宮崎県小林市、宮崎県の南西部に位置し霧島連山のふもとに位置する都市である。少し前には“フランス語に聞こえる西諸弁”のPVで有名になったことで知っている方も多いだろう。
その小林市の中心部に2018年にとある地域商社が設立された。その名も“株式会社BRIDGE the gap”。設立したのは、小林市に移住し地域おこし協力隊として活動した現代表取締役社長の青野雄介さんだ。どのような経緯で移住し起業に至ったのか、青野さんにお話を伺った。
【なぜ小林への移住を決めたのか】
大学卒業後、機械工具関係の専門商社に入社した青野さん。業務内容もプロモーション、マーケティング、戦略企画、営業と一通りを経験することができ「同僚・上司にも恵まれ会社員生活は非常に有意義で楽しかったです」と話す。
ただ「若い頃から環境についての興味が強かったんです」と話す。青野さんは“地域活性が環境にとっていい循環をもたらす”との考えを持っており、将来的には地方に移住し、農業をしたり地域活性に携わる仕事をしてみたいと考えていた。当初は元々住んでいたこともあり奥様の実家が近い福岡を中心に移住先を探していた青野さんだが、とある農家に見学に行った際にこのようなことを言われたのである。「いきなり地域に入り込み事業(農業)をしていくのはリスクが高すぎる。せめて3年は働きながらその地域の事やしたい事業について学んだ方がいい」。
当時青野さんにはお子様が一人、そして二人目が生まれる前の大事な時期であり「確かに家族に迷惑をかけることはできない」との思いも強かった。その際に考えたのが地域おこし協力隊の制度を活用することである。地域おこし協力隊は最長3年で最低限の収入を得ながら地域に入り込むことが出来る。そこからは福岡県を中心に地域おこし協力隊の応募を第一に考えていく事となる。
小林市との出会いは偶然だと話す。「合同移住相談会で福岡の市町村の話を聞こうと参加したら、たまたま小林市のブースの職員に呼び止められまして話を聞いたことがきっかけです。特に“業務的な活動”と“将来の定住に向けた活動”が1年目は7:3、2年目は5:5、3年目は3:7と徐々にシフトできることが私の考えに正に合致したのです」。
ふとしたきっかけがもたらした出会いだったが、急転直下そのまま小林市の地域おこし協力隊に応募し、着任が決まったのである。
ちなみに「移住に関して一番大変だったのは妻の説得でしたね」と青野さん。最初は拒んでいた奥様も徐々に地方に移住する事には何も言わなくなったという。青野さんは「あきらめたんでしょうね(笑)」と笑うが、青野さんの熱意に理解をしていったのだろう。
【地域おこし協力隊としての喜びと苦難】
見ず知らずの小林市に着任した青野さん、当然最初は戸惑いが隠せなかったという。「フリーミッション型の採用であり、良くも悪くも役場からは具体的な業務の指示はありませんでしたので、最初は協力隊の同期の方とずっと一緒にいましたね」。そんな時に役場からある相談が持ちかかる。「マルシェイベントの実施をやってみないか?と相談を受けました。特に断る理由もなかったですのでお受けしたのですが、後々聞いてみるとなかなかやり手が見つからず回ってきた仕事だったみたいです(笑)」。
但しこれが大きなターニングポイントだったと青野さんは話す。「行政が主体となるイベントであったので“商工会議所”や“観光協会”をメンバーとして巻き込む必要があったのですが、実際地域を動かす中心となっていた組織と早い段階で関係を作れたのは非常によかったですね」。
地域の主要な団体と連携し実行委員会を結成、イベントの名前はシンプルに“こばやしマルシェ”とし、実行委員長に青野さんが就いた。マルシェに出店する事業者もいわゆる“的屋”ではなく地元の事業所と決めていた。小林市内を中心に農家や雑貨屋、飲食店など交渉を重ね、2017年2月に初開催。約50店舗の出店者が集まり、会場は賑わった。
但し青野さんはこれで満足してはいなかった。こばやしマルシェはただの単発の物販イベントではなく、地域コミュニティの場を生むことが目的で、その為には継続的に出来るかが鍵と考えていたのである。「月一回、第二日曜日を“マルシェの日”としました。来場者の方に飽きられないように、あの手この手とトピックを打ち立てながら実施してました。天候の影響で数回中止にはなりましたが、徐々に消費者と出店者とのいい関係性や、出店者同士のネットワークを感じることができました」。
集客がうまくできるか、出店者は集まるのかと常に不安やプレッシャーが背中合わせだったと言うが、この“こばやしマルシェ”の活動は本当に大きかったと話す。青野さんは「一緒に運営に携わった実行委員会の方々や、出店者も述べ100店舗以上を数え、このネットワークが今でも私の小林での事業の礎になってます」と振り返っていた。
また有機農家さんとの取組も忘れられない取組だと話す。「県の六次産業化の研修で小林市の若手有機農家さんと出会いました。年齢が近いこともありすぐに意気投合したのですが、有機農家としての課題に直面していたのです。有機農家は少量多品目での栽培がメインとなるため、単体では販路を構築するのが難しいのです。そこでグループを形成することにより収量を担保し、販路を効率よく作ることができると考えました。これで出来たのが“Kobayashi Organic”です」。青野さんはKobayashi Organicの事務局として主に情報発信や企画を行い、グループの結成から運営までを担った。
この地域おこし協力隊の業務として行った“こばやしマルシェ”と“Kobayashi Organic”の取組が、青野さんの今後に大きく影響することになる。
【起業に向けて加速する動き】
将来に向けて青野さんは主に二点事業として考えるようになったと話す。
「一点目は中心市街地活性化についてです。こばやしマルシェの実施で感じたことなのですが、車社会の地方において駅前というのはそれほど利点ではないことが多いです。ただ駅前には個性の強い地元の店も多く連なっていましたし、都市部で生活をしてきた自分にとっては歩いてまわれる街に魅力を感じていました。その中で一つ拠点となる店舗を運営したいなと思い、繋がりを生むための小さな“まちライブラリーカフェ”を構想していました。二点目は地域商社です。これはまさしくKobayashi Organicで取り組んでいたことをそのまま事業化しようと思いました。元々“農業をしよう”と考えることもあったのですが、小林市には魅力的でレベルの高い農家が揃ってましたので、その中で自分自身が農家になるのは小林市にとってプラスにならないと思いました。ただ農家毎に個別で動いていた面があったので、ネットワークをつくり情報を共有したり販売する仕組みが出来ればより小林市の1次産業が飛躍できると考えました。私は前職が商社でもあったので、商社の仕組みについての知識もありました」。
地域おこし協力隊も2年目の終わり、徐々に将来の定住に向けた取組にシフトしていく中、偶然にもこのような声がかかる。
「教育委員会の事業で交流スペースの運営の話を頂いたのです。繋がりを生むための拠点となる施設で、それはまさに構想していたまちライブラリーカフェと合致していたのです」と話す。「唯一構想と異なっていたのは規模感だけでしたね。規模感は10倍くらい大きい話だった(笑)」。受けるべきか迷いはしたが、青野さんは決断した。最大3年ある協力隊を1年と11カ月で退任、運営委託を受けるために会社を立ち上げた。会社名は“BRIDGE the gap”、都市と地方の中にある固定観念から生まれるギャップ(gap)を事業を通じて埋めていきたい(bridge)との思いから名付けた。
こうして株式会社BRIDGE the gapの取組が始まることとなった。
【BRIDGE the gapの取組】
ここでBRIDGE the gapの事業についてご紹介いたします(画像をクリックするとHPに移動します)。
≪TENAMU交流スペース(委託運営事業)≫
小林まちなか複合ビル「TENAMUビル」2階にある「TENAMU交流スペース」の運営を小林市教育員会より委託を受け行っています。
≪小林市コワーキングスペース「TENOSSE」(委託運営事業)≫
小林市のまちなかにある小林市コワーキングスペース「TENOSSE」の運営を小林市より委託を受け行っています。
≪泊まれるビストロ「BISTRO HINATA」「GUEST HOUSE HOTARU」≫
小林市の繁華街にあるゲストハウス一体型のビストロ(フレンチ居酒屋)の運営を行っています。
≪HINATA DELI≫
西諸地区の生産者から仕入れたお野菜、果物や地域ブランドの加工品をオンラインストアで販売しています。
≪アウトドアステーションえびの(指定管理事業)≫
えびの市のアウトドア情報発信拠点「アウトドアステーションえびの」を指定管理者として運営しております。
≪ニシモロ産直便≫
西諸地区の生産者から仕入れたお野菜、果物や地域ブランドの加工品を飲食店へ卸しています。
【将来に向けて】
「まず大前提ですが、地域活性だなんだと言っても民間企業であるので収益化を目指さないといけない」と青野さんは話す。
その中で「六次産業化の逆行パターンを作りたい」と話す。一般的に六次産業化とは一次産業事業者が主体となり、加工品の製造などを行い販売まで手掛けることで収益化をしていくことである。「BRIDGE the gapには加工品製造の施設やビストロも運営しているので調理のプロがいます。そこで生産者が手掛けた野菜などを調理していく中で、お客様から評価の高かったものを加工品として自社で製造したり、生産者に提案していく。将来的には全ての生産者がそれぞれの強みを持った加工品を持ってるなんて夢を描いてます」。
また広域連携も今後の地域活性について重要なことだと語る。「隣接しているえびの市のアウトドアスペースの指定管理も受けるようになりました。観光についてはまだまだ初心者ですが、間違えなく“点”ではなく“面”で受けることが必要になっていく。その為には私たちのような民間企業の人間が縦割りになりがちの行政の垣根を超えた取組をしていかないといけない」。
まさに名の通り地方の持つ固定概念に橋を架ける役割を果たそうとするBRIDGE the gapの取組に今後も注目だ。
株式会社BRIDGE the gap URL:https://www.bridgethegap.jp/