大阪チタニウムテクノロジーズは、現代文明を支えるチタン素材メーカーとして、航空宇宙産業やエレクトロニクス産業を中心に、高純度・高品質の素材を供給しています。
そんな大阪チタニウムテクノロジーズの担当者の方に今回お仕事体験クエスト参加者がインタビューをしました!
お仕事体験クエストとは?
企業からゲームのように与えられた“クエスト”をクリアしながらその企業に関するお仕事を体験できる実践型プログラムです!
参加者は記事作成や動画制作といった具体的な業務に挑戦することで、楽しみながら仕事の適性や企業の雰囲気を深く理解することができます。
尼崎は『アクセス最強 × 下町 × 再開発』の住みやすい街

尼崎市は、交通の利便性だけでなく、再開発による変化や昔ながらの文化が共存する街です。
生活の便利さ、住宅価格の手頃さ、人情味ある雰囲気、そして自然環境を整備する取り組みなど、バランスが良く“住むと好きになる街”として評価されています。
チタン工業化への挑戦と企業間連携

大阪チタニウムテクノロジーズが日本で初めてチタンの工業化に成功したのは1952年。
最大の障壁は資金でした。
工業化に向け国へ補助金を申請したものの、承認されたのはそのうちの一部のみ。限られた予算の中で設備を整え、技術を確立するためには、他社との協力が欠かせず、住友金属(現在の日本製鉄株式会社)や、神戸製鋼所(現在の株式会社神戸製鋼所)との、相互扶助的な関係を築きました。
大阪チタニウムテクノロジーズはこうした他社との連携を通して工業化の土台を整えていったのです。
技術革新と事業の転換点

その後の発展を支えたのは、技術革新と製造能力の飛躍的向上です。
創業期は月産数トンにすぎなかった生産量も、技術進化により現在では年間約4万トン規模にまで成長しました。
また、同社の歴史の中で重要なトピックとして挙げられるのがポリシリコン事業です。同社事業のもう一つの柱を担っていましたが、世界の需給バランスや投資効果を考えたときに選択と集中の観点から撤退を決断しました。厳しい選択を求められる中でも、同社は本業であるチタン事業と向き合い続けるとともに、チタンに新たな価値を付加する高機能材料の拡販に注力していると言います。
困難に立ち向かう社員の姿とV字回復
チタンは酸素と結びつきやすく加工が難しい金属で、酸素膜の厚みによって色が変わる特性を持ちます。バイクのマフラーなどに見られる青紫の発色は塗装ではなくこの性質によるもので、こうした扱いの難しい素材を巧みに操りながら、社員が技術を伝え合い、互いを支えながら品質を守ってきたことが同社の強みです。
近年最大の試練となったのがコロナ禍であり、航空機需要の急落によって売上は200億円を下回りました。(2024年度の売上高は519億円)その時は福利厚生の一時休止や経費削減など組合と経営陣が一丸となって困難に立ち向かい、その後のV字回復につなげたそうです。
ロシアのウクライナ侵攻により世界のチタン供給網が変化し、日本企業への需要が集中したことで売上は力強く戻りました。世界情勢の後押しもあり、同社は過去と比較しても高水準の賞与やベースアップで社員に還元しています。今も危機を共に乗り越えた社員への感謝と信頼が、会社の文化として深く根付いてるのだそうです。
働きやすい環境・充実の福利

大阪チタニウムテクノロジーズで働く社員の多くから上がるのが「社食が安くて美味しい!」という声。日替わりで楽しめるに加え、数百円あれば栄養満点のランチが楽しめるんだそう。
社会を支えるチタンと広がる貢献

大阪チタニウムテクノロジーズの製造するチタンは、航空宇宙、医療、半導体といった多様な産業へ供給されています。
航空機エンジンに使われることで空の輸送インフラを支える重要な役割を果たします。さらに人工関節などの医療応用では金属アレルギーへの対応や長寿命化を実現。「生活の質」を高める素材として、人々の暮らしに欠かせないものとなりました。チタンが社会に貢献している事実そのものが、社員一人ひとりの大きな誇りにつながっているといいます。
編集後記
今回お話を伺って、創業時の挑戦から今日まで、同社は技術革新と社員の努力を積み重ね、チタン産業の発展に大きく寄与してきました。この歴史は、日本のものづくりの粘り強さと進化を象徴する歩みである、と強く感じています。
本記事は、大阪チタニウムテクノロジーズお仕事体験クエスト参加者が作成しました。





