いよいよ総務省から「ふるさと住民登録制度」の開始についても公表され、「関係人口」の重要性が益々高まっています。その中で先進事例として全国から注目を集めるのが、岐阜県飛騨市の「ヒダスケ!」です。今や年間実施回数は約200回、開始から延べ1,500人以上が参加するこの取り組み。累計では既に約6,000人が参加しているこの取り組みがここまで広がった背景には、単なる労働力としてのボランティア募集ではなく、参加者が心から「楽しめる」頃合いをどう取り入れるかという「企画・設計」の妙にありました。 今回は、立ち上げ当初から事務局として現場を支え続けるながいしさんにインタビュー。最小限の人数で運営を回す驚きの体制から、サービスの裏にある「人間らしい関係性」への想い、そして持続可能な運営に向けた今後の展望まで、編集長の倉重がじっくりと伺いました。
【Youtube飛騨市公式チャンネルより「【密着】飛騨市民の困りごとをヒダスケ!が解決」】
1.参加者の「楽しそう」と農家の「助かる」を両立させる編集力
倉重:今日はよろしくお願いします。飛騨市の「ヒダスケ!」の評判は既に全国に広がっていると思いますが、改めて現状の規模感について教えていただけますか?
ながいし:よろしくお願いします。ヒダスケ!は2020年から始まっていますが、コロナ禍の制限がなくなって通常通り運用できるようになってからは、年間で延べ1500人前後の参加者がいて、プログラムの実施回数でいうと200回を超えるくらいになっています。
倉重:年間200回ですか! 単純計算しても、2日に1回くらい何かしらが動いているような状況ですね。それを事務局として支えているのは、何人くらいのチームなんですか?
ながいし:基本的には僕と市の担当者の2人ですね。現場での実務的な運営に関しては、ほぼ僕一人で回しているというのが現状です。
倉重:なんとお一人で? この規模の調整から当日のフォローまでやるとなると、相当な業務量だと思うのですが……。もう完全に仕組み化されていて、自走的に回っているということなんでしょうか?
ながいし:いや、そういうわけでもないんです。「ヒダスケ!」の仕組み自体はある程度認知されてきましたが、やはり主催者である地域の方と参加者、そして事務局の間に入って調整する部分は、マンパワーが必要ですね。
倉重:なるほど。やはりサイトに情報を載せれば、勝手に人が来て成り立つという簡単な話ではないわけですね。
ながいし:そうなんです。例えば農家さんから「手伝ってほしい」という相談が来たとき、それをそのまま「作業募集」として出しても、人はなかなか集まりません。僕ら事務局が間に入って、ページの作成から当日の運営サポート、参加者への連絡まで、かなり手厚くやっています。
倉重:そこまで巻き取るんですね。主催者側からすると楽だとは思いますが、その分、ながいしさんの負担が大変なことになりませんか?
ながいし:確かに負担はありますが、そこをしっかりやらないと成立しないとも思っていて、主催者の方は普段の仕事で手一杯ですから、募集の文面を考えたり参加者とやり取りしたりするのは、やっぱりハードルが高いんです。
倉重:そこをカバーすることで、地元の事業者も利用しやすくなっているんですね。でも、それだけの数のプログラムが成立しているということは、参加する側にも大きなメリットがあるということですよね。
ながいし:そうです。ここが大事なポイントなんですが、「ヒダスケ!」に参加する方の多くは、「助けてあげよう」という気持ちよりも、「楽しそうだな」という気持ちで応募してくれるんです。
倉重:ああ、そこはすごく重要ですね。災害ボランティアのような感覚とは、また違うモチベーションなんですね。
ながいし:おっしゃる通りです。災害ボランティアなら「困っている人を助けたい」という純粋な奉仕の気持ちが原動力になりますが、平時の農作業などでそれを求めると、どうしても「やらされ感」が出たり、逆に「やってあげたのに」という感情が生まれたりしがちになる可能性があります。
倉重:確かに。「こんなに大変な作業を無報酬でやったのに」となってしまうと、お互いに不幸ですね。
ながいし:なので、僕らはあくまで「体験」や「エンタメ」に近い見せ方を意識しています。例えばトマト農家さんの手伝いなら、収穫の楽しさや、農家さんとお話しできること自体を魅力として伝える。結果としてそれが「手助け」になればいい、というスタンスです。
倉重:なるほど。単なる「労働力」として募集するのではなく、「楽しい体験」としてデザインするわけですね。そのあたりのバランスは、どのように調整されているんですか?
ながいし:現場を見るのが一番ですね。農家さんは当然「あれもこれもやってほしい」と思っているはずですが、初めて来た人に過酷な作業ばかりさせると中々リピーターにはなりません。なので「ここまではアルバイトの人にお願いして、この部分は『ヒダスケ!』でやりましょう」といった切り分けを提案することもあります。
倉重:そこまで踏み込んで調整するんですね。まさに「編集者」のような役割ですね。参加者への報酬みたいなものはあるんでしょうか?
ながいし:それほど大きな報酬はありませんが、どのプログラムに参加しても、電子地域通貨「さるぼぼコイン」が500ポイント付与されます。これは市の予算から出ているもので、専用アプリで一律500円分として市内のあちこちで使えます。
倉重:一律500ポイントというのは分かりやすくていいですね。さらに収穫した野菜を持ち帰れるといった特典もあったりしますか?
ながいし:はい、それは主催者さんのご厚意で、負担のない範囲でお願いしています。さるぼぼコインはアプリでチャージする仕組みなので、僕が現場に行ってQRコードを提示して読み取ってもらうんです。
倉重:えっ、それもながいしさんが現場に行くんですか? 200回全部は無理ですよね?
ながいし:全部ではないですが、できるだけ顔を出すようにはしています。土日に重なることも多いので、少しだけ顔を出して様子を見たり、コインのチャージだけ手伝ったり。やっぱり現場の空気感を知らないと、適切なマッチングはできないので。
倉重:すごい……。そこまで細かく動いているからこそ回っているんですね。単なるウェブ上のマッチングではなく、人と人との調整というアナログな部分を徹底されているんだと痛感します。
ながいし:そうですね。主催者、参加者、そして僕ら事務局。この三方にとって「気持ちよくやれるか」を常に考えています。主催者の困りごとを解決しつつ、参加者は楽しめて、僕らもやりがいを感じながら無理なく続けられる。そのバランスを崩さないことが、継続の秘訣かもしれません。
2.満員電車の違和感から飛騨へ。「人間らしい暮らし」と「心地よい距離感」を求めた20代の決断
倉重:ここまで「ヒダスケ!」の仕組みについて伺ってきましたが、そもそも、ながいしさんがどういう経緯で飛騨市にいらっしゃったかも伺いたいです。ご出身はどちらですか?
ながいし:出身は隣の愛知県の刈谷市です。大学時代は長野で7〜8年過ごして、そのあと東京に2年ほど住んでいました 。2020年の7月に飛騨市に来たので、もう5年以上になりますね 。
倉重:愛知から、長野、東京ときて飛騨市なんですね。東京での生活はどうでしたか? やっぱり都会の刺激は、それはそれで面白い、みたいな感覚はありましたか?
ながいし:いえ、それが逆で…。正直、東京は僕にとって「長く住める場所ではないな」という感じでした 。よく「満員電車が嫌だ」という話はありますが、僕が一番しんどかったのは、そこにいる人たちの表情でした。みんな感情を殺しているというか、目が死んでいるように見えてしまって…(笑)
倉重:その感覚、すごく分かります(笑)地下鉄の階段から上がってくる人たちの群衆を見ると、背景になんとも言えない重たい空気を感じることがありますね。
ながいし:そうなんです。あの過密な空間で自分を守るためには、感情をオフにしないとやっていられないのかもしれませんね。でも、それってやっぱり「人間らしくはない」なと感じてしまって。
倉重:それが地方へ目を向けるきっかけになったと。
ながいし:はい。僕自身はもともと都会の利便性やメリットをそれほど感じなくて、田舎にいても同じような暮らしができるタイプなんです 。それなら、もっと人間らしい関係性がある場所で暮らしたいなと。それで、次の場所を探すためにいろいろな地域の仕事やボランティアに顔を出していたんです 。
倉重:そこで飛騨市と出会ったわけですね。数ある地域の中で、なぜここだったんでしょうか?
ながいし:実は当時、東京で「おてつたび」というサービスの立ち上げに関わっていたんです 。まだ創業期で実績も少ない頃でしたが、飛騨市はそのコンセプトをいち早く理解して、「面白そうだね」と受け入れてくれた自治体の一つでした 。
倉重:そうでしたか!「おてつたび」は民間の視点で人手不足の解消と関係人口作りをマッチングさせる代表的なサービスですよね。最近はメディアでもよく紹介されていて、昨年の流行語大賞にもノミネートされてましたね。
ながいし:そうですね。「ここなら新しいことができそうだな」と思って創業期に参画していました。また自分の生活環境の条件としても「程よい田舎」がいいなと思っていたんです 。山奥すぎてスーパーもコンビニも全く無いような場所だと僕にはハードルが高いけれど、飛騨市はそのあたりの利便性と自然のバランスがちょうど良かった 。あとは、実家のある愛知に近いというのも理由の一つです。何かあったときにすぐ帰れる距離感は大事だなと 。
倉重:実家に「戻る」のではなく、「近くにいる」という距離感がリアルですね(笑)。ちょうどその頃、飛騨市でも「ヒダスケ!」が始まろうとしていたタイミングだったんですね。
ながいし:はい。2020年の4月にプロジェクト自体は立ち上がっていたんですが、それを回す職員の手が足りていなくて 。僕がちょうど移住を考えていたタイミングと重なって、「じゃあ事務局をやってくれないか」という話になり、地域おこし協力隊の制度を使ってそのまま入り込んだんです 。
倉重:まさに運命的なタイミングですね。「おてつたび」で培ったノウハウと視点が、そのまま「ヒダスケ!」の運営に生かされているように感じます。実際に住んでみて、飛騨での暮らしはどうですか?
ながいし:すごく肌に合っていると思います。今は事務局の仕事のほかに、個人的に農業もやっているんです。田んぼと畑を借りて、お米や大豆を作っていて…。
倉重:えっ、お忙しい中でそこまで!? それは生業としてですか?
ながいし:お米は個人で直販したりしています 。そういう「土に近い暮らし」をしながら、仕事では地域の人たちと関わる。人と人との距離感が近すぎず遠すぎず、ちゃんと体温を感じられる関係性があるのが心地いいですね 。
倉重:いわゆる典型的な地方の人間関係というよりは、自立した個人同士が緩やかにつながっているイメージでしょうか。ながいしさんが大切にされている「人間らしい生き方」が、そのまま「ヒダスケ!」の、無理強いせず楽しみながら関わるというライフスタイルにつながっている気がしますね。

[ヒダスケ!参加者の様子(公式Instagramより)]
3.「行政任せ」では続かない。現場から見る、持続可能な官民連携と未来の形
倉重:現在、年間実施200回のプログラムをこの最小限の体制で回されているとのことですが、率直に言って、今後も同様に続けていくのはかなり大変ではないですか?
ながいし:そうですね。現状の運営体制だと、正直キャパシティは限界に近いかなと思っています 。これ以上規模を拡大しようとすると、今の「一人で全部ケアする」やり方では無理が出てきますし、かといって人を増やす予算が潤沢にあるわけでもありません。
倉重:そこが自治体事業の難しいところですよね。予算には限りがあるし、年度ごとの契約という不安定さもある。
ながいし:はい。だからこそ、今後は「行政の予算だけに頼らない仕組み」を作らなければいけないと強く感じています 。「ヒダスケ!」自体で直接収益を得るのは難しいですが、その周辺事業などで収益を上げて、運営資金を確保できるようなモデルを模索しているところです 。
倉重:なるほど。関係人口の窓口は広く開けつつ、別のところでしっかり稼いで循環させる、ソーシャルビジネスのような視点ですね。また今、国の方でも「ふるさと住民登録制度」が動き出し、関係人口を可視化する新しい制度作りが進んでいます。これについてはどう見ていますか?
ながいし:うーん、正直なところ、まだ具体的にどう絡めるかは、わかっていないんですよね。制度ができること自体はいいと思うんですが、例えば交通費や宿泊費などを、あまり手厚く補助するような金銭的なメリットで惹きつけるようなやり方は、危ういかもなと感じていて 。
倉重:危うい、と言いますと?
ながいし:お金がもらえるから来る、という動機だけで集まった人は、その補助がなくなった瞬間に来なくなりますよね 。今の「ヒダスケ!」に参加してくれる皆さんは、交通費も宿泊費も全部自腹で来てくれているんです 。それでも「行きたい」と思ってくれる人たちとの関係こそが、やっぱり本物だし理想だと思うんです。
倉重:確かに。わざわざ自分でお金を払ってでも手伝いに来てくれる、その関係性の強さこそが資産ですよね。そこにお金のリターンを入れ過ぎてしまうと、純粋な「楽しさ」や「応援」の関係が、「労働対価」の取引に変わってしまう恐れがありますね。
ながいし:そうなんです。だから、さるぼぼコイン500円分というのは、あくまで「感謝の気持ち」としてのささやかなインセンティブであって、決して労働の対価ではありません 。このバランスを崩して、単なる「お得な制度」にしてしまうと、結局地域のためにならないんじゃないかなと。
倉重:非常に本質的な指摘ですね。そのバランスは考えどころですね。これから関係人口に取り組む他の自治体の方々にも、大いに参考になるのではないでしょうか。 最後に、ながいしさんご自身の今後についても教えてください。これからも飛騨市でこの活動を続けていかれるのでしょうか?
ながいし:はい。自分の事業も将来的には法人化して、「ヒダスケ!」だけでなく、もっと多角的に地域に関わっていきたいと考えています 。すでに個人的に農業をやっていますが、他にも空き家を活用したシェアハウス運営など、自分の興味がある分野で「地域の仕事」を作っていきたいですね 。
倉重:事務局という立場だけでなく、ながいしさん自身がひとりのプレイヤーとして飛騨市での暮らしを楽しんでいるのが伝わってきます。
ながいし:結局、自分が楽しくないと続きませんから(笑)。行政の仕事もしつつ、民間のビジネスもしつつ、農業もやる。そんなふうに境界線を曖昧にしながら、自分らしく暮らしていけたらいいなと思っています。

[ヒダスケ!参加者の様子(公式Instagramより)]
編集後記
今回のインタビューで特に印象的だったのは、ながいしさんの「参加者の楽しさが、結果的に誰かの助けになる」というスタンスでした。 「関係人口」という言葉が広まるにつれ、どうしても「労働力確保」や「数字作り」が目的化してしまいがちです。しかし、「ヒダスケ!」が年間1500人もの関わりを生み出し続けている理由は、こうした現場で人と人との関係性をつなぐ「編集力」にありました。それと同時に、最小人数ながらも、自治体職員だけに閉じず、地元で活躍する民間人材をしっかり取り込んだ、官民連携の体制を作っているのも、その成功の重要な要素なんだと確信しました。
ながいしさんが大切にしているのは、効率的なマッチングではなく、その地域ならではの「感情の交換」です。「楽しいから関わる」「会いたいから行く」という感情で結ばれた関係こそが、やはり本当の関係人口だといえるでしょう。これから「ヒダスケ!」は関係人口文脈の代表事例として更に多くの注目を浴びるでしょう。これから制度構築を目指す自治体・プレイヤーにとって、飛騨市を単なる成功モデルとしてそのまま模倣するのではなく、「どんな感情をデザインするか」「誰にどう出会ってもらうか」という本質から積み上げて制度に練り込んでいく必要があるのではないでしょうか。
文責:ネイティブ.メディア編集部




