猪原 有紀子(いのはら ゆきこ)さん
[大阪府]→[和歌山県 かつらぎ町]
大阪府出身。IT関係の職場に10年勤めたのち退職。3人目のお子さんの出産を前に、和歌山県かつらぎ町へ移住した。育児で“おやつストレス”に悩まされた経験と、柿農家さんが大量の果物を畑に捨てる様子を目にしたことから、規格外等で廃棄されるはずだった和歌山県産のフルーツを原材料にしたグミ「無添加こどもグミぃ〜。」を開発。また、子供に自然体験をさせてあげたいお母さんたちに向けて、“子連れでも疲れない”というコンセプトの観光農園「くつろぎたいのも山々。」のオープンも予定している。
「ここに来なさい」って仕組まれているような出来事がいっぱいあって移住しました。
もともとは、太陽光設備を設置する場所を探して和歌山県に来たという猪原さん。当初は移住することなど、まったく考えていなかった。だが、ご主人と二人でかつらぎ町を訪れた際、まるで絵画のように美しい山景色にご主人が一目惚れした。夫婦ともに大阪市内に勤務していたが、リモートワークの推進も重なり徐々に移住が現実味を帯びてきた。
「結局20回くらい来たんです。でも何回来てもここで暮らすイメージがまったく湧かなかったんですね。それが逆に良いなって思った。中途半端な田舎に移住するよりも、変化が大きい方が絶対に良いって思って」。
そのほかにも、ご自身の産休や育休のタイミング、理想の家を建ててくれる建築会社との出会いなど、様々な条件がちょうどいい具合に整ったことで移住を決意したという。
子供にも、お母さんにも嬉しいお菓子を作りたい。
「無添加こどもグミぃ〜。」は、自身が子育てをする中で経験した“負”の部分が始まりだと猪原さんは言う。
「長男が2歳の時に、カラフルなグミが大好きになったんですよね。着色料も入っていて、できたらあげたくないんですけど、泣かれたら静かにしてほしくてあげちゃう。それも罪悪感があったし、何より忙しい時にお菓子をくれって言われるとめっちゃ怒鳴っちゃうことがあったんですよ。そのあと子供の寝顔見て泣きながら『怒り過ぎてごめんね』って。これって私だけじゃなくて、ほかのお母さんも絶対同じ経験あるなって思って」。
無添加で、子供が好む小さくて甘いカラフルなお菓子は探してみても見つからない。茶色いお菓子では代替品にはならない。そんな“おやつストレス”に悩まされている時、猪原さんはかつらぎ町の柿農家さんが畑に大量のフルーツを捨てているのを目にした。そこで、廃棄される果物を使って子供にとっても親にとっても嬉しいお菓子を作ろうと思い立つ。
その後は大阪市立大学と共同で開発を進め、多くの協力者や賛同者を得て4年の歳月をかけようやく「無添加こどもグミぃ〜。」の商品化にこぎつけた。製造にはたくさんの人の協力が必要で、原価が高くなるため販売価格も安くない。それでも品切れになるほどの需要があるのは、猪原さんと同じように“おやつストレス”に悩まされている親御さんたちが数多くいるということだろう。「泣きながら子供に謝るお母さんを減らしたい」という思いを、猪原さんは農家さんが大切に育てた果物を有効活用することで見事に実現した。
子連れでも疲れない観光農園で、親子の愛しい記憶をいっぱい作ってほしい。
地元の人が気づいていない地域の良さが、このかつらぎ町にはたくさんあると話す猪原さん。山の景色も最高だが、子供が生き生きと目を輝かせるような生き物の多様さにも魅力を感じるという。大阪市内ではレアキャラだった蝶がどこにでもいるだけでなく、図鑑でしか見たことのなかったてんとう虫や、遠方まで買いに行かなければ手に入らなかったカブトムシも飛んでくる。そんな田舎での生活に感動しながら日々を過ごしている。
「子供がこうやって土や生き物と触れ合うのって、めっちゃ良いなって思うんですよ。自然の中で走り回った子はEQ(※1)が高くなるっていうのもあるんですけど、母親として感覚的に良いなと感じます。お母さんたちもみんなその良さを分かってるけど、子供に自然体験をさせたいと思っても大変なんですよね」。
猪原さん自身、自然体験ができる場所に行ってもおむつ替えや授乳できるスペースがなく苦労した経験がある。お母さんたちがくつろげる、疲弊しない観光農園「くつろぎたいのも山々。」のオープンを決めたのも、そんなご自身の経験からだった。山に呼ばれてここに来たと感じているという猪原さんは、農園を山が綺麗に見える丘の上に作った。夏は無農薬のブルーベリー狩りが、冬には原木しいたけ狩りやこたつカフェ、バーベキューなどもできる楽しい場所になるよう準備を進めている。
※1:EQ=心の知能指数。自己や他者の感情を知覚し、良好な人間関係を築くことなどに役立つとされる。
子供にとっていい社会を作るという山に登る。お菓子事業も観光農園もその山に登るための手段。
幼い子供が3人もいる家族移住ということもあり、田舎の暮らしに関しては近隣住民との関係性や週2回しかないゴミ捨てなど、移住するまでは心配が尽きなかった。調べても情報がなく、不安なまま移住。けれど実際に来てみると「そんなの全く問題なかった。大丈夫だからぜひ来てほしい」と猪原さん。とはいえ、暮らしがガラッと変わってしまう移住や、何の知識もノウハウもないお菓子作り、農業など、先の見えない変化に挑むのは少なからず勇気が必要ではないだろうか。
「『変化しよう!』とか『動こう!』っていう気持ちを待ってたら一生変化できないの。『変化したくないな。このままでいたいな』って言いながら、ちょっと歩いてみるんだよね。そうしたらなんかやる気になってくる。行動が先、見えない気持ちとかが後なの」。
猪原さんは、話しの中で何度も「人生の手綱は自分で持つ」という言葉を口にした。人生の手綱を誰にも渡さず、自分が好きなことをする。そういう風に生きる親を見ることで、子供たちに大人になることを楽しみにしてほしいと願っている。
「私がやってる事業って、移住したからこそ気付いたものであって、都会にずっといたら何してたんだろうなって思っちゃう。このかつらぎ町っていうところにご縁があって、来て、地域が持っているものを存分に活かして、それで子供たちの幸せを作っていけたらすごくいいなって思います」。
終始ずっと笑顔で語る猪原さん。自ら行動し、周りを巻き込んでいく姿勢の根本に、母親として子供の幸せを願う強さと優しさが感じられた。
くつろぎたいのも山々。
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