自然豊かで食材豊富、都市圏へのアクセスも良好。多くの移住者が移り住み、週末は観光客で賑わう福岡県糸島市。メディアで取り上げられる頻度も増え、今や全国的に注目されている。 一見順調に見えるエリアだが、 糸島市役所の岡祐輔氏は「外からでは見えにくい課題を抱えている」と語る。MBAホルダーである岡氏は、データを活用した官民連携のマーケティング戦略を立案・実施し、糸島産ふともずくの売り上げを1年で6倍に押し上げた。地方創生☆政策アイデアコンテスト2016で最優秀賞を受賞した、市役所主導のマーケティングプロジェクトに迫った。

岡祐輔さん

歯科大中退後、2003年二丈町役場に入庁し、生活環境課配属。2010年合併により糸島市役所で総合窓口課、経営企画課を経て、九州大学学術研究・産学官連携本部へ出向し、2016年から現職。民間の経営手法を公共経営に活かすために経営学を学びたいと考え、仕事の傍ら、通信制大学で4年間学んだ後、九州大学ビジネススクールに飛び込み、2年の修士課程を経て2016年MBA取得。内閣府地方創生☆政策アイデアコンテスト2016で、地方創生担当大臣賞、帝国データバンク賞を受賞し、そのアイデアを事業化、実践しながら「糸島市民が日本で一番幸せになってほしい」と経営手法を仕事に活かしている。また、仕事プラスワンの地域貢献で糸島の伝統芸能「福井神楽」を継承している。

記事のポイント

  • 小規模事業者を救え!
  • 官民連携によるマーケティングモデルづくり
  • 講演を通じて、各地域が切磋琢磨し成長できる土台作りを
  • 糸島は、表向きの華やかさと地域の豊かさがリンクしていない

    全国的な知名度を誇る糸島ブランド。しかしその一方で、糸島市は福岡都市近隣市町村の中で小売・卸売業の年間商品販売額がワースト2という意外なデータも出ている。詳細を見てみると、収益を生み出す事業の60%以上が飲食業となっており、観光客が向かう先以外、ほとんどの業種が厳しい現状にあることがわかる。岡さんは「糸島は、表向きの華やかさと地域の豊かさがリンクしていないんです」と語る。

    ふともずくの養殖の様子

    この課題を解決するため、岡さんは統計データ解析と地域企業へのヒアリングによる現状分析を実施。課題の定義づけを行った。

    統計データからは、糸島に拠点を構える事業者の6割が従業員5人未満と小規模であり、特にこの層の廃業が加速していることがわかった。また、地域企業を30社以上インタビューした結果、商品開発はしたいが宣伝スキルがない、販路開拓ができないという声がほとんどだったという。

    これらを踏まえ、糸島の地域経済活性化を目指すには小規模事業者支援が最優先であり、彼らを支援するためには、開発から販売までの流れを自分たちで作るノウハウを伝えていくことが重要だと考えた。

    そこで岡さんは、市としてマーケティングモデル推進事業を立て、糸島の強みである『食』分野から新しい糸島ブランドを創出することを決意。地域事業者で編成された食品産業クラスター協議会へ募集をかけたところ、手を挙げたJF糸島(糸島漁業協同組合)と糸島産ふともずくの商品開発が始まった。

    ふともずくは栄養価の高い海藻で、中性脂肪・肝障害の改善、抗がん作用などの効果があるといわれている。ただ、生産が難しく年間4,5トンと収量が少ないため、付加価値をつけて販売しないと売り上げに結びつかないという課題もある。

    アイデアを出しあう高校生たちと岡さん

    事業を安定して回していくためには他地域との差別化を図り、ブランド価値を高めることが必須だ。そのため、商品開発やプロモーションなど、マーケティングのプロフェッショナルが知恵を出し合う官民連携モデルを採用した。

    商品開発を食品産業クラスター協議会、販路開拓を実践型マーケティングの授業を行う博多女子高等学校に、プロモーションは民間事業者アジアン・マーケットと連携し、糸島市、JF糸島が加わった5者でプロジェクトが始まった。

    博多女子高では、商品開発やパッケージデザイン、企業へのアポ取り・営業、販路開拓まで生徒主導で精力的に活動。岡さんが主導する広報では、アジアン・マーケットと連携し、コンテスト応募でメディア露出を増加させたり、キーワード検索を意識したインターネット記事を発信したり、低コストで多くの人に届く手法を取り入れた。

    ふともずくプロジェクトは「地方創生☆政策アイデアコンテスト2016」で応募総数486組の中から最優秀賞『地方創生担当大臣賞』を受賞。市の政策としては他に類を見ない、データ解析とマーケティングに基づいた科学的な政策提案が高く評価された。

    博多女子高等学校の生徒たち

    さらに、ふともずくの商品も農林水産省主催『フード・アクション・ニッポンアワード2017』で全国地域産品1,111品の中からローソン賞を受賞。2018年2月より、九州内のローソン(1,307店舗)及び首都圏のナチュラルローソン(143店舗)で糸島産ふともずくのサラダとスープが販売された。

    ローソン賞受賞の様子

    糸島産ふともずくを味わうネバネバスープ

    結果、プロジェクトスタート後の1年半で売上約6倍、販売数では約3000個から約2万1000個と前年比の約7倍に跳ね上がった。

    プロジェクト運営の秘訣は、人を巻き込むこと

    一見、順風満帆だが、ここまでの道のりは険しいものであったという。

    「リスクを取れない高校生にプロジェクトを委ねて大丈夫だろうかという不安の声はありました。また、なぜ糸島市でなく福岡市の高校と組むのかという意見もあり、地元団体とすれ違ってしまう場面もありましたね。」

    米国の社会学者マーク・グラノヴェッターは、「ネットワーク理論」の中で「異分野を外から入れることで、新しいことが生まれる」と唱えている。岡さんはこの理論を応用し、プロジェクトメンバーを糸島内で固定せずに、あえて福岡市内の博多女子高を巻き込んだのだという。

    「内部と外部を繋げ、新しい動きが生まれるよう意識していました。最初こそすれ違いはあったものの、丁寧なコミュニケーションを続けながら売り上げも順調に伸び、最終的にはチームとして一緒に走り抜くことができました。」

    ふともずくの生産者さん

    異なる分野の人がプロジェクトに携わる際、各分野をつなぐ橋渡しの役割を担うべきなのが市役所職員だと岡さんは言う。スムーズに物事を進める秘訣は、関わる組織の中で、活動に協力してくれるキーパーソンを見つけること。その人のところに飛び込んでいき、本音をさらけ出して想いを伝え、粘り強く対話することだという。

    「大きなプロジェクトは仲間がいないと回していけません。一人でプロジェクトを背負おうとすると、ふとした瞬間に心が折れそうになってしまう。相談できる人がいなければ、プロジェクトの継続は難しい。組織内・外部のそれぞれに、プロジェクトを支える柱のような存在をつくるのが理想ですね。」

    この春、販路開拓を担った高校3年生が卒業を迎えた。糸島産ふともずくのプロジェクトは今後、漁師たち自らが企画を回していけるよう支援していく方針だ。この取り組みの長期的な目標は、糸島ブランドをつくる小規模事業者が利益を上げながら、自主的かつ戦略的にプロジェクトを運営できるようにすること。漁師さんたちから「販売してくれる事業者を招いてふともずく収穫祭をしたい」と言われたときにはとても嬉しかったです。漁師さんたちが自らマーケティングし出すなんて、、、ふともずくプロジェクトをモデルケースに、新商品も後に続いて欲しい、と岡さんは語る。

    帝国データバンク賞受賞の様子

    岡さんは、「地方創生☆政策アイデアコンテスト 2017」でも、口コミや人のネットワークを意識した“糸島ファームtoテーブル〜全国のレストランに糸島食材を〜”で帝国データバンク賞を受賞した。前年度に続き、2年連続の快挙だ。

    食材の宝庫である糸島市は多様な生産物が一気に手に入るという魅力があるが、観光客の98%が日帰りということもあり、糸島食材への評価が近隣地域に留まっているという課題があった。

    大きな自治体であれば、ホテルでの催しやTVでの発信など、地場の食材を全国に広める大掛かりな取り組みが実施できる。しかし糸島のような10万人規模の自治体でその手法は難しい。限られた予算内で糸島を売り込むにはデータに基づいた戦略的なアプローチが欠かせない。

    そこで、糸島への観光客の属性や糸島を選んだ目的、メディア接触行動を調査・分析し、彼らにもっとも効果的にアプローチできる方法を導き出した。

    調査・分析の結果、糸島をグルメ目的で訪れる観光客のメイン層が20代〜40代であり、訪問のきっかけとしては雑誌・ネット・SNSなどが25%を占め、口コミを含めると60%を超えていた。他県からの流入に限れば、東京からの訪問が4番目に高いことがわかった。

    ここから導き出された答えは、来客数の多い東京の飲食店との連携が効果的であること。それから、SNSやネットでの口コミ効果を増大させるため、糸島が好きな語り部を増やすことだった。

    着目したのは、食材の味や品質を一番に理解し、クチコミ力のある東京のシェフたち。彼らを糸島に招き、直接生産者と触れ合い食材を味わうことで、彼ら自身が語り部となって食材の素晴らしさを語ってくれるのだ。食のプロであるシェフのおすすめであれば、自然と口コミの信頼度も上がる。

    提携するレストラン

    また、糸島の食材を使用するレストランに観光などのパンフレットを置くことで、他地域が年間1億円以上かける「アンテナショップ」の役割も果たすのだという。予算の少ない小規模自治体でも実践でき、口コミで広がるため長期間の効果も期待できる。プロジェクトは2017年夏に始まったばかりだが、手応えを感じているという。

    ノウハウを自治体へ広め、日本中の地域課題解決へ

    講演の様子

    2016年のコンテスト受賞を機に、さまざまな自治体から声がかかるようになったという岡さん。今では全国各地を飛び回り講演活動を行っている。

    「経営学をベースにした政策立案は、地方自治体ではまだ浸透していません。ですが、データに基づいた政策を作る手法(EBPM)は、今やオバマ大統領も利用するグローバルスタンダード。これからは糸島だけでなく、全国で必要とされると感じています。」

    岡さんが講演を行った地域では、それを機に新しい動きが始まっている。特に動きが活発な熊本では、マーケティングのノウハウを取り入れた政策を武器に6チームがコンテストに応募。また、東北でも糸島産ふともずくのプロジェクトを参考に高校生を巻き込んだ企画の相談も始まっている。

    「自分の活動が全国の地域課題の解決に貢献できることが嬉しいです。各地域が切磋琢磨し成長していくことで日本全体が発展していけたらと思っています。」

    日本一となったMBA公務員であり、数々の政策を実現させたバイタリティ溢れる岡さん。語り口は終始穏やかだが、彼の紡ぐ言葉からは強い信念が感じられた。プロジェクトを成功へと導いたのは、経営学の知識のみならず、彼自身の情熱そのものだったのではないだろうか。

    理想の糸島を想い描き行動する岡さんに、これからの抱負をうかがった。

    「好きな言葉の一つでもある“なれる最高の自分になる”というのが、死ぬまでの目標なんです。それまでに、今取り組んでいることや自分の能力を最大限まで高めていきたいですね。今の職業であれば、日本最高の市役所職員になって、地域の人たちが“住んで良かった”と思ってもらえるような日本一の街を、一緒に作っていきたいです。」

    ※プロジェクトの主導者、岡祐輔さんのストーリーは「経営手法を活かした政策で日本一に!糸島に人生を救われた市役所職員が歩んだ、スーパー公務員誕生の道のり」をご覧ください。

     

    取材・文:畠山千春