「ふくしま浜街道トレイル」は、歩きながら旅をするためにルートが策定されたトレイルです。福島県新地町からいわき市まで福島県浜通りの約200kmの道のりを一本につなぎ、2023年9月に開通しました。
雄大な太平洋を眺め、阿武隈山系を望む豊かな自然を感じ、地域に継承される歴史や営みを巡りながら歩く。そこにはどんな景色が見えて、どんな感情が湧いてくるのだろう。そんな好奇心から、ライター奥村が中学2年生、小学5年生、3年生の3人の子どもと一緒に歩いてみることにしました。
目まぐるしく変化する大野駅周辺の景色
全長約200kmの「ふくしま浜街道トレイル」は、10~20km単位のハイキング参考例がいくつか紹介されています。自分の予定に合わせて短いセクションに分けて歩くなど、自由な旅ができるのが特徴です。今回のトレイルは、15に分けられたモデルコースのうち、大熊町の「JR大野駅」から富岡町の「JR富岡駅」までの全長16kmを歩きます。
案内役は、ふくしま浜街道トレイルの立ち上げから運営に携わる写真家の中島悠二さん。2019年に青森県から福島県相馬市で全線開通した、全長1,000kmを超えるロングトレイル「みちのく潮風トレイル」に携わってきた一人です。
ふくしま浜街道トレイルとみちのく潮風トレイルは、自然が作り出した雄大な景観や、人々の暮らし、文化、歴史などの地域の魅力に触れられる道として、国内外のハイカーに注目されています。中島さんは「その土地のありのままの地域の魅力を五感で感じながら歩いて、人との出会いや交流も楽しんでほしい」と話します。
7月某日、午前10時。太陽はすでジリジリと照り、暑さで少々テンション低めな子どもたちを励ましながら大熊町の「JR大野駅」をスタートです。
現在、大野駅の周辺は再開発が進み、駅西側は商業施設と産業交流施設の建設真っ最中です。1年前にここを訪れた時には震災当時の建物がそのまま残されていましたが、今はまったく違う景色が広がっていました。
大熊町は、ふくしま浜街道トレイルに魅せられて運営をサポートする佐藤亜紀さんと一緒に歩きます。佐藤さんは大熊町在住で、2014年から2021年まで大熊町復興支援員を務めるなど、この町を見つめ続けてきたひとり。「目まぐるしく変化する大熊町の今を目に焼きつけていてほしい」と話します。
駅から少し歩くと、整備されたばかりの町営住宅が見えてきました。町の避難指示の一部解除から2年が経ち、大熊町は少しずつ住民が戻りはじめ、移住者も増えています。町営住宅の駐車場には一戸ずつEV充電スタンドが立ち、町の未来志向が垣間見えた気がしました。
大熊町らしさに出会う
一方で、震災前と変わらないのどかな風景も広がります。大熊町はかつて、梨とキウイフルーツが特産品でフルーツ王国とも言われていたそうです。フルーツが実る風景をもう一度見たいという住民の声も多く、現在、再生に向けた活動も行われています。
大熊町でキウイ栽培を行っている移住者・原口さんの記事はこちら。
>https://mirai-work.life/magazine/8726/
そんなお話を聞きながら歩いていると、ルート沿いにある佐藤さんのご自宅が見えてきました。「休んでいってね」という佐藤さんの言葉に甘え、お庭で休憩させてもらいました。
庭の一角には大きな池があり、大きな鯉が悠々と泳いでいます。なんと震災前から飼育している鯉で、立ち入ることができなかった避難期間中も生き延びてきたそうです。「きっとプランクトンを食べていたんでしょうね」と佐藤さん。鯉の生命力に驚きつつ、よく生きていてくれたねという気持ちで、子どもたちと鯉を眺めました。
さて、トレイル中は思わぬ事態も発生します。この日を一番楽しみにしていた末娘は疲れからテンションがガタ落ちに……。「おんぶしようか?」という提案にも首をふり、黙々と歩くのみ。とにかく、みんなで励ましながら中継ポイントを目指します。がんばれ、がんばれ。
住民の方が声をかけてくれることもありました。「どこまで歩くの?」と聞かれたので「大野駅から富岡駅まで歩きます」と答えると、驚いた表情に。地域の方はそれがどんなに大変な距離なのかがわかるのでしょう。「がんばってね!」という声に後押しされ、元気が沸きました。
大熊町の復興拠点でランチ!
大野駅から約5km、時刻は12時。予定より30分遅れでようやく中継ポイントの「おおくまーと」に到着です!おおくまーとはコンビニや飲食店などが入った複合商業施設で、たくさんの人で賑わっていました。
歩き始めてからずっと楽しみにしていたランチは、唐揚げ定食やカツ丼、天丼などボリュームたっぷりのメニューが充実している「和食さかい」でいただくことに。とにかくお腹がぺこぺこ!長男は唐揚げ定食、次男と末娘はネギトロ丼、私は天ぷらそばをオーダーしました。
夢中でほおばりながら「今まで食べた唐揚げのなかでNo.1においしい!」と長男。ボリューム満点なご飯もあっという間にたいらげてしまいました。歩いたあとの食事はより格別ですが、長男はこのトレイルからしばらく経っても「またあの唐揚げが食べたい!」と言っているほどです(笑)
■和食さかい
所在地:〒979-1306 福島県双葉郡大熊町大川原字南平1207-1
電話:080-5843-8887
定休日:第2・4土曜、日曜、祝日
営業時間:昼の部11:00~14:00/夜の部17:00〜21:00
富岡町、桜のトンネル「夜の森」を歩く
ランチでしっかりチャージをして「おおくまーと」を後にすると、ほどなくして富岡町に入りました。開発真っ只中の大熊町とは雰囲気が少し変わり、ゆったりとした空気が流れます。市町村の境界をまたいで地域を体験できることも、ロングトレイルの大きな特徴です。
14時半、スタートから10km地点の夜ノ森駅に到着です。待合室で少し休憩を取り、再び歩き始めます。ここで、ルート沿いあるバウムクーヘン専門店「BAUM HOUSE YONOMORI」に立ち寄りました。
BAUM HOUSE YONOMORIは、「富岡町に新たな名産品をつくりたい」と富岡町出身の遠藤一善さんが2023年にオープンしたお店です。町の農家さんから直接仕入れたお米「天のつぶ」を自家製粉して作ったバウムクーヘンは、しっとりとしながらほどよい甘さで体に染み渡りました。
富岡町の夜の森は、福島県を代表する桜の名所です。全長2.2㎞にわたり続く桜並木は「桜のトンネル」として多くの人を魅了しています。長い間、帰還困難区域となっていましたが、2022年、11年ぶりにお花見ができるようになりました。「春になったらまたここを歩こうね」と娘と約束をしました。
■BAUM HOUSE YONOMORI
所在地:〒979-1161 福島県双葉郡富岡町字夜の森北3丁目14-2
電話:0240-23-5220
定休日:無休
営業時間:10:00〜18:00
復興への想いに触れる
そろそろトレイルも終盤です。10kmを過ぎたあたりから足が重くなってきて、励まし合いながら歩きます。
スタートから15km地点、時刻は16時。最後の立ち寄りポイントの「とみおかワインドメーヌ」に到着しました。とみおかワインドメーヌは、太平洋を目の前に臨む圃場で、ワイン用の葡萄を栽培しています。「富岡町が復興するきっかけをつくり、町を元気にしたい」という想いから、代表の遠藤秀文さんを中心に2016年から土地を開墾し、ブドウの苗木を植え始めたのだそう。
ここでは統括リーダーを務める細川順一郎さんが、圃場を案内してくれました。ワインの本場・山梨県のワイナリーで栽培・醸造に携わっていた細川さんは、遠藤さんの想いに賛同し富岡町に移住したそうです。
「ワインで町の人たちを笑顔にしたいという本気が伝わってきたんです。畑を見せてもらうと、海が広がる風景にひと目惚れしてしまって。私の経験がこの町の力になるのならと、この町にやって来ました」
「現在は、11品種のブドウを栽培しています。まずは、富岡の海産物にマッチする白ワイン用のシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、アルバリーニョの3種をしっかり根付かせていきたいです」と細川さん。
富岡駅東側にも新しい圃場ができ、ブドウ畑が広がっています。津波で流され、活用されずにいた土地を活用し、畑にしているそうです。とみおかワインドメーヌでは町に住んでいた方の故郷への思いを背負い、ワインを醸造しているのです。
2025年春には、この場所にワイナリーが完成する予定です。数年後、富岡駅周辺はワインを楽しむ人で賑わっているかもしれません。そんな想像をして、海風を浴びて育ったブドウで作られるワインをいただける日が待ち遠しくなりました。
■一般社団法人 とみおかワインドメーヌ
所在地:〒979-1111 福島県双葉郡富岡町小浜438-1
電話:0240-23-7606
歩いた先に見えたもの
お話を聞いている途中から、ポツポツと雨が。「富岡駅まで車で送っていきましょうか?」と細川さんのありがたい言葉に一瞬心がグラつくも、最後まで歩ききろうと気持ちを奮い立たせ出発しました。
ブドウ畑からはやる気持ちで歩くと、海が見えてきました!思わずみんなで「海だー!」と走り出します。青春のようで、笑ってしまいました。
海が見えたら、駅まではあと少し。左手には海、右手にはブドウ畑が広がる開放的な道を進みながらゴールを目指します。
16時半、富岡駅に到着!1日歩き終えてみると、言葉には尽くしがたい達成感に包まれました。そして、車や鉄道で通り過ぎるのでは気づかない、歩くことで発見できる美しい景色や地域との触れ合いがあることを知りました。
まとめ
中島さんが「この道は歩くことで育っていく」と話していたことが印象的でした。
トレイルを歩いていると、まちの方たちが声を掛けてくれたり、立ち寄るポイントで話が聞けたりと、自然と地域への親しみが深まります。歩くことで地域への関心が高まり、地域の方たちもハイカーを応援する空気が生まれていく。そうやって少しずつこの道が育っていくのかと思うとワクワクしました。
帰り道、「大熊町も富岡町もいいところだったね」と子どもたち。学校で習う被災地のイメージとは全く違っていて、まちが好きになったと話していました。地域の方たちの温かさに触れ、見え方も感じ方も変わったようです。歩いたからこそ、まちの景色や人、活動に触れ、地域をより深く知ることができたのだと思います。
一年を通して過ごしやすい浜通りは、四季のうつろいを感じながらトレイルを楽しめます。今回は夏真っ盛りでしたが、海風が流れて気持ちよく歩くことができました。
そして、歩くことで自分と対話をしたり、隣で歩く人と話を深めたり、想像以上に豊かな時間を過ごすことができました。ふくしま浜街道トレイルは、今回ご紹介した大熊町・富岡町に限らず、福島県沿岸部全域に続いています。ぜひ、ふくしまの今を感じてみてください。
■ふくしま浜街道トレイル
https://fukushima-coastal-trail.jp/
※内容は取材当時のものです。
文:奥村サヤ 写真:中島悠二
※本記事はふくしま12市町村移住ポータルサイト『未来ワークふくしま』からの転載です。