佐藤 由明(さとう よしあき)さん
[神奈川県]→[和歌山県 那智勝浦町]
愛知県出身。詩人、心理相談員、店主、経営者。様々な側面をもつ佐藤さんは家族5人で那智勝浦と鎌倉との二拠点生活を実践しています。旅の拠点「エルカミーノデルポエタ」を2020年3月にOPEN。心と向き合う詩人からみた“よくわからない”那智勝浦の魅力とは。
「詩人の道」という名の拠点
「エルカミーノデルポエタ」、日本語にすると「詩人の道」という意味だそうだが、この一風変わった旅の拠点が那智勝浦町にできてはや1年、まだ1年というべきかもしれないが、この拠点はコロナ禍で観光業が不振の今も地域の人々の拠り所として欠かせない場となっている。日が沈みゆるやかな音楽が流れる店内で、オーナーであり移住者の佐藤由明さんにお話を伺った。
佐藤さんと那智勝浦町を繋いだのは妻のさゆりさんだ。さゆりさんは那智勝浦町のご出身。実家は木下鮮魚店という魚屋で、長年、那智勝浦の町中で店を構えておられる。佐藤さん夫妻が運営する「エルカミーノデルポエタ」で出される新鮮な魚介類も、もちろんここからやってくる。妻の実家に帰省する。そんなごく自然な流れで、佐藤さんは那智勝浦町を訪れはじめることになる。
「盆暮れにさゆりの実家にくるじゃん。来るたびいろいろなところに遊びに出かけてるうちにどんどんこっちのことが好きになっていって。自然もそうだし、人も面白くて、こっちに来るのがだんだん楽しみになってきちゃって。」
移住前は鎌倉市で生活していた佐藤さん。徐々に勝浦で活動する割合を増やしつつ現在は那智勝浦にも拠点を移しながら鎌倉との二拠点の生活を続けている。そんな佐藤さんにとってこの地での移住は仕事の面でも大きな意味を持っているようだ。
詩人、心理相談員、店主、経営者。これらは佐藤さんを表現する肩書きとして全て当てはまる。「いったいなにものなんだ?」という疑問がわく。
『いったいなにか?』の瞬間をあなたに
「例えば、食のクオリティがすごく高い。漁師だったり、魚屋だったり、いのちと関わっている人たちの美味しいものを美味しい状態で食べるということの意識を感じる。みたいな分かりやすい魅力はいくらでもある。ただ、そうじゃないわからなさや、ざわざわするような感覚になるところにこの土地の本当の魅力を感じる。」
インタビューの間よく佐藤さんが言葉にしてくれた「わからないということ」と「ざわつく感覚」それらは佐藤さんがこれまでのキャリアの中で追い求め、探究してきたことでもありながら、那智勝浦町はじめ、その周辺地域の本来の魅力を表しているのかもしれない。
心理相談員としても都会の企業や子供達、お母さん世代など、様々な人々の心と向かい合ってきた佐藤さん。カウンセリングの中で「都会」という環境の難しさも感じていたという。
「自分の感情に蓋をしたり、仮面をかぶったり、本音とか本性がひた隠しにされるような現場で、心の健康だとかカウンセリングだとかやっとっても、パッと心を開いて本音同士でやり合う、みたいなところまでのプロセスがすごく長くなっちゃう。そういうのをどうにか取っ払えないかというのが長年の課題だった。」
最中、関東から那智勝浦に友人を招き、熊野での遊びを案内した際に、心を解放し、本来の自分に帰っていく友人たちの姿を見た。「やっぱそうだよね」といった共有できる感覚が佐藤さん自身にもあったそうだ。そんな感覚をたくさんの人が持って帰っていくのを目の当たりにしながら、熊野で旅を作るというプロジェクトが始まる。「熊野いのちにつながる旅」と銘打ったその旅は、その名の通り、熊野を舞台に「いのち」に出会い、繋がっていくような旅だ。この旅のプロジェクトの運営も佐藤さんが那智勝浦で活動する上でとても大切にしているものの一つである。
「こっちの人たちはむきだしな感じがするんだよね。こっちで生きとると、深いところで自然を信じられん人間が、果たして人を信じられるのか?とより想うんだ。その流れだよね。いのちの順番だもん。ここでは自然の畏怖が、人の心を解放しとる。善し悪しひっくるめて、そこにある。だからこそ、こちらも本来の自分に帰れる、自分に還っていく感覚を得れる。ありがたいよ。これだけ情報が溢れ、過干渉な世の中では、「むきだし」は生物的に愛だと想う。感情を解放すればするほど、己に還っていく。肚の底にある衝動をあぶり出したい。店のモチーフがトカゲだけど、俺は「は虫類脳」を刺激したいんだ。あの悲しみもこの喜びも切なさも痛みも、善悪も常識非常識も、全部とりこんで、全部取り払ってやる、って感覚がここにある。そして、その感覚が俺のいのちの中で強くなっていく。それが、この自然が、この土地の人たちが教えてくれること。」
「結局は人なんだよね・・」と続けてくれた佐藤さん。関東から訪れる旅の人にとってもむきだしの現地人との交流は「なんかやばい」という共通感覚をもたらしてくれるのだと言う。はっきりわかるのではない、わからないけど何かを感じる、感じさせる風土と人々の様子が佐藤さんの話から浮き彫りになっていくような感覚だった。
都会の人たちにとっても、熊野での旅は心の開放につながる。エルカミーノデルポエタはそんな旅の拠点なのだ。「場をつくることが必要だと思っていた」と話してくれた佐藤さんのつくるその空間は、なるほど、よくわからないというざわつきとの出会いを与えてくれる。これこそが佐藤さん自身が向き合ってきた世界への一つのメッセージでもありながら、その佐藤さんと、拠点を訪れる地域住民たちとが作り出す、那智勝浦の魅力を凝縮した即興の作品のようにすら感じることができた。
「佐藤さんはいったいなにものですか?」という不躾な質問に、「やっぱり生き方としての詩人なんだよね。」と答えてくれた。心と向き合う詩人を通してみる那智勝浦の魅力は、どこまでも底深く、なかなかうまく伝えることが難しい。ライター泣かせな人だ(本人には言わなかったけど)。何よりも体験してみた上で、あなたがなにを感じるのか。それが大切なのだろう。
簡単に映らないからこそおもしろい
開業と同時にコロナの騒ぎ。正直いって大変なことも多かったという。旅が好きで地球を2周した。海外の人の感情と触れるのも好きだった。外国人向けに用意していたメニューの多くは挿げ替え、常にいろんな変化を加えながら拠点を運営している。
休みの日は大好きな川に家族で出かける。何よりも子供達と過ごす時間が大切だ。
最後に、この記事をみている移住検討者に一言メッセージはありますかと聞いてみた。「自然もすごいし、いいところなんですよ。」とは決していうつもりはない。移住者に対するインタビューの締め括りによくありそうなセリフをさらっと否定してしまった佐藤さん。
「言葉にならないこととか、簡単に映らないものがたくさんある。わかりやすいものとか、映えるみたいな話じゃなくて、覚悟を持ってオリジナルであろうとすることが大事。」と一言メッセージをくれた。詩人として、人の心に向き合いつづける佐藤さんだからこそ出てくるありのままのメッセージだ。
何かを簡単に理解したつもりになるのではなく、わからないというざわつきと向き合うからこそ、自己の内側に潜り、答えは、決断はそこにあることを知る。人と人で肚の底での付き合いを楽しめる。そんな時空間がここにはある。「いったいなにか?」という感覚とともに那智勝浦の本当の魅力に出会いたいならば、この拠点は外せない。