川内村の新たな特産品として「かわうちワイン」が注目されています。その醸造所「かわうちワイナリー」が位置するのは村の北西部、標高750メートルの丘陵地。「ここは昼夜の寒暖差が大きく、水はけも良い。この土地と気候がおいしいブドウを育てます」。目の前に広がる自社ブドウ畑「高田島ヴィンヤード」を指してそう語るのは、かわうちワイン株式会社統括マネージャーの遠藤一美さんです。かわうちワイン誕生の経緯と、目指すところを伺いました。

初ヴィンテージは2021年

かわうちワインは2022年3月に販売が始まった新しいワインです。種類はシャルドネ、メルロー、カベルネ・ソーヴィニオンなど、少しでもワインに親しみのある人ならだれでも知っている品種がそろい、「いずれも果実味が感じられ、飲みやすいといった評判をいただいています」と遠藤さん。2023年には11,000本を出荷、2024年は20,000本に増産予定で、うち村産ブドウが原料の「ヴィラージュ」レーベルは14,000本ほど。ほかに県外産を使用した「リベル」ブランドも生産しています。

「シャルドネは山菜の天ぷらと合わせると、とってもおいしいんですよ。メルローは川内産の肉厚シイタケを焼いて一緒にぜひ」

これらの製品は通信販売のほか、村内の小売店、浜通り地域の一部の道の駅などで販売。発売から2年目にして、すでに郡山市やいわき市、首都圏の飲食店でも提供されているほか、2022年8月に立ち上げたサポーターズクラブには全国150名以上が登録しているそうです。昨年(2023年)都内のレストランで開いたワイン会は大盛況、秋のブドウ収穫イベントには県外からの参加者も含めて数十人が集いました。評判が広がり取扱店が順調に増えるなか、「生産量とのバランスを見ながら販路拡大している」(遠藤さん)という人気ぶりです。

こうした成功の裏に、関係者の多大な努力と苦労が隠されているのは当然のこと。その基にはどんな「思い」があるのでしょうか。

すべてはブドウ次第のワインづくり

「ワインの品質の9割を決めるのがブドウ。いや95パーセントかな。とにかく良いブドウをつくることが大事です」

ワインづくりはそれほどブドウの出来に左右され、病気になりやすいブドウの栽培管理こそワイナリーの生命線と言えます。かわうちワインの高田島ヴィンヤードの規模は現在、4ヘクタールに13,500本。この広大な圃場を、遠藤さんのほか栽培・醸造責任者の安達貴さん、2023年10月に着任した地域おこし協力隊員2名、さらに地元の農作業員の方5名で管理しています。

「生食用のブドウと異なり、これだけの面積になるとコスト面などの関係でハウス栽培ができません。真夏の炎天下にカッパとゴーグルで防除作業をしたり、氷点下の真冬に剪定したり。とても大変な作業なのですよ。毎年のように異常気象とも闘っています」

10月の収穫直前のブドウ。たわわに実をつけるまでには多くの苦労が(写真提供=かわうちワイン)

2011年の原発事故で全村避難を経験した川内村で、復興・産業再生の取り組みの一つとしてワイン造りの計画が立ち上がったのは2015年のこと。翌年、一般社団法人日本葡萄酒革進協会から提供を受けたブドウの苗木約2,000本が定植され、高田島ヴィンヤードが誕生しました。しっかり事前調査を行い、この土地と気候がブドウ栽培に適しているとわかったうえでのスタートでしたが、それでも川内村の人々にとっては初めてのことばかり。福島県内外の専門家の助言や技術支援を仰ぎつつ、手探りで試行錯誤を重ねたといいます。

特に、最初に収穫できるまでの数年間は我慢の日々だったに違いありません。2020年秋に一部で初収穫したブドウは山梨県のワイナリーに醸造を委託。販売はしなかったそうですが、できあがったワインに関係者の皆さんはさぞや感慨を深くしたことでしょう。翌2021年には念願の自前の醸造施設が完成し、2022年に100%川内村産のワインが誕生したのでした。

真新しいタンクで熟成中の2023年ヴィンテージワイン。室内の温度は3度、液体の温度もほぼ同じで「この低温熟成が果実味や香りが増しているのではないかなと」(遠藤さん)

ワインを核に村経済へ波及効果を

かわうちワインでは「ヨソモノ」が活躍しています。栽培・醸造責任者である安達さんは東京出身。地域おこし協力隊を経て2023年12月に社員になりました。また、前述の通り現在2名の協力隊員が栽培・醸造に携わるほか、2024年にはもう一人、事務や営業、情報発信分野で協力隊員を採用予定だそうです。

そんななかで遠藤さん自身は生粋の川内村民。川内村役場からかわうちワイン株式会社に出向したのは3年前のことですが、それ以前も役場の農業関係の部署でブドウ栽培開始の頃からワインプロジェクトに関わってきました。「ワインを川内村の新たな特産品に」。村が掲げたその目標の裏には、居住人口2,000人、高齢化率5割に達する村の将来に対する危機感があります。

かわうちワインを含め、酒と地元食材とのマリアージュを楽しんでもらうため、個人的に村内の飲食店でワイン会を催しているという遠藤さん

かわうちワインのホームページに「ワインを起点として村の観光・宿泊・飲食等を担う事業者同士で連携し、新たなイベントやワインツーリズムに挑戦する」と書かれているように、遠藤さんは「ワイナリーを核として村の産業振興、関係人口の増加、さらには移住・定住の促進につなげたい」と語ります。

事実、かわうちワインの道のりは、地元住民のみならず村外・県外の人々の協力なしでは語れません。事業に欠かせない存在になっている地域おこし協力隊はもちろん、苗木の植え付けにも圃場拡大にも、そして苗木が育った後は収穫にも参加してきた大勢のボランティア。こうして育まれたサポーターの輪が、ワイナリーのみならず村内の宿泊・飲食業などの振興にも貢献しています。さらに、ワイン用ブドウ栽培開始がきっかけとなって、生食用ブドウ生産に取り組む農家さんも増えつつあるとのこと。かわうちワインの存在が村の再生に寄与している手ごたえは「確実にある」(遠藤さん)といいます。

ブドウの収穫にはボランティアの手も欠かせない(写真提供=かわうちワイン)

50年後の村を考えた人づくりに貢献

もうひとつ、ワイン事業を通じて遠藤さんが期待するのが、次世代の人材育成の効果です。

「地元の子どもたちがブドウの収穫体験に来てワイナリーの見学をすれば、こんな仕事もあるんだと知るきっかけになるでしょう。ブドウづくり・ワインづくりは30年、50年という時間軸。同様に、川内村を存続させるためには50年後の村の姿を考え、そこへ向かうレールを私たちの世代がきちんと敷いておく必要があるのです」

樹齢が増すにつれ良い実をつけるとされるブドウの木。現在4ヘクタールの「高田島ヴィンヤード」は2024年春にはさらに拡大予定(写真提供=かわうちワイン)

「かわうちワインが地元で日常的に飲まれるようになるためには、もっと価格帯を広げないといけないし、そのためにはもっと生産を増やさないといけません。収量の確保、品質の安定、天候との闘い。ワイン造りはどれをとっても苦労の連続ですが、私たちのブドウには自信がありますし、みなさんが『おいしい』と言ってくださるのが励みです。地元の応援やこれまでにいただいたご縁を忘れず、挑戦していきたい」

遠藤さんの目下の目標の一つは、ワインコンクールでの受賞とのこと。営業的な効果はもちろん、地域の誇りになるように、という思いも込められています。ただし、コンクール向けの特別な造り方をするのではなく、あくまでも「自分たちらしさを追求したワインで勝負する」のがかわうちワイン流。数多の挑戦を通じて全国にかわうちワインファンが増えていく将来が楽しみです。

取材日は一面の雪に包まれた川内村。ブドウ畑も真っ白に


■かわうちワイナリー(かわうちワイン株式会社)
所在地:川内村上川内字大平2の1
TEL:0240-25-8868
URL:https://kawauchi-wine.com
営業時間:9:00~17:00
定休日:土日祝日

※所属や内容は取材当時のものです。
文:中川雅美(良文工房) 写真:中村幸稚

※本記事はふくしま12市町村移住ポータルサイト『未来ワークふくしま』からの転載です。