北海道の中央部に位置する美瑛(びえい)町にある「青い池」をご存じでしょうか?自然が生み出した澄んだコバルトブルーが幻想的な池は、2012年にMacBook Proの壁紙にも採用され、世界から人が集まる場所になりました。

しかし冬のシーズンは氷が張り、池が青く見えなくなるために、夏に比べ観光客は激減。冬場の観光客の少なさは美瑛町が抱える一つの課題でした。ところがそんな課題も一つのアイデアで大きく改善。真冬でも2万人が訪れる名所に生まれ変わりました。そして実はそのアイデアを出したのは大企業の社員。大企業の社員が小さな一地方自治体の課題解決をするという不思議な状況が起きているのです。
この状況の立役者は、美瑛町と東京を結んだキーパーソン、東京でたったひとりの美瑛町職員である観音(かんのん)太郎さんです。今回は観音さんを取材しました。

記事のポイント

  • 素早い戦略実行
  • 東京に依存しない、負担を分け合い成果を分け合うマインド
  • それらの根底にある町全体で共有された将来像

美瑛町

人口10,286人(平成29年3月31日現在)。
NPO法人「日本で最も美しい村」連合加盟。
同じ畑でも作付けが毎年変わることにより生まれる、「パッチワーク」と表現される独特の丘陵地帯の田園風景がみられる。
近年観光客数が増加している。(下図参照)

観音 太郎

1989年札幌大学経営学部卒業。卒業後、風景が好きで居心地がいい場所であった美瑛で働きたいと思い、美瑛町役場に入庁。2011年に、長期出張の命を受け東京を拠点に情報収集・人脈形成に精を出す。2013年に北海道の町村としては3つ目となる東京事務所を設立し、初代所長になる。以降美瑛町が首都圏に求めるあらゆる業務を担当する。


9月の「青い池」

──真冬の”青い池”の観光客が2万人に増えたって本当ですか?

これまで冬のシーズンは写真家の方等、数えるほどしか訪れていなかったのですが、一昨年には2万人を超えるお客様にお越しいただき、前年比1000倍の集客*がありました!

*美瑛町全体では、「2008年度までは下期(10~3月)の観光客数が年間総数に占める割合は2割弱だったが、徐々に上昇。ライトアップを始めた14年度は、上期の観光客が前年同期比13%増だったのに対し、下期は43%も増えて初めて50万人を超え、年間総数に占める割合も29%に伸びた。」(朝日新聞デジタル「美瑛観光、冬も堅調」)

──まさに夢のような大変化ですね。何があったんですか?

実は、2015年に*東京の大企業5社と美瑛町職員で「町の課題解決」のためのワークショップを実施しました。そこで、季節偏重型の観光形態解消のために「冬の青くない”青い池”を、青くライトアップするのはどうか?」というアイデアが出て。
「結氷して青くない池を、青くライトアップしたからって何が起こるんだ?」と半信半疑ではあったものの、経費はそんなにかからない。
だったら、とにかくやってみようと。これが「美瑛町の良さ」。これがあったからこそ、冬の観光客増加を実現できた。なかったらどうなっていたことか(笑)。

*アサヒビール株式会社、株式会社インテリジェンス、株式会社電通北海道、日本郵便株式会社、ヤフー株式会社の5社

──そもそも、そのような大企業との取り組みはどうして始まったんですか?

たまたま当時事務所があったシェアオフィス*に、よく遊びに来られていた近所の出版社の副編集長さんが、「ヤフーに知り合いがいるから、東京で仕事するなら会ってみれば」とつないでくれたんです。

*人口1万人規模の自治体で東京に事務所を設置することはとても珍しい。

──それがきっかけで、共同ワークショップを?

最初はそんなことをするとは微塵も思ってもいませんでした。でも、美瑛には閉校した学校の校舎がたくさんあること、空港から意外に近いことなどをディスカッションする中で、美瑛の閉校校舎を「企業の人材育成の場として再生させよう」というお話をいただいたんです。

そこからはトントン拍子。美瑛町は4億円かけて校舎を改装し、ヤフーさんは研修所の利用料*を支払うという形で、今後10年まずはやってみようと決まりました。
*ヤフーと協定を交わしているが、この施設自体は美瑛町が管理しており、ヤフーや美瑛町の職員以外の企業や団体の利用も可能。仕事、グループワーク、自己啓発、余暇活動、スポーツクラブチームなど一般常識的な観光を目的とした宿泊でなければ誰でも利用できます。

(参考)収容人数最大45人、一泊2500円前後
お問い合わせ先:役場政策調整課0166-92-4330


研修所の廊下 もともと小学校なので広々。

──4億円の事業が、そんなに早く決まるものなんですか?

本当に早くて(笑)。実は、他にも候補地をお探しだったようですが、ヤフーの宮坂社長が美瑛に来て、「ここでやろう、土地の力がある」と即決してくださいました。町側も、地元で説明会を開いたところ、地元の皆様も歓迎してくださって一気に話が進みました。

──まさに爆速の取り組みですね。

その時の、初回の研修の様子は書籍にもなりました。実際に、青い池以外にも何件かのアイデアが採用され、町にも共創のマインドが広がりつつあります。

──町職員がIT業界の若者と話す機会なんて、これまでなかったんじゃないですか?

町職員って、町民の皆様のために法律に則って正確に業務を行っていれば、新しい分野にチャレンジしなくても給料が保障されます。改善はできても新しい挑戦がやりづらい面はどうしてもあります。
でも、この研修のおかげで、パソコンを持った若者が出入りするようになった。しかも我々町民からすると一見うさんくさい若者が、真剣に町の未来を考えてくれている。その事実は、美瑛という小さな田舎町にとって本当に衝撃でした。それだけで、どんなにお金をかけてやる研修より、価値があったと思います。

──観音さんが思う、地域で新しい取り組みを成功させるポイントとは?

それは間違いなく、新しいことに挑戦する両者(今回でいう、美瑛町とヤフー)が
「負担を分け合い、成果を分け合うマインドを持つ」ことだと思います。
行政はよく「腰が重い」と言われますが、しっかりと住民の意見に耳を傾け議会にかけること、行政側の考え方を町民の皆様に時間をかけて十分に理解してもらい実行することが役割だからだと思います。もちろん、財政状況のバランスも考えますが、一番は住んでいる人の幸せを実現することが目的ですからね。ただ問題なのは、それにこだわりすぎて、地域へ都会からカネを呼び込みつづける、という考えを持ってしまう点です。

──確かに我々の立場だと、どうやって都会の人と金を地域へ入れるか、これを命題のように考えてしまいがちです。ここはやはり「一方通行」ではなく、では地域から都会に何が提供できるのか、という視点をしっかりと持つべきだと思います。

たとえば、仕事を作るために美瑛に大きな工場を誘致する話だったら、きっと美瑛の人は受け入れず失敗していたと思います。美瑛町とヤフーさんとの取り組みは、「互いに負担を分け合い、成果を分け合い未来を想像するマインド」があったから、爆速で進められたのです。実際に、今回作った研修施設は美瑛町が改修・管理を負担する代わりに、ヤフーさん以外の企業でも使える取り決めをしています。

──私も利用してみたくなってきました…!

ここには、お風呂もあって50人弱くらいまでは宿泊できますし、アイデアが広がるシェアキッチンもある。しかも、プロジェクターやスクリーン、Wi-Fi環境も完備。旭川空港から車で10分と、アクセスもいい。私が言うのも何ですが十勝岳連峰を望む広大な田園地帯の中で、夏でも乾燥したさわやかな風が吹く素晴らしい立地です。一泊の利用でも構いませんので、みなさんぜひ一度利用してみてください。


研修所のすぐ外の景色。都会にはない広々とした景色が広がる。

小さな町の一行政マンがヤフーと偶然出会い、結果として研修施設が稼働して、町に大きな変革をもたらしている…。
一見ただの幸運続きにも思えるエピソードですが、果たして本当にそうでしょうか。
なぜ人口一万人規模にもかかわらず、美瑛町は東京に事務所を構えているのでしょうか。
なぜ突然の出会いにもかかわらず誘致に成功し、かつ継続的に人とお金を呼び込めているのでしょうか。
それらの根底にあるのは、町民が一丸となって目指す確固たる町の将来像です。平成の大合併の際も、美瑛町は合併を選ばず、独自の魅力の発信とブラッシュアップにより生き残ることを決意しました。
コストをかけてでも東京に事務所をおけるのは、オンリーワンの美瑛を外部に発信していくという方針が町で共有できているから。
ヤフーとの迅速な話し合いができたのも、町の一体感あってのことです。
もちろん他のさまざまな要因もありますが、美瑛町の成功が町の一体感なくして実現できなかったことであるのもまた確かでしょう。
行政と住民が一緒になって町を良くしていく。そんな当然でありながら難しいことを実践したからこそ生まれた成功例といえるでしょう。

取材・文:編集部
写真提供:美瑛町