「関係人口」や「地方創生」という言葉がニュースを賑わす中、私たちの暮らしや地域との関わり方を変えるかもしれない、新しい制度の構想が動き出しています。
その名も「ふるさと住民登録制度」。
まだ構想段階ではありますが、地域に関わる関係者の間では少しづつ話題が広がっているようです。この制度は、一体どんな可能性を秘め、私たちの未来に何をもたらすのでしょうか。長年、各地の移住促進事業に携わってきたる編集長の「倉重(しげ)」と、若手編集員の「ユカ」が、その可能性と課題について編集部内で語り合ってみました。
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ユカ:最近ニュースで見た「ふるさと住民登録制度」、とても気になっているんです。まだ政府から基本方針を発表した段階で、具体的にはこれからのようなんですが、色々と妄想が浮かびますね。この制度、どんな可能性があると思われますか?
しげ:お。さすが!いい反応ですね〜(笑)ユカさんがいうとおり、まだまだ方針の段階なんで、具体的にはこれからだけど、色々考えさせられますよね。大げさかもしれないですが、もしかしたら日本の地方創生にとって、大きな「ゲームチェンジ」になる可能性を秘めた一手になるかもしれないですよね。今の段階でその可能性と、課題をじっくりと考えてみるのは、すごく面白いし、大事なことだと思います。
ユカ:「ゲームチェンジ」ですか。なんだか壮大な話ですね。そもそも、この制度はどういう考え方がベースにあるんですかね?しげ:そうですね。これまでの移住促進策は、どうしても自治体間での「人口の奪い合い」という側面がぬぐえませんでしたよね。同時にここ数年は人口減少も加速して、そもそも「人口を増やす」という目的は成立しないというのは、誰の目にも明らかになりました。良いわば目標を見失った感があるところに、「関係人口」という概念が広がり、必ずしも住民票の数が地域の命運を握るのではなく、以下に多くの濃い人的資産を、地域が保有するかがその地域の可能性を広げるのではという考え方が、関係者に広まったというのがベースにありますね。この考え方は、一定の納得感があるし、今では一般の報道やメディアなどでも見かけるようになったよね。
ユカ:そうか!人口の取り合いの「ゼロサムゲーム」ではなくって、一緒に新しい価値を生み出してそのメリットを共有するほうに変わってきたんですね!
しげ:まさにそう!それを「ポジティブサム」っていうんだけど、そういう意味で「ゲームチェンジ」的な変化になる可能性があると思うんだよね。もっと言うと、今までは一人の人が一つの地域に住むことが大前提だったけど、一定の人がある意味流動的に複数の地域に関わる事自体、大きな変化だと思うんだよね。もちろん誰しもがそうすべきとは全く思わないけど、複数の地域に関わることで経験やスキルを広げる機会にもなるだろうし、個人にとっても地域にとっても、メリットが出てくると思うんだけどね。
そもそも「関係人口」ってどんな人?
ユカ:なるほど、「関係人口」という考え方がカギなんですね。言葉は最近よくききますよね。一般的にはどんな人たちが想定されているんでしょうか?
しげ:うん、これは「観光以上、定住未満」の、非常に幅広いグラデーションを持つ人々を指す言葉なんだ。具体的に言うと、例えば「都市部で働きながら、定期的に田舎の実家に帰って家業を手伝う人」とか、「頻繁に行く第二の故郷的な地域があって、休日だけでなく、リモートワークなどでも通っている人」とか。仕事だけでなく「特定地域の祭りが大好きで、毎年必ず担ぎ手として参加する人」とか、「趣味の仲間と楽しむために特定の地域に通う人」なんかも、関係人口と言ってるんじゃないかなと思います。
ユカ:私の友人にも、週末にお気に入りの地域に通って週末農業をしている子がいます!そういうのも「関係人口」なんですね。
しげ:まさにそうだね。これまで、こうした人たちの存在はあっても、行政側から見れば「その他大勢の来訪者」の一人でしかなかったし、制度的に可視化されることはなかった。でもそれを、「地域の仲間」として公式に位置づけて、関係をさらに深めるための“仕組み”にしていこうというのが「ふるさと住民登録制度」なんだろうなと思います。
ユカ:そういえば編集長も広島との二拠点生活中でしたよね!広島の関係人口といえるんじゃないですか?
関連記事「「二拠点生活」ってホントのところ何がいいの?〜広島と東京を行き来している編集長に聞いてみた〜」:https://nativ.media/83109/
しげ:そうかも。そうありたいね(笑)
なぜ今、この制度が求められるのか?
ユカ:どうして今、その「関係人口」がここまで注目されるようになったんでしょう?
しげ:理由は複合的だけど、大きくいえば人口減少の加速と価値観の変化、そしていわゆる「デジタル・トランスフォーメーション」がちょうど重なったからとも言えるかもしれないね。
ユカ:なるほど。確かにそうですね。
しげ:まずは何より、人口減少と少子高齢化が、我々の想像を超えるスピードで進んでいること。過疎地などの中山間地域だけでなく、地方の中核都市でも、いわゆる人手不足はますます加速しているよね。都市部も当然同じ状況なので、このままだとますます都市部へ人が流れるし、実際そうなっているとも言われてます。
ユカ:ほんと深刻ですよね。人手不足倒産なんていう言葉も聞いたことあります…。
しげ:同時に、やっぱりコロナ禍が変化の起点だとおもうんだけど、都市部のいわゆるホワイトカラーの価値観と働き方が変わったことも大きいですよね。もちろん全員ではないけど、一定の層が「東京じゃなくてもいい」と考える様になったのは事実だし。オンライン会議やAIの普及で、必ずしもオフィスに毎日出勤しなくていい、在宅勤務やハイブリッドワーカーなども、今となってはそれほどめずらしくはないです。ある意味DXと価値観の変化が相互に作用し合って、リモートワークや二地域居住、多拠点生活といった、場所に縛られない柔軟なライフスタイルへの関心や、それを良しとする価値観が以前とは比べ物にならないほど広まっていると言えます。
ユカ:そうですよね。私も基本はリモート勤務です。もうすっかり慣れて、昔には戻れません!(笑)
しげ:もちろん職種や業態などによりけりだけど、そういう働き方してても何も不思議じゃないという社会が、こんなに早く来るとは思わなかったよね!
ユカ:たしかに、たしかに。ホント変わりましたよね!
しげ:そうした社会変化の中で、この制度が起案されたことは、かなり重要なポイントではないかと思うんですよね。また、いわゆるこうした関係人口を可視化して、そのつながりを強めようという企画や仕組みは、すでに各地で少しづつ始まっています。そうした動きも、当然、政府も把握していると思います。そうした各地の動きと世の中の潮流を受けて、この「ふるさと住民登録制度」が起案されたんだよね。
「ふるさと住民登録制度」の可能性とは?
ユカ:この制度が実現したら、具体的にどんな良いことがあるんでしょう?まだ構想段階とのことですが、しげさんの予想を聞かせてください!
しげ:ここからは、あくまで僕の個人的な妄想も含まれているから、そのつもりで聞いてくださいね(笑)。まず、仕組みとしては二つの側面で考えるといいかもしれないね。一つは「サービス享受」の側面と、もう一つは「地域参加」の側面です。
ユカ:サービス享受?
しげ:そう。例えば、専用アプリで「ふるさと住民カード」のようなデジタル証明書が発行されて、図書館や体育館、温泉といった公共施設が住民料金で使えるようになる、といった分かりやすいメリットだね。自治体によっては「ふるさと住民限定」の特別な体験やサービスを用意するところも出てくるかもしれない。それが地域住民との関係を強めたり、将来もしかしたら移住につながる可能性があれば、一定の予算をかけてもやる意味は見いだせると思う。そういう意味では、今やっている移住促進に関する事業が、ある意味「会員サービス」化するようなことかもしれないけどね。
ユカ:それは面白いですね!今、民間の企業も顧客を囲い込んだり、会員化するサービスが増えているけど、それと同じような動きともとれるかもしれませんね。
しげ:そうだよね。そしてもう一つは、より本質的な自己実現や社会参加にもつながるような、「地域参加」の側面だよね。あまり大げさにするととっつきにくいかもしれないけど、やっぱりただ消費者として関わるだけより、少しでもその地域の価値を生み出す側として参加するほうが、やっぱり楽しいし、関係性も深まると思いますしね。
ユカ:なるほど!そう言われると、もしかしたらそこが、今の「ふるさと納税」とはちょっと違う、さらに一歩踏み込んだ制度になる可能性のある部分かもしれませんね…。
しげ:そうそう!まさにそうとも言えるよね。ここが大きなポイントだと思います。必ずしも賃金を得て働くまでいかなくとも、ボランティアでも、もっというと「気軽なお手伝い」でも良いと思うんだけど、ほんの少しでも地域の力になるという”ライン”を超えるところを、しっかりと制度に盛り込めば、住民の納得も得やすいし、何より本質的な制度になると個人的には強く思います。もちろんそのコミットのレベルに応じたメリットが享受できるような仕組みになると、更に良いかもしれないですね。
ユカ:なるほど!自分の得意なことで地域に少しでも役に立てたりしたら、やり甲斐ありますもんね…。楽しそうだし。
しげ:そうだよね。これは、個人のキャリアにとっても大きなプラスになると思います。副業やプロボノ(専門知識を活かした社会貢献活動)に繋がるかもしれないし、定年退職した人にとっては、培ってきた経験を活かす新しい働き方になるかもしれない。最近、退職後の方たちがリゾートバイトに集まっているっていうニュースもよく耳にします。ああいうのも、こうした制度や文化の一つの側面なのかもしれませんね。単にお金やサービスを受け取るのではなくて、「地域の一員として、自分の力を役立てている」という実感や、帰属意識が生まれることが、人生100年時代を豊かにする上で大きな意味を持つんじゃないかな。もしかしたら、こうした流れが将来、日本全体の生産性を上げる方法の一つになったって言えるかもしれないよ!
ユカ:なるほど確かにそうですね。
しげ:ユカさんのような、もっと年齢の若い層でも、そういう人が出てきてるよね。特に20-30代の子育て世代で、自然環境の豊かな場所で子供を育てたいというモチベーションで地方移住を考える人が一定数出てきています。そういうきっかけで移った地域で、自分たちがやりたかったカフェや民泊を副業で始めて…なんていう人生に踏み出す人も最近は珍しく無い気がします。そういう人たちも地域にとっては本当にありがたい人材だよね。
ユカ:そういう選択肢があるっていうのは本当に良いですよね!素敵だしうらやましいです。逆にそういう人たちを受け入れる側の自治体にとっては、どんなメリットがあるんですか?
しげ:自治体にとっては、まさに地方創生の核となる戦略にもなり得るんじゃないかな。まず第一歩として「関係人口の可視化」がもたらすメリットは意外に大きいきがするよ。今まで漠然と「うちの町を応援してくれている人」だったのが、どんな年齢で、どこに住んでいて、何に興味がある人なのかがデータとして把握できるようになるしね。ここからそのデータに基づいた効果的な政策立案やPR戦略につながっていくと思います。
ユカ:なるほど~!民間企業のファン・マーケティングにも近い動きができるかもしれませんね。
しげ:まさにそうだよね。それに、そうした中からより活躍する人も出てくるはず。こうした人たちをいかにうまく受け入れて、地元の方たちとの共創の場をつくって、新しい活躍の場を提供できるか。これがまさに地方創生の一丁目一番地になっていくんじゃないかなと。公的な制度としては、今も「地域おこし協力隊」や「地域活性化起業人」なんかがそういう役割を担っているけど、そこまでまちおこしに直接的でなくてもいい。というかもっと幅広い活動が、ひいてはまちおこし地域創生につながっていくんじゃないかと思うんですよね。
理想と現実の狭間で乗り越えるべき3つの壁
ユカ:可能性の大きさにワクワクしてきました!でもきっとそんなに簡単ではないし、課題もありますよね。しげさんは、この構想が「絵に描いた餅」で終わらないために、一番のハードルは何だと思いますか?
しげ:鋭い質問だね〜。ユカさんの言う通り、この壮大な構想を本当に意味のあるものにするには、いくつかの壁を乗り越える必要があるとおもいます。。僕は大きく3つの壁があると考えていますけどね…。
ユカ:3つの壁…!どんなものなんでしょう?
しげ:まず一つ目は【制度設計の壁】ですね。これには予算や体制も含まれます。制度としての受益性があるとしたら、やっぱり一定の「公平性」は求められるでしょうし、当然「財源」の問題も出てくる。ある意味「受益と負担」の関係をどう整理するかという面がポイントかもしれないね。。
ユカ:受益と負担…なるほど。確かに。
しげ:その地域に住んで住民税を収めている住民と、いきなり同じメリットをというわけには当然いかないだろうしね。税負担のない「ふるさと住民」がやってきて、同じように公共施設を使ったり、地域の意思決定に関わったりすることに、不公平感を抱く住民が出てくるのは当然のことかと思います。この住む人と関わる人の間のバランスや公平性をどう設計するのか。これは非常にデリケートで、自治体の皆さんが気を使うところだろうなと想像します。
ユカ:ですよね…。
しげ:さらに、この制度を運営していくための財源をどうするのか。ただでさえ人手不足の自治体で、誰かが片手間でやれるような簡単な話じゃないしね。専門の部署や担当者も必要になるかもしれない。おそらく最初は移住促進やシティプロモーションを担当している部署が担うことは多いとは思うけど、実際に会員を抱えるとなると、その重みはだいぶ増えるでしょうしね。当然予算の問題にもなるでしょうし。でも、個人的には、自治体にとっては本当に重要な仕事になってくる気がするから、体制含めて注力してほしいとおもうんだけどね。もうその大切さに気づいて、既にある程度着手しているような地域もあるしね。
ユカ:お金と公平性の問題は、確かに深いですね…。
しげ:次に2つ目に考えられるのは【地域コミュニティの壁】。これは今までも地方創生について回った地元住民との軋轢や分断のリスク。ある意味、ふるさと住民と地元住民という、2つのカテゴリーができてしまうこと自体がその”火種”と言って良いのか、そういうことにもなるかもしれないですね。
ユカ:当たり前ですけど、そこに分断なんか生まれたらもう、本末転倒ですしね。
しげ:全くだよね。まあ今も同様の課題はあるといえばあるし、時々ニュースになったりもしてるけど、既存の住民と関係人口として新たに関わり始めるひとをうまく融合させていくことは、本当に重要なポイントになりますよね。ある意味、ここをどう乗り越えるかが最大の鍵かもしれません。
ユカ:確かに。そして最後のポイントは?
しげ:最後の三番目は【運用の壁】かな。この制度は当然のことながら、1年や2年じゃ完成するものではなく、かなり長期的な視点にたった取り組みが必須。行政あるあるだけど、担当者の異動や首長が変わることなどで、得てしてこうした中長期的な政策が頓挫することは、どこの地域でも起こりやすいことだよね。ある意味、その地域にコミットしようとする人は、当然その制度が一定の安定性や継続性を持っていると思って来るわけです。この制度を地域に根ざしたものにすることが必須です。そのためにも、自治体だけでなく、地元住民や民間も含めた持続可能性の高い体制を作って、息の長い運用をしていくことが求められるよね。
ユカ:地域にとっても「中長期的な視点」で人を迎えるということは、重みがありますね。
しげ:本当にそうだよね。
地域の未来をになう「壮大な社会実験」
ユカ:ありがとうございます。ワクワクしてきたけど、課題も多いんですね。正直この制度、本当にうまくいくのかな…と少し不安にもなってきました…。
しげ:でも、こういう新しい制度って、ある意味社会実験的な側面があるとおもうんですよね。最初から完璧な制度なんて難しい。だからといって、一概に批判ばかりしていても始まらないからね。大切なのは、この制度をきっかけに、僕たち一人ひとりが「自分は地域とどう関わっていきたいのか」を真剣に考えたり、自治体の側でも、「自分たちの地域は、どんな人達にどう関わってほしいか」をしっかり議論して実行することだと思うんです。やっぱりアプリでの登録者数を競う様になってしまっては本末転倒だと思うんです。
ユカ:そう考えていけば、地域それぞれの環境や風土、文化の違いなんかが際立った、魅力的な地域がつくれそうだと思いました。
しげ:同感です。これから出てくるであろう、国が示す大枠のもとで、各自治体がどんなユニークなアイデアを出してくるか、楽しみでもあるよね。僕らもそういう動きにぜひ関わっていければ良いなと思います。
ユカ:はい!私もそう思います。この大きな変化を当事者の一人として、しっかり追いかけていきたいです。しげさん、今日は本当にありがとうございました。
文責:ネイティブ.メディア編集部
※ふるさと住民登録制度についての特集 1本目の記事はこちら。