ものづくりへのこだわりが、ストーリーとして宿る

―そもそもなぜ奈良にこだわって探していたんですか?

「菩提(ぼだい)もと造り」にチャレンジしたいと思ったからです。菩提もと造りっていうのは日本酒の原点の造りです。日本酒の醸造においては、まず発酵させるための「もと」を造るんですが、この「もと造り」のうち現在もっともパーセンテージが高いのが、乳酸を添加することで速く醸せる「速醸もと(そくじょうもと)」で、他に、乳酸菌で醸す生もと(きもと)と山廃もと(やまはいもと)があります。これらの大元となっているのが菩提もとなんですけど、今、この造り方を復活させる蔵が奈良に多い。原点回帰が流行っている。

そもそも、奈良の菩提山正歴寺(ぼだいせん・しょうらくじ)という寺が菩提もと造りで造った酒が、日本最古の清酒というエピソードだけで惹かれるものがありました。ストーリーがいい。キリスト教が教会でワイン作ったのがワイン布教の始まりと言われているけど、それと同じように、日本酒は最初寺で造られたっておもしろい。ぜひその造り方に倣いたいと思って、実際に菩提もと造りをしている蔵を巡ったけど結果的に断られた。でも勉強にはなりましたよ。酒蔵以外に、奈良県内の寺や、その時代の研究をしている教授にも会っていろんな話を聞けましたから。

もちろん現在開発中のFONIAでもストーリーをかなり大切にしています。FONIAのTERRAというお酒には通常の米の3〜4倍の価格の自然栽培米を使っているのですが、それはその米を栽培している荒生勘四郎農場の荒生さんの人柄と米作りにかける想いに惹かれたからなんです。これまでの10年の自然栽培の苦労を聞いてきたし、稲を植えるところからお付き合いしているから稲が採れた時点で感動した。荒生さんから「仙豆(せんず)のようなパワーを秘めたこの米でぜひ酒造りしてほしい」って言われて、人とのつながりもひとつのストーリーになっていることを改めて実感しました。

ワインやジンから着想を得たことも

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「ORBIA」
洋食とのペアリングが楽しめる、オーク樽熟成の日本酒

―こだわりを持って取り組んでおられますが、イメージしていた通りのものに仕上がりますか?

ORBIAに関しては予想を遥かに超えてよかったです。ORBIAはオーク樽で熟成させて造っているんですけど、樽熟成って難しいんですよ。樽の質を選ぶ。実は以前にも樽で造ったことがあるのですが、そのときは木の香りが強く付きすぎて失敗しているんです。その反省を活かして、メキシコやフランスから小さい樽を取り寄せていろんなお酒を投入して試行錯誤したり、オークチップを取り寄せてホルマリン漬けみたいな酒を部屋中に並べて仕込んだり。30種類くらい並べたのですが、まずいのしかできなくて悩みました。

最終的になぜおいしくなったかというと、その失敗を経て、ワイン造りに使った後の樽じゃないとダメなんじゃないかとひらめいたから。しかも、ワインのフレーバーがフレッシュな状態で残っているものじゃないとダメ。海外から輸入したものだとその条件を満たせないので、国内のワイナリーから取り寄せる必要がありました。

ところが、この樽の調達がすごく大変だった。(ワインの産地として知られる)長野、山梨、山形を車でぐるぐる駆けずり回って数々のワイナリーを訪問して話を切り出すんだけど、ベンチャーで実績がないから断られてばかり。しかも、海外でのウイスキー人気の高まりとともに、ウイスキー造りに必要な樽が増えた背景もあってそもそも樽が不足している。それでも諦めずにまわっていたところ、ようやく山形でOKをもらえました。でも、胸をなでおろしたのも束の間、生産直前のタイミングで電話がかかってきて、やっぱり無理ですと断られたんです。

その時点でクラウドファンディングはスタートしていて、造り始めるまでに数日の猶予しかない状態です。正直なところ、「もうおわった」と思いました。もう後がない中、ダメもとで山梨県の勝沼醸造に電話したところ、すんなりOKをもらえて調達先が決定。ワイン好きにはよく知られている素晴らしい醸造所だったので、めちゃくちゃびびって声を震わせながらお願いしたんですけど、あのとき電話して本当によかったし、心からほっとしました。

現在開発しているもう一種類のFONIA(フォニア)は、発酵の段階で山椒や和のハーブを織り込んだ華やかなお酒です。このヒントとなったのが、以前、長野のサンクゼールというワイナリーで試飲させていただいた2種類のお酒です。ひとつは樽で発酵させたもので、もうひとつは樽で熟成させたものだったんですが、一般に出回っているワインは樽熟成がほとんどで樽発酵ってすごく珍しいんです。どんな違いがあるかというと、発酵させたものは、熟成させたものより味がよくなじんでいる。それはなぜかというと、微生物が働くことによって調和が生まれるからなんです。これをボタニカルに置き換えて造れないかなと発想したのがこのお酒。発酵している最中にボタニカルをいれることで味がなじんで調和が生まれるんです。だから、ラテン語で「調和」を意味する「シンフォニア」の末尾を拝借して「フォニア」と命名しました。

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酒造りに参加する稲川氏(左から二人目)

ボタニカルを使おうと思ったのは、酒造りの勉強のためにロンドンに渡航した際、クラフトジンに出会って刺激を受けたから。ジュニパーベリーとか柚子とかが入っていて、ものすごくフルーティな香りがするお酒だったんです。こんな華やかなお酒があるなんて!と感動したのを覚えています。

―今までの日本酒にはない発想ですね。

そもそも僕が初めておいしいと思ったお酒はフランス留学時代にはまったワインだし、自分の中に、「日本酒はこうあるべき」という概念がない。でも、そんな中でも2つ大事にしていることがあります。

ひとつめは、「圧倒的に新しい」こと。いつもうちの商品を買ってくれている人に「WAKAZEに何を期待しますか?」って訊いたら、「次は何をやるんだろう?っていうワクワク感」と答えてくれる人が多い。その期待に応えたい。

そしてもうひとつは、絶対においしいものを造るということ。「おいしくて新しい」。それを守りながら、樽で熟成させた日本酒をはじめとする唯一無二の商品を造ってきましたが、これからも、枠にとらわれることなく、変態的でおもしろいものを造っていきたいですね。

それと、ORBIA誕生時同様、今後もクラウドファンディングは活用していきたいと思っています。ものづくりやっている人がクラウドファンディングやらない理由ってないですよ。僕はWAKAZEを立ち上げる前までロジックの会社にいたけど、ロジックってつまらない。これからは共感の時代だし、クラウドファンティングは今の時代にすごく合っている。人の顔が見えたり想いが見えたり。ものだけじゃなくて「こと」も生んでいるんだから、最初からそれを伝えたほうがいい。より多くの人に、商品造りの背景にあるストーリーまで伝えていけたらいいですね。

取材・文:松本玲子
写真提供:株式会社WAKAZE

●稲川琢磨

和歌山県新宮市生まれ、東京都豊島区育ち。慶應義塾大学理工学研究科で修士課程修了、在学中にはフランス政府の奨学金給費生として2年間パリのEcole Central Parisに留学。前職ではボストンコンサルティング・グループにて経営戦略コンサルタント。2016年に独立・起業しWAKAZEを設立。

●株式会社WAKAZE

  • 代表取締役:稲川琢磨
  • 所在地:山形県鶴岡市末広町5番22号 マリカ西館2階201号室
  • 設立:2016年1月
  • 資本金:900万円

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