「関わりたくなる地域」は、誰か一人の情熱だけでは生まれません。うまく進めている地域には得てして、移住希望者と地域、行政と住民、それぞれの思いや事情をていねいにつなぐ“現場の伴走者”の存在があります。一般社団法人 移住のすゝめは、下川町・ニセコ町・喜茂別町で移住支援や地域おこし協力隊の伴走を続けてきた3人の移住コーディネーターが立ち上げた、そんな”伴走者チーム”です。どの自治体も人手不足で専門性を養うのが難しい中、「本当に欲しい人材を迎える」「関係人口を地域の力に変える」といった課題にどう向き合うのか。この記事では、代表の立花さんのこれまでの歩みと実践をたどりながら、移住・協力隊・関係人口を“仕組みづくり”として捉える視点を、ネイティブ.メディア編集長の倉重によるインタビューで探っていきます。

[一般社団法人移住のすゝめ|左:代表/立花祐美子さん、中央:理事/加藤朝彦さん、右:理事/奥田啓太さん]
1.移住コーディネーターが3人集まって立ち上げたスペシャリスト集団
倉重: 最初に一般社団法人「移住のすゝめ」の立ち上げの経緯などを伺っていきたいと思います。まず、いつ頃どんなメンバーで立ち上げられたのか、教えていただけますか。
立花: 設立は2024年3月です。北海道各地で移住促進をしてきた3人の移住コーディネーターで立ち上げました。
倉重: 3人ともそれぞれ別の地域で移住担当をされてきたんですね。
立花:はい、 そうですね。普段はみんな下川町やニセコ町、喜茂別町という自分の住む町で移住コーディネーターをしていました。もともとは任意団体「北海道移住のすゝめ」のメンバーとして、一緒に移住イベントをやっていた仲間なんです。
倉重: その任意団体では、どんな活動をされていたんですか。
立花: 道内のだいたい15 自治体前後とご一緒しながら、オンラインやオフラインの移住イベントを企画していました。コロナ禍のタイミングだったので、オンラインイベントから始めたんです。
倉重: それぞれ別の町に住みながら、道内のいろんな自治体をつないでいたわけですね。そこから法人化しようと思ったきっかけは何だったんでしょう。
立花: 札幌で一度、「起業型地域おこし協力隊」をテーマにしたイベントを3人で企画したことがあったんです。起業型の地域おこし協力隊の募集説明会を主軸にした企画で、それをやった時に「このメンバーで会社を作ったら面白いかも!」とふと思ったのが最初でした。
倉重: チームとしての手ごたえがあったわけですね。
立花: そうですね。それに、日頃から全国の自治体職員さんやコーディネーターから、「移住施策はどう設計したらいいか」「どんなツールを使うべきか」「運用するに当たって何がポイントなのか」みたいな相談がたくさん来ていたんです。
倉重: なるほど。すでに自治体相手の「移住促進アドバイザー」みたいな役割を、ある意味ボランティア的にやっていたんですね。
立花: まあ、そうかもしれませんね。「これは仕事としてちゃんと受けられるかも」と感じるくらいに、だんだんその相談の内容も深くなってきていました。そこで3人で、「ちゃんと仕事として受ける器を作ろう」と相談し合って法人化しました。
倉重: まさに自治体からのニーズで生まれた組織なんですね。今は主にどんなスタンスで自治体と関わっているんでしょうか。
立花: 今も基本的には「自治体の職員さんのサポート役」というスタンスです。自分たちが移住担当をしている下川やニセコ、喜茂別以外の自治体から依頼を受けて、移住や関係人口、地域おこし協力隊の担当者を支えるイメージですね。
倉重: 自分の町の仕事もやりつつ、他の地域の「外部パートナー」として入られているんですね。自治体側からすると、かなり心強い存在でしょうね!
立花: そう思っていただいていれば、ありがたいですね(笑)自分たちのそれぞれの町では10年近く移住や協力隊に向き合ってきたので、その経験を別の地域の課題解決に使えるのは、やっていてもすごく楽しいです。
倉重: 具体的な支援内容でいうと、どんな仕事の割合が多いですか。
立花: 今いちばん多いのは、地域おこし協力隊の募集まわりです。ミッション(役割)の設計に一緒に入ってほしいとか、応募者が集まらないので手伝ってほしいとか、採用した協力隊の伴走支援をしてほしいといった依頼が中心ですね。
倉重: 募集設計から着任後のフォローまで、一通り対応している感じなんですね。
立花: はい。自治体職員さんの相談相手になるのはもちろんですが、実際に協力隊の方とも直接お会いして、「3年後どう残るか」を一緒に考えるところまで伴走しています。私以外の2人は元協力隊ですし、3人とも自分の町で同じような支援をしているので、その経験も活かしながらやっています。
倉重: 道内のいろんな自治体に対して、移住と協力隊の「現場経験を持ったチーム」で入っていく。まさに、移住・協力隊分野のスワット(専門特殊部隊)みたいな存在ですね(笑)
立花: そんなふうに言ってもらえると嬉しいです。移住と協力隊に一番コミットできるように、現場目線で頑張っていきたいなと思います。
倉重: 単なるコンサルではなく、自治体の隣に並んで一緒に汗をかくプレイヤーとしての伴走。だからこそ、現場の温度感に寄り添った移住施策の設計や実装ができるんでしょうね。

[移住のすゝめの活動の様子]
2.下川町の現場で10年、「首突っ込まさって」積み上げた経験
倉重: 先ほど「自分の町のことは10年やってきた」とおっしゃっていましたが、下川町でのキャリアはどこから始まったんでしょうか。
立花: 一番最初は、新設された移住部署の経理担当として、臨時職員として採用されたんです。
倉重: 最初から「移住担当」で入られたわけではないんですね。
立花: そうなんです。もともとがむしゃらに働くタイプで、気づいたらいろんな仕事を任せてもらうようになっていて嘱託職員になり、プロジェクトマネージャーという役職になって…という感じで、少しずつポジションが変わっていきました。
倉重: いわゆる叩き上げというか…。
立花: そうですね。
倉重: 具体的には、どこまでの分野を担当されてこられたんですか?
立花: 「移住担当」とはいえ、やってきたことは本当に幅広くて。起業したい人の相談に乗ったり、事業承継の案件に入ったり、就職の相談に乗ったり……移住希望者の方の「暮らしと仕事」まわりには全部首を突っ込ませてもらってきました。
倉重: 起業も事業承継も就職も、ぜんぶ「移住」の延長線上にあるわけですね。
立花: そうなんですよ。移住と言っても、起業したい人もいれば、どこかの会社の右腕として働きたい人もいるし、シンプルに就職口を探している人もいる。いろんなケースに関わらせてもらったからこそ、今いろんな自治体にアドバイスできるだけの知見がたまってきた感覚はありますね。
倉重: でもそれだけ広い分野に関わるのは、正直かなり大変ですよね。
立花: 当時はすごく大変でした(笑)そこまで自分から「やります!」と手を挙げたつもりはないんですけど、いつの間にか関わらせていただいてました。北海道弁で言うと「首突っ込まさる」っていうんですが(笑)
倉重: 気づいたら、重要なところ全部に関わっていたと。
立花: 当時は本当に目の前のことでいっぱいいっぱいでしたけど、今振り返ると、あの「首突っ込まさってた」経験が知恵としてたまっていて、移住や協力隊に関わる課題はだいたい一通りは…というぐらいにはなりました。
倉重: 例として適切かわかりませんが、まるで「町の診療医」みたいな仕事だなと。総合診療医っていうんですかね? 最初に相談を受けて、症状を聞いて、必要に応じて専門家につないでいく、みたいな。
立花: そんな感じもあるかもしれません。まず話を聞いて、「この人は起業のお手伝いをしたほうが良さそう」「こっちは事業承継の専門家につないだほうがいい」とか、地域のいろんな人に繋げていく役割はありますね。
倉重: 移住においては、町の窓口としていろんな人の希望や課題を受け止め続けてきた10年だったわけですね。
立花: そうですね。移住希望者だけじゃなくて、事業者さんや地域の人たちの悩みも聞くので、「地方で暮らすって、こういうことなんだな」というリアルな感覚は、かなり身についた感じはあるかもしれません。
倉重: そうやって現場にどっぷり浸かってきたからこそ、他の地域の移住施策や協力隊募集にも深く入っていけるんでしょうね。
立花: それはあると思います。机上の空論ではなくて、「こういうパターンはうまくいかなかった」「ここはトライアンドエラーで乗り越えた」という感覚を持ったまま、他の地域に関われるのは、私たちの強みだなと感じています。
倉重: プロフェッショナルとしての土台は、まさに現場でつくられた、と。
立花: そういう経験をさせていただいた下川町には本当に感謝してます。裁量を持たせてもらって、いろいろ試行錯誤させてもらえたので。もちろんうまくいかなかったこともありますけど、それも含めて自分の経験につながっている感覚ですね。
倉重: 一方で、今はご自身も起業されて、どういう仕事を手掛けるかも含めて、さらに自由度高く働けているんではないでしょうか?
立花: 私、誰にも管理されないで自分の好きなだけ働くのが好きなんです(笑)残業時間を細かく管理されるより、「やることはやるから、あとは任せてほしい」というタイプで。だから今の働き方は、自分にはすごく合っていると思います。
倉重: 自分もわりとそのタイプなので、すごくよく分かります(笑)
立花: 好きなだけ働ける分、自分でちゃんとブレーキを踏まないといけないんですけどね。でも、「この人の力になりたい」と思える相談がたくさんあるので、つい全力で関わってしまいます。
倉重: それだけ「やりたいこと」が多い、ということでもありますよね。
立花: 本当に、今はやりたいことしかないんです。ざっくり言うと「地方創生」なんですけど、いろんな地域の課題解決に関わること全部が、私にとってはやりたいことなんですよね。
倉重: 下川町で培った経験を持ったまま、フィールドを北海道全域に広げていくフェーズに入っている感じですね。
立花: そんなイメージに近いかもしれません。これまではどうしても「下川の人」という看板が前に出ていましたけど、そこから少し離れることで、他の地域にもフラットに関わりやすくなった部分もあります。今は「どこの地域の相談も、等しく面白い」という気持ちで関わっています。
倉重: 一地域にどっぷり浸かった10年を経て、複数の地域の「顔」になっていく第二幕が始まった、という感じでしょうか。
立花: そうですね。下川での経験は私のベースであり続けますし、その上で、もっといろんな地域の「最初のお医者さん」みたいな役回りを担っていけたらいいなと思っています。

[北海道 下川町の様子]
3.協力隊募集と関係人口、「仕組みづくり」で変わる自治体戦略
倉重: ここまでお話を伺っていると、「移住のすゝめ」は単に募集を手伝うだけではなくて、自治体の戦略そのものに関わっている印象があります。今、他地域からはどんなテーマで相談を受けることが多いんでしょうか。
立花: 他の自治体さんからのニーズでいちばん多いのは、やっぱり地域おこし協力隊の募集まわりですね。ミッションの設計を一緒に考えてほしいとか、募集そのものを手伝ってほしいとか、最初にお話したように、採用した後の伴走支援までお願いされるケースが多いです。
倉重:協力隊経験者と、長年伴走してきた人がセットで入ってくれるのは、自治体からするとかなり心強いですよね。
立花: そう言っていただけることが多いですね。自治体の内部だけで考えると、「これは本当にうまくいく設計なのか」「このミッションで3年後に食べていけるのか」といったところまで、なかなか踏み込んで検討しきれない部分もあるので。そこを一緒に考える役割かなと思っています。
倉重: さらに、協力隊になるきっかけになるツアーづくりもされているとか?
立花: はい。協力隊になりたい人向けの体験ツアーの設計と募集も担当しています。もうツアーづくり自体は、この10年ずっとやってきたので、ある意味ライフワークみたいなものかもですね(笑)
倉重: 10年はすごいですね!
立花: 一緒にやっているメンバーも、みんな自分の町でツアーを作ってきた人たちなので、三人それぞれの知恵を持ち寄って、「このミッションならどんな体験をしてもらうべきか」などを議論しながら組み立てています。
倉重: 具体的に、ツアー設計ではどんなところを工夫しているんでしょう。
立花: 一番大切なのは、協力隊のミッションに合わせて、その核となる部分をしっかり体験してもらうメニューをつくることですね。地域おこしのテーマが観光なのか、一次産業なのか、福祉なのかによって、当然見てほしい現場も変わってきます。また町側がどうしても伝えたいことを体験に織り込むことで、ツアーの色が全然変わってきます。
倉重: 「町が何を伝えたいか」を言語化するのはなかなか難しそうですが、そこがかなりポイントになりそうですね。
立花: そうなんです。でも、それを職員さんだけで言葉にするのは、けっこう難しいんですよね。なので私たちは必ず一度現地に行って、案内してもらいながらヒアリングします。職員さん自身が気づいていない魅力や特徴もあったりするので、「ここ、実はすごくいいですよ」と外から伝える役割もあります。
倉重: なるほど。なるほど。よく言われますが、その場所で生まれ育った人ほど、「当たり前すぎて見えない魅力」には気づきにくいですもんね。
立花: そうなんです。だからこそ、私たちのようにいろんな地域を回っている人間が入ることで、「ここはちゃんとツアーに入れましょう」とか、「この話はミッションとセットで伝えたほうがいいですね」と整理していきます。
倉重: しかも、ある意味直接的な利害関係がない”第三者”だからこそ、職員さんもフラットに相談しやすいところもありますよね。
立花: それもあると思います。「本当にこの打ち出し方で大丈夫なのか」とか、「このミッション設計で人が来るのか」といった、ちょっとセンシティブな相談も、第三者のほうがしやすいみたいで。経験のある人が他地域から入ることで、フェアな意見として受け取ってもらえることが多くて、それは自分たちにとっても発見でした。
倉重: まさに「外部の伴走者」がいることで、自治体内部だけでは見えなかったものが見えてくる、と。
立花: そうですね。職員さんと一緒に悩みながら設計していく感じです。
倉重: 一方で、最近は「関係人口」という言葉もかなり浸透してきました。立花さん自身は、この関係人口をどう捉えているんでしょうか。
立花: もともとは、移住の手前にある存在というイメージで関係人口に取り組んできました。でも最近は、それだけではないなと感じていて。地域を回していくうえでの大事な人的資源として、関係人口という概念をもっと上手に使うべきだなと思い始めています。
倉重: 「人的資源としての関係人口」という視点はいいですね。しっくりきます。
立花: はい。やっぱり結局は地域にお金が回らないと、どんなに思いがあっても続かないので。その意味で、ふるさと納税のような仕組みも含めて、「外からお金を運んできてくれる関わり方」をどう設計するかは、これからもっと力を入れていくべき分野だと感じています。そこを動かす人材として、やっぱり域内だけでなく域外の人たちを巻き込んでいけるかどうかが鍵かなと思うんです。
倉重: まさに立花さんたちも、かなり濃い「関係人口」ですもんね。
立花: そうですね。私たちは関係人口には大きな可能性を感じています。一方で、「地域のために何かしたい」人たちもいれば、「地域に入って自分の仕事をしたい。」言い換えれば「地域からお金を取りたい」人たちもいるので、難しさもあるんですけどね。
倉重: まさに…。その違いは非常に見分けづらいですしね。
立花: そうなんです。「自分の仕事を地域に売り込みたい」といったお問い合わせも、実際すごく多いです。もちろんそれ自体が悪いわけではないんですけど、お互いがメリットを感じないと、地域側の人からすると、「地域からお金だけ吸い上げられている」と感じてしまうケースもなくはないですよね。
倉重: 仕事が地域のなかで生まれて、結果として外貨を稼いでくれるならいいけれど、地域内のお金が外に流れ出てしまうだけだと、難しいですよね。
立花: まさにそこです。今の地方って、内需だけでは回らないので、本当は外貨を獲得してこないといけない立場なんですよね。でも、外から来た人に既存のパイを持っていかれてしまうと、元も子もない。なので「関係人口を増やします!」という号令に素直になれない、ちょっと複雑な感情も現場にはあります。
倉重: そのモヤモヤを解消するカギは、どこにあると思いますか?
立花: それは地域側での「仕組みづくり」にあると思っています。たとえば、地域の事業者さんが「こういう人材を求めている」というニーズを持っていて、その人が関わることで会社が潤い、地域にもちゃんと還元されるなら、関係人口はすごく心強い存在になります。そういう人が活躍できる体制を作れるかどうか、またそういう求められる人材をうまく巻き込む仕組みをつくれるかが、関係人口の成否を分けるんじゃないかなと。
倉重: 協力隊募集やツアーの設計も、その「仕組みづくり」の一部なんですね。
立花: そうなんです。協力隊も関係人口も、「たまたま良い人が来たらラッキー」ではなくて、地域の中でどう役割を持ってもらうかを最初から設計しておくことが大事だと思っています。その設計を、自治体の中だけで抱え込むのではなく、私たちのような第三者と一緒に考えることで、より現実的で、かつ地域にとってプラスになる形にしていけるのかなと。
倉重: 移住も協力隊も関係人口も、短期的な視点で終わらせずに、「お金と仕事と暮らしが循環する仕組み」に落とし込んでいく。これこそが、これからの自治体にとっての勝負どころなのかもしれませんね。
立花: 本当にそう思います。私たちとしては、そこを一緒に考えて、一緒に手を動かしていけるパートナーでありたいと思っています。
編集後記
今回の取材を通じて見えたのは、「移住のすゝめ」が単なる協力隊募集などの「受託会社」ではなく、現場で育った知恵を持ち寄る“移住・協力隊の伴走チーム”だということです。3人の移住コーディネーターが、それぞれの町で積み上げた経験を束ねることで、自治体職員のとなりに立つ心強い伴走者になっているようすが、ありありと感じられました。
どの自治体も人手不足で専門性を養うのもなかなか難しい中、「関係人口を増やす」「本当に欲しい協力隊員を採用する」といった課題は一筋縄では行きません。移住促進・関係人口創出の事業を中長期的・戦略的な視点ですすめるには、地元の近くでこういうパートナーをいかにうまく体制に入れ込むかが、今後の「関わりたくなる地域を創る」活動には本当に鍵になってくるだろうなと改めて強く感じました。
文責:ネイティブ.メディア編集部




