NPO法人インビジブルの山本曉甫(あきお)さんは、アート、文化の力を触媒として活用し、浜通り地域で14〜15もの多様なプロジェクトを展開しています。大熊町の魅力として「若い世代も増えていて、新しいことに挑戦しやすい場所」を挙げる山本さんに、福島へ来た経緯、具体的な活動、そして、この浜通り地域が「世界に向けて大きな問いを投げかける場所となるべき」という今後の展望について伺いました。

撮影:新津保建秀
アートで地域と人々をつなぐ
私はNPO法人インビジブルの理事として、大熊町や富岡町など浜通りを中心に、文化芸術による教育や地域振興事業を行っています。「invisible to visible(見えないものを可視化する)」をコンセプトに活動しており、アート、文化、クリエイティブの力を活用し、地域再生、都市開発、教育など多岐にわたる領域でプロジェクトの企画運営を行っています。
私自身がまちづくりやアートに興味を持ったきっかけは、大学時代に遡ります。それまで東京という大都市にいましたが、高校時代にメキシコの小さな集落に住んだ経験や、大学進学後に大分県の別府市でまちづくりに関わった経験が大きな転機となりました。
福島県浜通りに関わるようになったのは、2018年から富岡町の小中学校で始まったPinS(ピンズ)プロジェクトがきっかけです。これは、アーティストを学校に「転校生」として派遣するユニークな教育事業です。当初は東京を拠点に遠隔での関わりが多かったのですが、2021年頃、自身の環境の変化や、この地域にもっと長い時間をかけて関わりたいという思いから、福島県へ移住しました。現在は、富岡に住みながら、大熊町をはじめとする浜通り各地の学校や地域で、子どもたちとアーティストをつなぐ重要な役割を担っています。

アートを交流のきっかけに
現在、福島県浜通りで取り組んでいる事業は、大小合わせて14〜15プロジェクトほどあります。2025年の上半期に取り組んでいた活動の一つが、「手前味噌プロジェクト」です。これは「食×アート」をテーマにしたプロジェクトで、アーティストの三原聡一郎さんを招聘し、一緒に味噌づくりを行っています。単に味噌を作るだけでなく、富岡町で採れたさつまいもと大豆を混ぜ合わせて、オリジナリティある「味噌っぽいもの」を作る試みも実施しています。
既製品を購入できる時代にあえて「作る」プロセスを挟むことで、物の成り立ちを伝え、原発事故で全町避難を強いられた地域で、人が生きていく上では避けられない食べることについて考える活動を目指しています。ワークショップには地域住民だけでなく、外から来て居住し始めたばかりの移住者も多く参加しており、地域交流のきっかけにもなっています。
大熊町においては、2024年度、記憶・気配・痕跡というテーマで「見えない気配/痕跡」というプロジェクトのキュレーションを担当させていただきました。これはアーティストとともに、中間貯蔵施設や大熊のエリアをはじめ浜通り各所をリサーチし、作品制作を行うというものです。プロジェクトの最後には、ワークインプログレス展と題し、制作途中の作品を発表することを試みました。

また、弊社は現在、令和10年度に大野駅西口にオープン予定の社会教育複合施設「ととと」のPR・認知活動を担当させていただいています。この施設は、公民館、博物館、図書館の3つの機能を融合させる予定で、5000平米という非常に大きなスケールを持っています。私たちは、この施設を大熊町内だけでなく、浜通り全体の大きなシンボルとし、外から浜通りに来る人が立ち寄りたいと思えるような場所に位置づけられないかと考えています。11月1日のふるさとまつりで、子どもたちを主な対象としたクイズラリーを行う予定でしたが、強風により急遽中止になってしまいました。今年度中に改めて開催し、多くの人に「ととと」を知ってもらう機会になればと思っています。
この地域で活動する中で感じるやりがいは、目的を持ってこの地域で活動する人たちと協働できることです。震災後に移住してきた人、地域に戻ってきて事業を始めた人、そしてアーティストたちも、この浜通りという場所でものを作ることや活動することに大きな意義やモチベーションを感じています。海外の旅行客が日本に来たら京都や東京に行くように、世界中の人が「福島(浜通り)に行く」という選択肢に上がるよう、今後もアートの力を通じて、1人でも多くの方を浜通りへ呼び込みたいと考えています。
トレーニングでつながる大熊
現在、大熊インキュベーションセンター(OIC)に福島拠点を置いているため、通勤で富岡町から大熊町に来ています。大野駅前にクマSUNテラスができ、コンビニエンスストアや飲食店など新しい施設が増えることで生活の利便性が向上していることを実感しています。また、大熊町にある複合施設「linkる大熊」内のトレーニングジムは、富岡町にはない一番の魅力です。設備が整っており、筋トレが趣味の私にとっては欠かせない施設となっています。ジムでは、スタッフの方々や他の利用者の方とお話しすることもあり、コミュニケーションの場としても機能しています。

今後さらにまちが良くなるために期待したいことは、外部から訪れる人が増えることを想定したインフラ整備です。特に、アーティストや関係者を国内外から招聘する立場としては、宿泊施設の少なさや中長期間滞在できる施設の少なさが課題です。大野駅前にホテルが建設されるという話も聞いているため、その部分には期待しています。また、移動手段として、大野駅で借りられる電気自動車のカーシェアに加えて、より多くのレンタカーやカーシェアができるようになると、車の免許を持つアーティストなどが自分でリサーチしたり活動したりするのに便利になると考えています。
大熊町はこんなまち
大熊町は若者の移住者も多く、新しいチャレンジの可能性を感じてスタートを切る20代の若い世代も増えている町です。とりわけ、インキュベーションセンター(OIC)のような場所もあるため、産業の分野にかかわらず、新しい活動や社会実験をしやすい環境があります。
ただ正直に申し上げて、大熊町はスーパーがまだないなど、生活環境が完全に揃っている場所ではありません。
その中でも、「何かがない」ということを嘆くよりも、「なければ自分たちで作ろう」とか「他のやり方がないかな」と、自ら考え、行動できる人であれば、大熊町はとてもおすすめの町です。今後、社会教育複合施設ができることで、町内外を含めてたくさんの人が訪れる町になっていくはずです。まずは訪れ、その後に二拠点生活などから活動を始められると良いかと思います。ご自身の熱いモチベーションを持って、実際に足を運んでいただけると嬉しいです。
