に導けるのか、を考えることでしょうね。それと同時に、その地域や役割に合致する経験を持つ人を選ぶために、どんな発信をしたらいいかを考えます。応募があったら、そのなかからよりマッチする人を選ぶのも、大事な役割になるんでしょうね。
倉重:その文脈で、自治体などとの連携も意識していますか?
横道:はい、会社としても、行政機関や各地の自治体とそういう連携を模索していますね。
倉重:それが仕組みになっていけば、単発の成功で終わらない。
横道:そうですね。それに、そういう役割を担った経験はどの地域でも活躍できるでしょうし、うまくいった人が独立したり、別の地域へ移ったりするような未来もあり得るのかなと想像しています。
倉重:なるほど。個人の才能だけに頼らず、仕組みとして接続点を増やしていくんですね。
横道:そうなると良いですね!
倉重:ご自身のこれまでの経験が、すごく大きな可能性に繋がっているんですね。
横道:はじめの頃は全く想像してはいなかったですが、こういうチャンスに巡り会えてありがたいです。
倉重:これから、何かしら地方に関わってみたいと思っている人たちに、何かアドバイスをいただければ嬉しいのですが。
横道:まずは、いきなり移住じゃなくてもいいと思います。少しずつでも、今までの経験をベースに、関心の持てる地域に、まずは気軽に「関わってみる」ところから始めるのが良いのではと思います。
倉重:なるほど。支援とか貢献となると重たいですが、最初から気負わないのは重要ですね。
横道:そうですね。関わりたいという気持ちそのものが大事かと思います。
倉重:ですよね!これからますますAIなんかが世の中に広がっていきますが、そういう意欲や気持ちは、人間ならではですもんね。最後に残るのは「人が人をつなぐ仕事」なんだと感じました。
横道:たしかに、AIには絶対奪われない仕事かもしれませんね(笑)人としてやりがいのある仕事を残すためにも、地域が「外の力」とつながる道を増やしたいです。

[サービスグラントの活動の様子]
編集後記
お話を伺って強く印象に残ったのは、横道さんが、「誰にでも起こり得ること」から始めて感じた課題に素直に向き合い、地域との関わりを自分の手で着実に力強く拓かれていることです。その情報がほとんどない地域であっても、めげずに人の縁をたぐり寄せ、会合に顔を出し、対話を重ねて“入っていく”姿勢が、本当に素晴らしいなと感じました。
さらに印象的だったのは、やりたいことを実現するために、迷わず外の人を巻き込んだことです。プロボノという概念は今となってはあちこちで聞くようになりましたが、それでもいい人と出会えるかはやはり簡単ではないはず。そこで、ご自身が震えるほど感動する成果を上げる人を引き寄せたのは、もちろんその方の「共感力」も素晴らしいのですが、横道さん自身の「共感され力」も同時に発揮された結果ではないかと想像します。相手の経験や気持ちを尊重しながら、同じ目線で一緒に悩める環境が作れるからこそ、プロボノワーカーも本気で関わり続けられるはずです。
そんな自身の経験から、地域の「接続点」になる人材に着目し、それを仕組み化しようとしている視点は、関係人口時代に必要とされるキャリアそのものだと感じました。
やはりこれからは、「関わりしろ」を増やす仕事の担い手こそが地域を支えるキーマンになる。—インタビューを終えて、そんな確信が心に強く残りました。
文責:ネイティブ.メディア編集部





