移住後の新しい暮らしに大きな期待を抱く反面、「地域に馴染めるだろうか」「交流の機会はあるのだろうか」など、定住の面で不安を感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

福島12市町村では、各市町村や地域住民が企画する、定住支援のためのさまざまなイベントが開催されています。ここでは大熊町の取り組みについて、大熊町移住定住支援センターの岩船夏海さんに話を聞きながらご紹介します。

町の実情をそのまま伝えることが定住の第一歩

大熊町移住定住支援センターが開所したのは2022年4月のこと。開所にあたり、町は3つの目的を掲げました。移住者に全力で寄り添うサポート、魅力ある大熊町を醸成するための情報発信、そして、移住者も帰還者も町に関わる方も垣根なく集える場づくりです。センターではこれまで、さまざまな工夫を凝らしながら、移住者が安心して長く暮らしていくための発信を続けてきました。

岩船さんがセンターに着任したのは2023年6月。彼女自身も移住者の一人です。新潟県妙高市に生まれ、大熊町に来る前は東京都内の特別支援学校で教員をしていましたが、保護者の方や地域の方が求めている教育とは何かが気になり、一度学校から離れることを決めました。教育とは関係のない仕事を探しているなか、転職サイトからのスカウトで大熊町での移住支援の仕事を知り、「まったく想定していなかったところからのスカウトに逆に興味を持って」応募したと言います。最初の面接から2ヵ月後、大熊町での生活がスタート。当時をこう振り返ります。

「不安はもちろんありました。何せ知らない土地ですし、知らない人ばかりですし。でも、地元の新潟県とくっついている県だから、新潟とあまり変わらない環境だろうと思って引越しました。でも、ずいぶん違いましたね。当時は町の整備がようやく本格的に進み始めた頃で、こんなに人が少ないんだって驚きました」

町はその後、義務教育学校「大熊町立学び舎ゆめの森」の開校などを経て帰還者や移住者が徐々に増加。岩船さんは、移住を検討される方からの相談に応じる一方、移住後の暮らしをサポートするさまざまな業務にもあたっています。

「大熊町はまだまだ復興の途中にありますが、そうした環境のなかでも移住した方が暮らしに満足し定住するところまでを支えるのが私の仕事。相談を受ける段階では、できるだけ大熊町の実情をそのまま伝えるようにしています」

「楽しそう」を軸にテーマを決め移住者交流会を開催

岩船さんが関わる定住促進の取り組みはいくつかありますが、そのなかで「自分がやりたいようにやらせてもらっている」と話すのが、2024年5月にスタートした移住者交流会です。10名を定員の目安とし、SNSでの広報のほか、口コミでも参加者を募っています。

「初回と2回目は特にテーマを決めず、病院や買い物、子どもの遊び場のことなど、小さな悩みを町民同士でざっくばらんに話す場にしました。しかし、おしゃべりが得意な方もいればそうでない方もいます。さまざまな方にご参加いただくにはフリートークよりも共通の趣味があったり一緒に体験活動をしたりするほうが交流しやすいと考え、3回目からは『ペット好き集合』や『インクアート体験会』などテーマを設定した交流会を開催しています」

テーマ設定は、移住者が興味を持ってくれそうなものはもちろん、岩船さんの純粋な興味で決めることもあるのだとか。5回目の『抹茶で交流会』は「完全に私の興味です」と笑います。『抹茶で交流会』ではもともと大熊町にお住まいだった方をお茶の先生としてお招きしました。

抹茶をテーマに開催した移住者交流会の様子

「うれしかったのは、私もまったく知らない移住者の方が2人来てくださったことです。2人とも、これまではあまり町のイベントに参加していなかったそうですが、お茶には興味があるからと参加してくださいました。また、お茶の先生がお知り合いを呼んでくださり、最終的に5名の避難されている町民の方がお手伝いをしてくださいました。移住者に限らず、町に関係するいろいろな方の交流が生まれたことはよかったなと感じています。」

今後は、ワークショップのような要素も織り交ぜながら、「楽しそう」を軸にテーマを決め、移住者間、また移住者ともともとの町民の方との交流を深めていきたいと語ります。

「好き」や「得意」を町民と共有できる「おおくまチャレンジ応援プログラム」

もう一つ、岩船さんが定住支援につながる事業として関わっているのが、「おおくまチャレンジ応援プログラム」です。大熊町に住民票がある方、または大熊町内の事業所に勤務している方を対象に、町でやってみたいこと、挑戦したいことを募集。審査を通過すると、上限10万円(税込)の活動費用が支給されます。もちろん移住者の応募も可能です。

「令和6年度からスタートしたプログラムで、フットサル教室の開催やJR大野駅の探検、東京のエンジニアと大熊町の起業家との交流会など、18件のプログラムが採択されました。活動費用に加え、集客やイベント進行のアドバイスなどのサポートもしています」

「おおくまチャレンジ応援プログラム」に申請したご家族と岩船さん(一番左)

審査において条件とされるポイントは、大熊町の課題解決に繋がり活性化に寄与する活動であるか。また、対象者を限定せず誰でも自由に参加できる活動であるか。応募時点でこのポイントをクリアできていない場合は、より町の活性化につながるよう、提案の内容や活動費用の配分に関してアドバイスをすることもあるそうです。

おおくまチャレンジ応援プログラムは、令和7年度も継続して募集予定です。自分の得意なことで町の人たちを楽しませたい、共通の趣味を持つ人たちとつながりたいと考える移住者にぜひ使っていただきたいと岩船さんは語ります。

顔見知りが増えるだけでまちは暮らしやすくなる

さまざまな取り組みを通して人と人とをつなげる役割を担う岩船さんですが、みずからを「ぜんぜんオープンじゃなくて、自分から話をしに行ったりはしないタイプ」と言います。では、どのようにして町に溶け込んでいったのでしょうか?

「大熊町に引越すとき、“こっちは人と人との距離が近いよ”って言われて、正直“苦手かも…”と思っていたんです。東京で教員をしていたときも、保護者の方や同僚の先生と会ってしまいそうなところにはなるべく出かけないようにしていました。そんな私が今こうして生活できているのは、移住者も含めた大熊の人達のコミュニケーション力が高いから。私が頑張ってどこかへ積極的に出て行ったということではなく、みなさんが私に声をかけ、迎え入れてくれたんです」

岩船さんが今、地域に馴染み定住していくために必要だと感じること。それは、ほかの町民と交わるための「はじめの一歩」を思い切って踏み出すことです。

「私自身、積極的に前に出るほうではないので、それが苦手な方の気持ちもよくわかります。ただ、興味のあることなら積極的に参加しようと思っていただけるのかなと。そういう場を作っていけたらいいなと思っています。1回参加したらずっと参加しなくてはいけない、ということもないでしょう。でも、顔見知りになって挨拶をかわせる人が一人でも増えることで生活しやすさは格段にアップすると思うんです。
暮らしやすさを実感するためにも、面白そうと思ったものにはぜひ一歩踏み出していただきたいと思います」

大熊町では、町が主催するイベントに加えて、民間主催のお祭りやスポーツ同好会の活動なども多く、新しい交流が生まれる機会にあふれています。また、大熊町以外の11市町村でも、それぞれに官民問わずさまざまな定住促進のイベントが開催されています。移住を検討される際は、移住後の暮らしがより充実したものになるよう、各市町村のイベント情報もぜひチェックしてみてください。

■大熊町移住定住支援センター
所在地:〒979-1308 福島県双葉郡大熊町大字下野上字清水307-1
HP: https://www.town.okuma.fukushima.jp/site/iju/

※所属や内容は取材当時のものです。
取材・文:髙橋晃浩
写真提供:大熊町移住定住支援センター

※本記事はふくしま12市町村移住ポータルサイト『未来ワークふくしま』からの転載です。