千葉県千葉市緑区、千葉市街地より車で50分ほどの場所に位置し、駅前にはニュータウン開発が進んでいるが、一歩進むと昔ながらの風光明媚な農村エリアが広がっている。ここに2019年に新たな農園が開園した。その名も“あんばい農園”。
設立したのは元理科教員として中高一貫校で教鞭を執っていた梅津裕一さん。落花生の専業農家でありながら体験学習型農業を謳っているあんばい農園、一般的な農家とは一線を画す取組を進めている梅津さんの想いに迫る。

【夢だった理科教員から農業との出会い】

「昔から海の生物や海に関わることに魅力を感じていたんです」と話す梅津さん。今や内陸地で農業をしている人とは思えないこの一言から取材が始まった。大学・大学院でも深海生物の研究を専攻しており、科学的な面白さや魅力を伝えていく仕事をしたいと考え、理科の教員を志していた。

卒業後には私立の中高一貫校に就職も決まり、当初の夢であった“担任を持ち、自分のやりたい教育を理科教育の中で実践する”ことも叶いつつあったこれからの時、突然の病が梅津さんに襲い掛かった。夢でもあり意義ややりがいは感じるが「命を削ってする仕事なのか?」と自分自身に問いただす中、教員を退職することを決断した。苦渋の決断だったと話す梅津さんだが、療養のために移住した九十九里にて農業と深く出会うことになる。

「妻の実家があり、私の好きな海もある、そのような理由で療養先を九十九里にしました。そんなある日、体力を戻すためにリハビリをしている時に近所の農家さんからこのようなことを言われたんです。『いつも家にいるんだったら畑でもやりなさいよ』って。おそらく私がいつも家にいるのが暇そうに見えたんでしょうね(笑)。」

最初はリハビリついでだったと話すが徐々にのめり込んでいったという梅津さん「農業は勘や経験が前面にあると思っていたのですが、全然違いました。私が今まで携わっていた“科学”が密接に関わっていたのです」と話す。

様々な農業の本で勉強したり先輩農家さんに教えてもらったりすることで、色んな作物を収穫することが出来た。しかし一つだけうまく出来なかったものがあった、それが落花生だった。うまく出来ないのが悔しくて、落花生の論文を読むなど勉強を重ね、翌年にはその甲斐もあり収穫することができた。そのような体験が梅津さんの心を突き動かすこととなる。

「次のキャリアでは農業をしてみよう」

新しいステップを歩みだした瞬間となった。

【様々な人との出会いから独立へ】

「農業の事をもっと知りたい」と思い、ご縁のできた有機農家さんの元で研修を行うことになった梅津さん、約1年半の研修期間だったが様々な方との出会いが今の梅津さんの礎になっていると話す。その中には現在あんばい農園で主にPRを担当している三本木絵未さんもいた。「彼女との出会いは本当に大きかったですね。農業のWEBデザイナーの仕事を手掛けており、農家のネットワークを持っていたんです。その中で様々な農家さんに出向き、自分の考えている農業スタイル等を相談することができました」と梅津さんは話す。

しかし自分自身のスタイルがぼんやりとしており、具体的に決めることがなかなか出来なかったとも話す。「どのスタイルが自分自身に向いているか?本当にこのスタイルでいいのか?食べていくことが出来るのか?」と自問自答する日々だった。その中とある先輩農家と話している中で、梅津さんの目指す農業のスタイルが見えてくる。「その人は私に『人に伝える事は誰もが出来る事ではない。元教員ならその強みを活かさないと。普通の農家になってはダメだよ』と言って下さったのです。畑の中に学びがあり、それを伝えていく事が自分のしたいことだと再認識し、これが体験学習型の農園を志すきっかけとなりました」。

また自分が農業を始めた時にうまく出来なかった“落花生”を題材として使いたいと考えた。「これには主に2つ理由があって、一つはブランディングが出来ているということ。落花生=千葉県のブランドイメージが既にできている為、新たに個人でブランディングする必要がなく、新規就農する際の作物として相応しいと感じたのです。二つ目は“落花生”は非常に学びのある作物だと思ったからです。私の友人にも落花生の花が落ち、その後土の中で実がなっていることを知らない人も多い。生態が面白いだけでなく伝える中で驚きもある。まさに学習する上で最適な作物だと感じました」。

“体験学習型農園”“落花生”と梅津さんの農業スタイルが具体的にイメージされていくこととなる。

2019年4月千葉市緑区に“あんばい農園”を新規開園。この農園名は、無理をせずにちょうど良いペースで生きていくという決意と、苗字に「梅」が入っていることから親友が名付けてくれたものだ。

研修中の梅津さんのご様子

開園した時のあんばい農園

【体験学習型農業を通じて】

念願の独立を果たすがやはり独立1年目、うまく行かないことも多々あったという。「研修では農機具が揃っていて予め準備がされている状態が普通でしたが、いざ独立した自分の農場に“何が必要なのか”がわかっていませんでした。また教科書通りになることも少なく“経験値のなさ”も痛感しました。このように道具や計画性、想像力が足りませんでしたね」と話す。

そして何よりも自然の猛威には驚いたと話す。「1年目の2019年には大型の台風が直撃しましたし、2年目の2020年には新型コロナウイルスの流行がありました。この自然の猛威に対して人は無力なんだと実感しました」。しかし今では自然の猛威も農業をする上では当然あるものと受け入れることが大事だと考えるようになった。「当然対策をして最低限の被害にするのは大事ですが、科学やテクノロジーの力で被害を全く受けないようにと考えるのではなく、自然の猛威を受け入れつつ“終わった後にどうしたらよいか”を考えるようになりました」と梅津さんは話す。

その中で自分の農業スタイルが間違っていないと思うこともあった。
「紆余曲折あった中、初めてのお客様が体験学習に来られた際のことです。お客様が落花生の生育の話や収穫に夢中になってくれていたのがわかりました。2時間半のプログラムでしたが気が付けば3時間半以上経っていたのですが、全く疲れもせず自然体で接することができた上にお客様も満足されたと感じることができました。“学習する”と言うと少しハードルが高く感じられますが、“楽しんで体験する”ことが根本であると考えており、その“楽しんで体験する”ことを最初のお客様がたくさん見せてくれたこと、それは自分の農業スタイルが間違えではないと確信できた瞬間でした」と話す。本当の意味で腹をくくれた瞬間だと梅津さんは振り返っていた。

またPR担当の三本木さんの働きにも助けられたと話す。「体験学習型となるとやはり、集客するための“広報PR”が鍵となる。彼女はそこの知識に優れており、農園のHPやSNSの開設から日々の発信など一手に引き受けてくれました。私一人でできることは限界がありますので、私にない技術や知見を持つ方とチームでしていくことが大事だと改めて感じました」。

三本木さんは「情報発信する際に特に心がけていることは、あえて万人受けする発信をしないということ。今の農園風景で話すと、『花が綺麗です』で終わらすのではなく、『春で気温が暖かくなり、何もない冬の風景から徐々に菜の花が咲き枯れていく』と発信することで、より自然の移り変わりや植物の生育など興味のある方が見てくれるような工夫をしております」と話す。その効果もあり、最近ではSNSの発信から体験の参加申し込みがあったり、落花生のご注文も頂くことが増えてきている。

体験学習の様子。奥側の青のシャツが梅津さん、右側の水色のシャツが三本木さん。

三本木さんが主に更新しているSNS、見る者を引き込む力がある。

↓あんばい農園公式HP・SNSへは下記URLよりアクセス下さい↓
あんばい農園公式HP:https://anbai0602.com/
あんばい農園 Instagram:https://www.instagram.com/anbai_nouen/

【ここであんばい農園の体験学習型農業をご紹介!】

あんばい農園ではいわゆるレジャー農業ではなく、五感で感じてもらう学習型の農業体験をコンセプトに、学校教育のように教員が一方的に生徒へ教える形ではなく、お客様自身が能動的に考えて感じることを大切にしております。

≪ステップ1≫落花生の説明と収穫体験
落花生の生体の説明や収穫に関しての簡単なレクチャーを行い、その後参加者皆様が畑に入り、お好きな落花生を選び収穫を致します。

≪ステップ2≫洗い&選別&袋詰め作業
収穫した落花生の実を外して洗い、実の熟し加減などを見ながら選別します。また袋詰めなどの出荷作業もご体験頂けます。

≪ステップ3≫試食タイム
採りたての生落花生を畑で茹でてご試食頂きます。落花生は鮮度が命、これ以上ない鮮度の落花生をお召し上がり頂けます。
 

≪ステップ4≫農家のお話&質問コーナー
農家とゆっくり話したり、些細なことなども聞けたりする時間も大切だと考えてます。新たな気づきや価値観をお客様に持ち帰って頂けますよう、皆様とたくさんお話をしたいと考えています。

※参加費や体験実施日、予約お申込みなど、詳しくはHPをご確認くださいませ。

【理想の農業スタイルを目指して】

将来に向けて梅津さんは「実務的なことで言えば収穫量を増やしていく事で落花生を使用したオリジナルの加工品に挑戦していきたい」と話す。それと同時に新たに養蜂も始める予定だ。「落花生と蜂蜜は凄く相性がいいんです。その二つを自分の畑で生産できる農家はまだまだ少ないと感じてますし、この二つの原料を使った“ピーナッツペースト”等も作っていきたいですね」と話す。

また体験の付加価値も常に考えている。「収穫だけではなく生育から携わって頂ける取り組みとして“オーナー制度”を始めようと考えてます。お申込み頂いたオーナーは私と一緒になって、種を植え、育て、収穫するまでを一貫して体験でき、毎回その日に行う作業や落花生の生態について学べるため、落花生栽培や農業について楽しみながら学んで頂ける。また“畑に来てくれた方に何を出来るか”を考えるのも大事ですけど“畑から帰った方にその後どのようなアプローチができるか”も考えていきたい。今では一般的になったオンライン配信をしていくなど学びについてももう一歩踏み込んでいきたいですね」と話す。

また最後に梅津さんはこのように語った。「あんばい農園は“私たち自身”“食べてくれたり体験に来てくれる消費者”“実りを与えてくれる自然環境”、この三者が利益と不利益を分かち合いながらいい関係を築いていくことをポリシーとしてます。これは社会においても同様で、誰かが得をして誰かが傷つくという構造ではなく、その両者の距離を近づけることで少しずつ社会が優しくなると考えてます。そのような想いを農業体験を通じて伝えていきたいですね」。

進化を続けるあんばい農園の体験学習型農業、今後の取組にも目が離せない。

養蜂も始め、蜂蜜を使用した新商品を開発中。今後の取組が楽しみです。