下川町で暮らす小峰さんとハナちゃん。その姿を近くで見ていると、馬と人との時間が思いがけない広がりを生み出していることに気づかされます。ハナちゃんは、人の心にそっと寄り添い、日常に温かな変化をもたらしているように感じます。
ハナちゃんとともに始まった福祉の取り組み
拙者が愛馬ハナ(北海道和種馬)を飼い始めたのは「馬と共存した暮らし」を目指すのがきっかけだったが、ハナに乗ってさまざまな場所を訪れ、そこにいる人たちにハナと触れ合ってもらうことで、馬が人の心を癒し、前向きな、幸せな気持ちにさせてくれることを実感した。
愛馬ハナは拙者を乗せて、2019年9月から毎年、下川町一の橋にある障害者支援施設「山びこ学園」を訪れている。利用者と引率職員の皆さんに乗馬や、学園で用意してくれたニンジンとリンゴで、ハナへの餌あげも楽しんでもらっている。

1年目はそれぞれの距離で楽しんでもらった。積極的にハナに触れる利用者、勇気を出してハナに乗る利用者、近づくのは怖いので少し離れてハナを眺める利用者が見られ、利用者によって反応はさまざまだった。
2年目には、前年に恐る恐る馬に乗っていた利用者が、率先して乗馬を希望。背筋を伸ばしてリラックスした表情で乗りこなし、上達ぶりに驚かされた。乗馬をしたことがない利用者も果敢に挑戦し、達成感を分かち合っていた。他の利用者も自ら進んで、ハナちゃんにニンジンをあげ、手を伸ばして体をなでるなど、行動に変化がみられた。職員も「利用者の意外な一面をたくさん発見でき、うれしく感じた」と話してくれた。

3年目以降になると、慣れた様子でハナの背中に乗って楽しむ利用者が増えた。これまで乗馬に踏み込めなかった利用者も、体が不自由で自力で乗るのが困難な利用者も、勇気を出して挑戦し、職員のサポートを受けながらやり遂げて、喜び合っていた。ハナに触れることができなかった利用者が、ハナの顔を優しくなでるようになった。職員は「ふれあいを継続してきた成果を感じた。自然と笑顔が生まれる、優しい癒しの時間となった」と話し、拙者もそう感じた。
馬への思いがリハビリを後押し
2019年以降、愛馬ハナは拙者を乗せて、町内の老人ホームやグループホームなど高齢者福祉施設も巡っている。巡るようになって実感しているのは、高齢の方にとって「馬」は若い頃の思い出の詰まった特別な存在、暮らしを共にした家族ということ。下川町では60年前まで馬が移動手段や農林業の動力として活躍し、馬のある暮らしが当たり前にあった。高齢の方はハナを見ると、馬のいた頃を思い出し、昔の話を次々と語ってくれるのである。

老人クラブの例会に訪れ、クラブの皆さんに放牧したハナと触れ合っていただいたとき、70代から90代の女性が次々と乗馬も楽しんだ。若い頃に馬に乗っていた方も多く、ハナに乗った方は「もう一度乗ってみたいと思っていた。気持ちよかった」とうれしそうな表情で語ってくれた。
ハナをまちなかに放牧していることで、自発的に生まれた取り組みもある。下川町の介護予防事業で、心身のリハビリに取り組む「元気教室」の利用者が、2021年8月から、散歩の一環として愛馬ハナに会いに来て、触れ合ってくれている。
「元気教室」は毎週火・金曜日の午前8時45分から同10時半まで総合福祉センターハピネスで開催。脳血管障害の後遺症に悩む人、疾病、外傷、老化などによって心身の機能が低下している人たちが、町の作業療法士などから指導を受け、集団体操、レクリエーションなど心身機能の維持回復訓練を行っている。
拙者は、週に1日程度、ハナを自宅庭にも連れてきて放牧し、道行く方々に触れ合っていただいている。ハピネス裏庭と自宅庭は同じ町道「ふるさと通り線」沿いで、徒歩2、3分の距離にある。自宅の庭にハナが往来していることを知った「元気教室」利用者たちが、散歩の時間に「ただ歩くだけではつまらない。ハナのいる場所まで歩こう」と、往来し始めた。

利用者の方々には、身体機能の低下によって、歩くのが大変な方もいる。手押し車で体を支えながら歩く方もいる。近くとはいえ、はじめは思い切った挑戦でもあったと思うが「馬に会う」という目的を励みに、ハナのいる場所まで歩いて来てくれた。
以後、元気教室の日とハナの放牧が重なると、自宅庭まで会いに来て、ハナに草を与えるなど触れ合ってくれている。馬を通じて昔のことを思い出しながら、会話も盛り上がっているようだ。拙者が居合わせたときも「国道が砂利道だった時代、砂ぼこりがたたないよう、馬車で散水していた」「馬の痛いところにはりをさしていた」など昔の話が次々に出ていた。元気教室の皆さんは何度も往来するうちに移動にも慣れ、当初15分かかっていた片道の移動時間は、5分に短縮したそうだ。近年は冬の間もハナにすぐに会いに行けるようにと、リハビリを頑張って、雪解け早々から来てくださっている。
ホースセラピーが拓く未来
拙者は馬で人の心身の機能を向上させ、生きる力を育む「ホースセラピー」を最初から意識したわけではない。ハナと接する方たちの姿を見て、その力に気付かされたのでござる。
馬が人の不安をやわらげ、前向きな気持ちにさせてくれるのは、馬の特性が関係しているようだ。馬は感受性豊かで人の気持ちを理解でき、会話をしなくても通じ合えることで「安心感」を与えてくれる。繊細(せんさい)で注意深く怖がりだからこそ、心を通わせれば、深い信頼関係で結ばれる。つぶらな瞳で見る人の心が洗われる気持ちにさせてくれる。無理や我慢をせず、『嫌だ』『やりたくない』と思ったことを素直に表現し、自分らしく生きることを伝えてくれる。そういったさまざまな特性が接する人に生きる力を与えてくれるようだ。

しかも「乗馬」は心のケアのみならず、身体的機能を回復、向上させ、介護予防に期待できるようだ。馬に乗ることで、喜びや楽しみ、自信、心の安らぎが生まれるとともに、脚や体幹などの筋力強化、腰痛予防、バランス感覚の改善などが見込まれている。
いつの日か、下川町でも、馬と共に暮らす方たちが増えて、理学療法士や作業療法士と連携し、乗馬を生かしたリハビリや介護予防にも取り組めたら素敵だなと思う。
持続可能なまちづくりに向けて、互いに意見を出し合い、認め合い、支え合って生きていくためには、「心の健康とゆとり」が大切だと思う。そのヒントが「馬と共存した暮らし」の中にあると感じている。
text:小峰博之
photo:小峰博之 &下川町の皆さん・小峰さんと関わってきた皆さん
移住コーディネーターとして地域の暮らしに関わる中で、馬が人に与える力を日々感じています。怖がっていた方が自信を持って乗馬を楽しむようになったり、高齢の方が馬との思い出を語りながら笑顔を見せたりする姿は心に残ります。実際に「馬と共に暮らしたい」と下川町に移住を決めた方もおり、馬は人を癒す存在であると同時に、新しい移住の動機にもなっています。
