NTT西日本中国事業本部企画部経営企画担当課長の山内雅志さんは、マイプロジェクトとしてICTを活用した地域防災の質の向上に取り組んでいる。補助事業の申請こそしていないが、ひろしまサンドボックスの枠組みを活用して、ひろしまサンドボックス推進協議会のイベント「ひろしまサンドボックス作戦会議(防災編)」で仲間集めをするなど、ひろしまサンドボックスコミュニティの一員としてアクティブに活動する。

平成30年7月豪雨で取り残された避難行動要支援者

山内さんが防災に強い課題感を持つ動機は、平成30年7月豪雨にある。

「真備町の死者51人のうち42人が避難行動要支援者。三原市でも、8人亡くなったうちの7人が自力避難の難しい高齢者や障がい者でした」

2年前に転勤で広島に住み始め、広島が土砂災害危険箇所数で全国ワースト1、2014年にも大きな土砂災害があったことを知った山内さん。防災という地域課題に取り組もうと気象予報士と防災士の資格を取得し、当初は気象予報士会で気象情報の有効活用を中心とした災害対策に注力していた。

そんな中、広島県と広島市が枠組みをつくった「ひろしまIT融合フォーラム研究会」の助成をうけたプロジェクト「IoTデザインガールin広島」の事務局を担当したことがきっかけとなり、防災の中でも特に「避難率の向上」という課題に目が向いた。

「IoTデザインガールin広島は、広島県内の企業で働く女性の活躍推進や人材同士の有機的なネットワーク構築を目的としたプロジェクトでした。

内容としては、新規ビジネスや社会課題解決のアイデア構築だったのですが、防災、中でも避難率の向上をテーマにしているチームがあったんです。災害が起きたときに、避難補助の要望を吸い上げてAIが導き出した最適なルートでタクシーを配車するというアイデアで、最終発表会で最優秀賞を受賞しました。

私は会社の仕事で事務局をしながら、プライベートでは防災士としてより地域に密着した活動をしていたので、彼女たちのアイデアを現場に取り入れて、実証実験まで持っていこうと引き取った形です。」

客観的には避難が必要とわかっていても、しない、できない状況にある人々がいる。どうすれば彼らの避難意識を高め、地域内で協力しあって助けられるか。山内さんは、日本防災士会広島県支部のメンバーとともに、より生活に近い形にブラッシュアップされた課題に取り組み始めた。

防災士は、災害時の被害拡大軽減や平常時からの防災意識の啓発など地域防災におけるリーダー的存在であり、「自主防災組織」を組織する。この自主防災組織は広島県だけで3,231あり、町内会や、民生委員や社会福祉協議会などがそれぞれに持つ機能を統括し、全体が機能する仕組みや体制をつくることが期待されている。

山内さんは今、そのひとつである広島市安佐南区安東学区の自主防災組織で、自力避難困難者に特化した新しい避難システムの構築と実証を目指している。

「安東学区は、山に囲まれていて真ん中に流れる安川で分断されています。安川は過去に30回以上の氾濫を起こしており、大雨の時には避難所までの経路がなくなってしまいます。

また、避難所は中心部に集中していて、一番遠い民家は避難所まで約3kmの距離があります。こうした環境の中、今回実証実験を行おうとしているエリアにおいては、土砂災害警戒区域に住んでいる避難行動要支援者(情報提供に同意されている方)は6人いらっしゃいます。

この6人を含め、避難行動要支援者の名簿は、市から複数の組織に紙で配布されていますが、組織間の連携方法は明確に決まっていません。いざ災害が近づいた時に、誰がどうやって、なるべく早いうちに彼らを避難させるのか。今は1人の支援者が3人の避難要支援者を助けるような現実味の薄い決まりごとになっているのが現状です。これをそのときどきの現実に即して決め、動けるようにすることが、システム構築の目的です。」

ソリューションとして考えているのは、自力避難困難者に一斉にメールを出し、それが既読になったか、返事があったかなどの状況をアプリ上で視える化する。避難状況も地図上で可視化する。

避難の必要性に気づいていなかったり、避難できていない人を誰が助けにいくかを、リアルタイムコミュニケーションで決められるシステムだ。位置情報の表示やチャットの組み合わせでできるので、技術的には問題ない。しかし、社会実装には経済的・社会的課題を解決しなければならない。

「弊社(NTT西日本)に一部使えるシステムはあります。会社では、ICTを活用して社会課題を解決する新規ビジネス創出プロジェクトの推進もしているので、私自身もこのプロジェクトをビジネスのとっかかりにしたい気持ちもないわけではありません。

ですが、自社の商品を押し出す発想を起点にして進めようとしても、本当の社会課題解決はできないと考えています。その観点からいっても、まずは自治体と連携し、行政のサポートを受けながら地域の課題を把握するところから進めています。また、システムだけあっても支援者がいなければ成立しません。

実際運用するには、協力体制をつくる必要があります。さらには、『避難所なんて行きたくない』と目の前に土砂が来るまで逃げようとしない、自力避難困難者の気持ちの問題もあります。車で迎えにいくことで避難する気持ちを喚起できるかもしれないという期待もありますが、そもそも避難所の環境を整えなければならないのかもしれません。」

こうしたハードルを乗り越える上でも、まずはかたちにして使ってみてもらわないことには話にならない、そう考える山内さんは、広島県・広島市のIT融合フォーラムの枠組みから予算を獲得し、アプリの試作と安東学区での実証実験を目指している。

ひろしまサンドボックスコミュニティで仲間を見つける

予算獲得を目指し、アプリの試作ができる仲間を見つけるために、山内さんはひろしまサンドボックスのコミュニティを活用した。

「広島県商工労働局イノベーション推進チームと何度か打ち合わせをして、ひろしまサンドボックス推進協議会のイベントのひとつである『ひろしまサンドボックス作戦会議』の防災編を開催していただきました。推進協議会の会員の中から、防災に興味のある企業や個人に集まってもらい、私からアイデアのピッチをした上で、課題や改善点をディスカッションしてもらうプログラムをつくりました。」

結果として、作戦会議には25人ほどが集まり、2社の協働パートナーが見つかったほか、ひろしまサンドボックスの中に防災コミュニティが形成された。

「課題に共感しながらシステムの構築に共に取り組む仲間に出会えたことももちろんですが、防災に取り組みたい企業や個人がこれだけいる、と可視化されたこと、お互いに知り合い、コミュニティができたこともとても大きな後押しです。避難意識の向上に課題感を持っている企業が多かったことも発見でした。」

実証実験で出てきた課題を反映したシステムのブラッシュアップ、本格的な開発・導入・運用までを視野に入れている山内さん。ひろしまサンドボックスは、すぐにはビジネスになりにくいが重要な地域課題に取り組みたい個人がアイデアベースで相談できる場所として機能しているようだ。結果として、個人の力と思いに共鳴した行政と民間の力が上乗せされ、地域の力へと増幅していくのだろう。

取材・文:浅倉 彩