坂本 直弥 さん
[マニラ]⇔[古座川町・串本町]
「この地域には、私にできることがある」との直感をたよりに串本へ
フィリピンでの海外事業に目配せしつつ、串本ではガイドまで務める
【職業】
公認会計士/海外経営コンサルタント
地域コーディネーター/ガイド・旅行業
林業経営アドバイザー/山林主【拠点】
① マニラ(生活拠点と事務所)
② 南紀(生活拠点と事務所と山林)
③ 京都(生活拠点)
④ 東京(事務所)【坂本さんの二地域居住ストーリー】
串本町でシェアオフィス「サテライト古座」を運営している坂本さんは、フィリピン・マニラにも生活拠点を持つ”インターナショナルな”二地域居住実践者。京都や東京にも仕事・プライベートの拠点を持つ。そのグローバルな行動範囲ゆえに、将来ビジョンも大きく、南紀・古座川流域で訪日外国人・在留外国人との交流を深め、「国際関係人口」の創出を目指す。その傍ら、地域活動にも積極的で、地域図書館機能をシェアオフィスに併設し、地域の歴史の保存・発掘に尽力するとともに、地域コーディネーターとしても活躍している。
1.多拠点居住に至る経緯
京都と南紀での二地域居住を計画するも、仕事の繁忙で実現せず
大学卒業後に、東京で公認会計士として働き始めました。その後、留学生であった妻の故郷であるフィリピンに移住し、2001年には独立。現地の日系企業に法律や会計に関するアドバイスを行う事業を始めました。そして、40歳の頃、事業も軌道に乗っていましたので、早期リタイアして、学生時代に暮らした京都でゆっくりと時間を過ごすのもいいかと思い、2008年に京都の町屋を購入しました。また、縁あって古座川沿いの山林を手に入れ、将来的には春と秋を京都で、夏と冬は南紀で滞在しようとの夢を描いて、古座川町に住宅も購入しました。ただその後、フィリピンで新しい事業を立ち上げたり、別の会計事務所を立ち上げたりと忙しくなったため、夢は実現できずにいました。
コロナ禍に訪れた移住定住イベントが転機となり、串本へ
そのような中、新型コロナウイルス感染症対策で移動が難しくなり、リモートでの仕事が多くなっていきました。ちょうどその頃、東京で和歌山県の移住定住イベントがありました。興味本位で参加してみたところ、串本町のワンストップパーソンの方が、熱心に対応してくれました。そして、移住施策について様々な支援の取組があることを教えてもらいました。世の中がリモート勤務を受入れてくれるようになったので、今なら南紀に居を移せると思い、(公財)わかやま産業振興財団のわかやま地域課題解決型起業支援補助金制度に申請。無事採択を受けて、串本町で新法人、株式会社古座MORIを立ち上げ、シェアオフィス「サテライト古座」を開設することになりました。
2.拠点選びの決め手
様々な人達との出会いの中で感じた「この地域には、私にできることがある」という実感
先ほど申し上げた補助金制度を活用するにあたり、既に住宅も購入していた古座川町も考えましたが、最終的には串本町に居を構えることにしました。串本町で手ごろな物件に巡り合えたことも決め手として大きかったのですが、当地で様々なご縁をいただいたことも最後の一押しとなりました。東京の移住定住イベントでお会いしたワンストップパーソンの方もそうですし、地域の歴史を調べる中でご指導いただいている諸先輩方もおられます。シェアオフィスを開設する際には、そのお一人を通じ、串本町の田嶋町長にもご挨拶をさせて頂きました。ちょうど串本町は、ロケット射場の建設や高速道路延伸で様々な変革の時期でもありました。「自分の経験や人脈を活かした貢献ができる」という実感をつかみ、この地に住所を移し、主たる生活拠点とすることに決めました。
3.物件探し
不動産事業者を活用するだけではなく、SNSを活用するという奇策も
シェアオフィスとしての物件は、特急停車駅であるJR古座駅からの徒歩圏内で見つけることができました。物件探しにおいては不動産事業者を訪ねたり、物件検索サイトを活用したりするのはもちろんのこと、「わかやま住まいポータルサイト」も閲覧しました。他にも、Facebook上で「実家が長期空いているけれど、管理できない。誰か購入してくれないか」といった投稿を見て、手を挙げたこともあります(その物件には現在長女が住んでいます)。妻がフィリピンの不動産鑑定士ですので、できるだけ一緒に内見して屋根の状態や基礎等を確認し、改修費用が少なくて済む物件を選びました。
4.南紀での暮らし・活動
地域コーディネーターとして、シェアオフィス運営だけではなく、ガイドも務める
古座で購入した物件は、元建具屋さんの工場。本棟はシェアオフィスとして活用するとともに、別棟は自らの居宅としても利用してきました。シェアオフィス2階では自社グループの事業を行うほか、1階には地域の本を集めた図書室も備えており、地域の「触媒」になるべく、さまざまな人、企業の交流拠点として利用して頂いています。また、個人としては南紀串本観光協会に所属するガイドとしても活動しています。世界遺産、ジオパーク、ロケット、クジラ、清流、地域振興と、コンテンツは盛りだくさんです。
生活時間の8割は南紀で
拠点間の移動については、京都に滞在する時間はあまりなく、東京は事務所機能としてシェアオフィスを借りているだけですので、生活時間の8割は南紀、残りがフィリピンを初めとする海外になります。フィリピン・南紀間の移動は飛行機になりますが、最近はLCCの便が増えて往復3万円台のこともあり、助かっています。南紀白浜空港から国際便が定期的に飛んでくれれば、さらに助かるのですが。
外国人からも評価される南紀の生活環境
先日、友人のフィリピン人弁護士一家が遊びに来てくれて、南紀を案内しました。彼らもマニラ近郊に趣味の農場を持っていますが、古座川を見て「理想の川だ」と感動していました。また、そのような環境が、街中から車で数十分のところに存在することに驚いていました。日本人だけではなく、世界の人々にとっても魅力的な環境がここにはあります。
5.家族の理解
理解以上の「羨望」
私が南紀串本町・古座川町で二地域居住を実践していることについて、フィリピンにいる時間が長い次女や妻からは、「羨ましい」と言われます。妻は京都で学生生活を送ったので、私と同様、京都や南紀エリアなどで、春夏秋冬、その時々に、自然が豊かで暮らしやすい場所で生活をしたいという夢を共有していましたし、娘たちも子どもの頃から折に触れて古座川の自然に触れてきました。事業立ち上げの頃の忙しい時期も知っているだけに、今、私が南紀で過ごす時間が長くとれるライフスタイルを送っていることは、家族の中でも好意的にみられています。
6.今後の展望
串本町・古座川町で「国際関係人口」を増やす
古座MORIにはカナダ人スタッフもおりますし、フィリピン事務所とのオンラインミーティングが毎週あって、全員英語が話せます。先ほども申し上げましたが、当地の自然環境について、訪れて初めてその魅力に気づく外国人も多数います。英語に抵抗のない私たちの力で、世界中の一人でも多く方に南紀の魅力を知ってもらい、「国際関係人口」として継続的に当地に関わっていただきたい。そんな取組を続けていきたいです。すでに当地に暮らす外国の方も多数いらっしゃいますし、今後、ロケットの関係や大阪・関西万博で初めて当地にいらっしゃる方々もいるでしょう。南紀は元々、海外での出稼ぎも多い場所でした。外国の方々にも抵抗のない高齢者の方々も多いです。縁あって当地にお越しになる各国の方々とも関係を深めながら、ぜひ何か面白いことを一緒にやっていきたいと考えています。