岩橋 ゆり(いわはし ゆり)さん、岩橋 正浩(いわはし まさひろ)さん
[東京都]→[和歌山市]


和歌山県の玄関口、和歌山市。和歌山城などの観光地でも知られ和歌山県の中で最も人口が多いが、少し足を踏み出せば漁港や山村にすぐアクセスできる、自然豊かな地域でもある。そんな和歌山市に夫婦で移住し、夫方の実家の工場に勤める岩橋ゆりさんと正浩さん。山間にある工場の一室で、移住の経緯や夫婦の温度感、それぞれの移住後の楽しみ等、移住のリアルを聞いた。

 

事業継承への想いが、Uターンへと繋がった。

夫の正浩さんは、和歌山県海南市で育った生粋の地元出身者。だが、小学校の卒業文集に将来の目標に和歌山を出て働くと書くほどの「筋金入りの和歌山から出たい人」だったという。実家が祖父の代から工場経営をやっていたことから、いつか継承を考えながらも、逃げるように大学で横浜へ、そして東京でIT系企業に就職した。

一方妻のゆりさんは、関東出身。いつか帰るのだからと結婚式も和歌山で挙げるなど移住には前向きで、どちらかといえば帰りたくない正浩さんをよそに、和歌山の両親とも仲を深めていった。長く教員として勤めていたが、移住後の仕事を念頭に都内の一般企業に転職し、準備を重ねていたという。

二人が和歌山に戻る決意を固めたのは2020年のこと。自身が会社経営にも携わるようになったことであらためて実家の工場を事業継承することを決意した正浩さんが、ゆりさんからの後押しもあり、重い腰をあげた。ちょうどコロナの時期と重なってはいるが、それとは関係なくあくまで、事業継承を目的とした移住だ。現在は実家の工場に2人で勤めながら、これまでの勤務経験を活かし、会社の事業拡大に努めている。

岩橋さん夫婦の勤める、株式会社イワハシは小さな集落を抜けた山間にある。

Iターンであるゆりさんに対し、夫の正浩さんはUターン組。久しぶりに帰ってきた和歌山市内の様子を見て、その寂れ具合を実感したという。自分も外に出たかった若者の一人として、複雑な思いがある。

「自分も出て色々なことを学べたと感じているので、むしろ一度出ても全然良いかと思っています。和歌山は地理的に大阪などにも出やすいでしょうし、今は場所を選ばず働くこともできるようになってきていると思いますし。だから移住に関しては理由があるUターンが理想だと思いますね。意思があり、ここでこういうことがやりたくてと戻ってくるのがやはり長く続くのかなと。」

和歌山で続いてきたものづくり業に従事する人間として、事業を存続させつつ、よりよい形に変えていきたいという思いもある。「まずうちの会社は実際にものづくりをしている本当の現場です。なので日々ものが動き、やりがいはあるが忙しいこともある。そんな中、DX的なこともそうなんですが、働き方等もより今の時代に即したものにしていきたいと思っています。我々のような田舎は今後も人口は減る中、雇用を維持する必要もありますし、どうせ働くならより良質なものにするべきかなと。」

株式会社イワハシは、箒などの日用雑貨から始まり、現在はプラスチック製品の製造を主に行う。

不安を解消する手立ては「探せばある」

事業継承に伴う移住であり生活などの心配はなかったが、知り合いがいないことへの不安は少しあったというゆりさん。そのため事前にわかやま移住定住支援センターのキャリアアドバイザーに連絡を取ったという。そこで、近くの地域に住む先輩移住者を紹介され、少し知り合いができた状態での移住となった。

移住してからは先輩移住者の人に連絡を取り、そこからさらに人を紹介してもらい・・・・・・と芋づる式に知り合いが増えている。夫の家族や会社の社員さん、地元の人に暖かく迎えてもらえたことはもちろん、会社以外にもちょっとしたコミュニティをもった状態になれたという。誰も知り合いがいない地域で暮らすという不安は、あっさりと解消された。

「東京のときはわからなかったけど、不安を解消する手立てはあるんだな、って。移住者コミュニティでもそうだし、事業を立ちあげた人のコミュニティも、探せば色々あるなって思いました。」

正浩さんは、事業継承にあたり、移住直後から県の補助金申請などに取り組んできた。その過程でわかったのは、県には熱心に支援をしてくれる同年代の職員さんが存在していること、そして制度が充実していることだ。

「和歌山県自体、事業継承や新規事業に力が入ってる印象です。県の担当者の中にも、熱心な方がいらしたことも良かったと思っています。実際その方にご紹介いただいて取り組みが始まったという例もあります。」

岩橋正浩さん。趣味はマラソンで、日々和歌山市内を走り抜ける。移住後は、一人でゆっくり考えられる車での通勤時間がお気に入りだという。

 

和歌山市で過ごすゆるプチ都会ライフ

岩橋さん夫婦は現在、和歌山市内に住みながら海南市まで通勤する日々を送る。住む場所は駅近であることや、歩いて飲みに行ける店舗があることなど、東京で家探しをしていたときと変わらない基準で決めた。飲み歩きが好きな二人にとって、近所にお気に入りのお店があることは大切なことの一つだったという。

「はじめ、うちの両親とかは何を言ってるんだろうって感じだったんですけどね(笑)。もうちょっとスーパーに近いとか会社に近いとか、そういう方が暮らしやすいんじゃない? って言われたんですけど、いやいや、私たちには飲み屋が大事だ、みたいな(笑)」

岩橋由梨さん。山梨生まれで、趣味は読書。図書館で借りながら月10冊ほど小説を読む。

和歌山市は関西空港にも近く、電車や高速道路などを使えば、関西圏や近隣府県へのアクセスも悪くない。二人には、東京に住んでいる時よりも意外といろんな土地へ旅行に行きやすい、という実感があるという。「関西はもちろんですけど、東京も飛行機があるから別に遠くないし、九州とか四国も近いし。」車を手に入れてから、さらに行動範囲も広がった。

「車があるので、静岡くらいまでは高速で行っちゃう。音楽も好きなので、音楽フェスやイベントに行ったり。関東の実家にも車で帰ります。」

遠出はもちろん、本好き、図書館好きの岩橋さん夫婦にとって、和歌山市民図書館はお気に入りスポットの一つだ。休日には、外でご飯を食べ、図書館に行ってから買い物をして帰るというコースが定番となっている。ブックカフェ、テラスなどを備える新しいスタイルの図書館だが、東京の類似のブックカフェと違い人が多すぎないのが良い。「新刊の予約が回ってくるのが早い!」とゆりさん。図書館で新着小説を読む人にとっては、見過ごせないポイントだ。

遠出するための拠点としても、ふらっと近場にでかけるにもちょうどよい。和歌山市は、そんなゆるやかな生活を岩橋さん夫婦に提供している。

「思ったより選択肢は多い」

最後に、移住を考える人に向けたアドバイスを聞いた。事業継承を伴う移住という観点からは、やはり自分の意思を固めておくことが大切だと正浩さん。「私自身への自戒でもありますが、自分がこういうふうにやりたいという意思を持って、だから継ぎたいって思えるとより良いと思います。スキルとかは必然ではないと思うんですけど、意思がないとしんどいなと思うことは今でもありますね。」

地方移住は意外と選択肢が多い。だから移住する際は、そのことを念頭において準備することが大切だ、とゆりさん。「意外と選択肢はあるので、自分が暮らす上での重要なポイントだったり、優先順位をつけておくのが大事。そこを外すと期待値と離れちゃうから。自然が好きな人は、釣りができるとか、キャンプ場が近いとかで選んでも。あと住居選びの時にハザードマップのチェックはお勧めです。」

逆に、移住に際して孤立するんじゃないかという不安は、今はそこまで抱かなくても良いという。「入りたければ、色んなコミュニティもあるし、オンラインで離れた友達とも話せるし、来たのに孤立するということはないんじゃないかなと思います。」