この記事の目次
大垣弥生さん
大学卒業後、地元百貨店のプロモーション担当として10年間勤務した後、2008年、生駒市初の社会人採用枠で入庁。広報広聴課で広報誌の改革やシティプロモーションの立ち上げ、採用広報を手がける。2016年4月、新設されたいこまの魅力創造課に異動。2017年 「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード」を受賞。全国広報コンクール入選11回、読売新聞社賞3回受賞。
- 統率(行動力)89
シティプロモーションを担当。市民PRチーム「いこまち宣伝部」の運営やファミリーイベント「IKOMA SUN FESTA」の実施など、生駒の魅力を市民と協働で編集・訴求している。 - 武勇(突破力)98
全国自治体の広報・シティプロモーション担当者の勉強会「広報基礎 愛の100本ノック」の主宰やコンクール受賞歴などの実績と、歯に衣着せない発言で業界内では独特の存在。 - 知略(計画実行力)64
何か知略を張り巡らして用意周到に臨むというよりは、現場に出て発生する偶発性に任せて思いもよらない方向に発展することを好む。 - 政治(広報戦略)94
地域への関心度合いに応じてターゲットを設定し、コミュニケーションデザインの思考で、内外の共感と信頼を得るブランド戦略を進める。
記事のポイント
- 百貨店から市役所へ転職。「まちを愛し、参画のきっかけになる」広報誌づくりに奔走
- 予想外の部署異動でシティプロモーション担当に。注力しているのは人口増加ではなく、まちのファンづくり
- オトナ女子会やアウトドアイベントなど、これまでになかった事業を実施
民間出身、異能の人材登用が呼び込んだ戦力
ーどうして行政職員になったのですか?
大学を卒業後10年間、百貨店で販売推進を担当していました。土日も年末年始も出勤で、夜も遅いから、娘が小学生になったとき、家庭がまわらなくなったんです。渋々の転職でした。たまたま、5年以上の実務経験者を対象にした採用があり、広報課に配属されました。入庁当初のミッションは「まちの方々に読んでもらえる広報誌をつくること」でした。
最初は行政からの情報をわかりやすく伝えたらいいんだろうと思っていましたが、それだけではダメだと気づきました。生駒市は全国で2番目に県外就業率の高い市で、まさに大阪のベッドタウン。「参画と協働のまちづくり」と行政が唱えても、地元に関わる時間や理由が少ない人が多く暮らしておられて、一部の人にしか届いていない雰囲気がありました。
ー生駒に対する愛着度が低いと
地方創生って、観光とか農業が盛んで、街の潤いが個人の潤いに繋がる地域の方が、賛同を得やすいと思うんです。でも、県外就業率の高い「ベッドタウン」で暮らす方々は、地元を自分ごとにするのが難しい。
だから、街を好きになって参画してもらうきっかけを広報で提供したいと考えるようになりました。最初は「良い広報誌を作る」ことが仕事だと理解していましたが、広報誌を使って地域をつくることこそが大切なんだと、数年たってからようやく気付きました。本質に気づくまで、だいぶ時間がかかっています。
広報誌改革の実績を買われた大抜擢
ー異動直後は「広報ロス」
私、広報誌を作るのがすごく好きだったんです。前向きなまちの方々と繋がって、広報支援して喜んでもらえることが何よりのやりがいでした。でも突然、2年前にいこまの魅力創造課という課が新しくできて、いっしょに頑張っていた同僚とも離れ離れに。
組織に貢献してきたはずなのに、「なんて仕打ちなんだ」と3ヶ月ほど落ち込み続けました。まさに「広報ロス」状態。「最低な人事異動」と不満を言い続け、街の人に「大垣さん大丈夫?」と同情されるほど暗黒の期間でした。
ーシティプロモーションで実現したいこと
周囲の励ましもあって、自分でもこれではいけないと気持ちを切り替え、ずっと必要だと思っていた「現役世代の地域参画」を促す事業を実施することを目標に据えました。子育てや仕事で忙しい方々にとって、地域社会に関わることはハードルが高い。公務員になる前は自分自身も、自治会や学校の役割は面倒だと思っていましたし。だからこそ、地域に関わることが楽しいと思ってもらえるような事業を企画することにしたんです。
シティプロモーションは広報にいるときに始まりました。最初2年は「住宅都市のシティプロモーション=転入促進」だという認識でしたが、ある時、これは間違いだと気づきました。少子高齢化で、まちづくりの方針も「発展拡大型」から「縮小再編型」へ変えていくことが必要と言われているのに、「シティプロモーションで人口を増やします」ってお気楽だなって。人口や税収を増やして街を維持していくのは今までの考え方であって、これからは市民の参画度合いを増やして、地域の力を強くする。それを、ちょっとおしゃれに、ちょっと楽しくデザインすることで、暮らすまちとしてのブランド力を高めていくことこそが、生駒のシティプロモーションだと思うようになりました。
大切にしていることは「市民とともに」
ー具体的には、どんな仕事をされているんですか
「いつも好きなことしかしていない」と思われがちですが、意外に緻密に考えています。異動してからの、1番大きな仕事は生駒山で実施した「IKOMA SUN FESTA」というアウトドアイベントです。それまで行政が組んでこなかった市内のバーやカフェや美容院にお声をかけて、フォトジェニックに装飾した森の中にブースを出店したり、ワークショップを実施したりしてもらいました。3分の1ぐらいは出店を断られるかなと思っていましたが、「こんな場を待っていた」と逆に歓迎してもらえたんです。市役所内では「ちゃんと人、来るんか」と心配されましたが、発信力の高い出店者の方々が告知をしてくださったことで、当日は市内外から1万人の来場がありました。
場を作ったら街を盛り上げるために動いてくださる人がいただけでなく、当日参加したまちの方々が「生駒めっちゃいい街」とSNSで発信してくださったんです。アンケートでは、7割の人に「生駒のイメージが良くなった」と答えてもらい、力を結集すればたった1日でイメージまで変えられることに感動しました。1年目は来場者だったママたちが、2年目にはブースを出展され、まちの魅力を創り出す側にまわってもらえたことも嬉しかったです。
ー行政は、あくまで場作りをする
今年2月には「まんてん いこま」というスタイルブックを作っています。夢や目標に向かって生き生きと暮らす女性を巻頭で特集し、「生駒のまちとつながれば、人生がさらに輝く」ことを伝えました。後輩の発案で、発行記念事業として生駒女子がつながる女子会「スタイリングパーティ」も実施したんです。ドレスコードも決め、会場は一軒家のギャラリー。生駒で暮らす女性と企画しました。
高校教師をしていた方が司会進行を、ワークショップはカフェを経営されている方とパーティデコレーターの方が担当されました。同じまちで暮らす方々が、楽しんでまちづくりに参画する姿は眩しいほどでした。当日、参加者の多くが「生駒には確かに同じ意識や思いを持つ人がつながって何かをはじめ、それを行政が応援してくれる雰囲気があります」「人が人を支え、後押しする温かさを感じ、この街に住んで良かったと心から思いました」などとSNSで発信してくださり、私たちの仕事は「場」をつくることだと改めて思いました。
大垣さん発案「Styling Party ~生駒を楽しむオトナ女子会~」の様子
魅力が自然発生する、オープンソースなまちづくり
ー市民が参画することで、プロジェクトに深みがうまれる
広報担当のとき、行政だけで情報発信をすることに限界を感じ、立ち上げたのが「いこまち宣伝部」という1年任期のPRチームです。市民のみなさんが中心となって映像やフォトブックを作ったり、公式フェイスブック「まんてん いこま」で発信したり、チームに分かれて活動されています。この事業を通じて、地域の魅力は新しく作るんじゃなくて編集すればいいことに気づきました。
フォトブックに掲載されたこの写真のタイトルは「街のヒーロー」なんです。日常を編集すれば、まちの魅力に昇華するんですよね。宣伝部には、デザイナーや学校の先生なども多数参加されていて、新しい担い手発掘の場にもなっています。事業に関わった人が、自立して魅力を発信・創造する側になり、その魅力がまちに関わるきっかけをつくる…という循環をつくれたら最高ですね。
いこまち宣伝部が手がけたフォトブック
一般的な地方創生の枠組みと異なる生駒市のプロモーション
ーシティプロモーションというと、移住者を集めることが一般的ですが
「シティプロモーションの目的は、市外向けに情報を発信して人口を増やすことじゃない」「推奨者と参画者を増やすことで地道だけれど確実な成果を出すんです」と何のデータもないのに、もっともらしく唱え続けました。
理解してくださる市長の存在はとても大きいです。毎年話題になる採用広報も長年担当していますが、他の自治体の方からは「よくこれを許してもらえますよね。それがすごい」と言われます。行政は前例を盾にして説明しますが、前例がないことにチャレンジすることを許容してもらえるのはありがたいですね。
個性的な地域資源があるまちで働く同業者を、長年うらやましく思っていました。世界遺産も雄大な自然も、有名な食べ物もなく、個性を出すのが難しいといわれるベットタウンで、私はどうすればいいんだろうと拗ねていた時期も乗り越えて、こんな素敵な生駒のまちでプロモーションを担当できることが心から幸せだと思っています。
ーシティプロモーションの成果を図る尺度は
市民満足度調査を利用して、生駒を誇りに思う人の割合と生駒に住むことを他人に勧めたい人の割合を調査し、それをKPIにしています。
周辺地域で暮らす方々がどんなふうに生駒を見ているかもインターネットを使ったアンケートで調べています。そのアンケートでは、認知度と居住意欲に相関関係がないことがわかりました。居住意欲と相関関係があるのは街のイメージだったので、ブランド力や雰囲気をあげることに予算も労力も集中させていきたいです。
転職して10年になりますが、ローカルやソーシャルがかっこいいというトレンドにのって生駒にもたくさんの市民活動がうまれ、起業される方が増えました。街に関われば、まちの魅力が生まれるだけでなく、個人にとってもまちに友達や自分の居場所ができます。これこそが、定住意欲を高め、社会資本となって、まちの強みになっていくはずだと信じて働いています。
小紫市長が推奨する「地域に飛び出す公務員」の代表選手のような大垣さんは、まちに出て市民と話すことで新しいアイデアが生まれるそうです。計画や予定調和を好む行政組織内にあって、オープンソースで筋書きのないコンテンツを市民との協創で作っていく大垣さんの仕事ぶりは異質に映ることでしょう。しかし、結果を伴っているからこそ、自由にやらせてもらえる信頼関係が小紫市長との間に結ばれているように感じました。
飛び道具として威力の高い事業を次々に繰り出していくアイディアは、役所の中に閉じこもっていても湧いてくるものではありません。自ら率先して地域に存在する活力を見つけ出すスタンスや、何気ない地域資源を編集して魅力に変えていくというマインドセットは、多くの自治体にとっても参考になることでしょう。大垣さんが発起人の一人となって始まったオンライン上の勉強会「広報基礎 愛の100本ノック」の取組みは、2017年12月に終了しましたが、ノックの若手メンバーが新しいグループ「ひと・まち・つなぐ広報カフェ」を立ち上げ、学びの場が継承されています。
公務員の仕事を生き生きと楽しみ、同時に、いち市民として自分の住むまちの魅力に気づいているという、ワークとライフが一体となったあり方こそが、大垣さんという”人の魅力”にも繋がっていると感じます。ベッドタウンだから何もないで終わらせることなく、人にフォーカスして市民が活躍する場を創っていくことは、市民参画や住民主体のまちづくりといったあるべき姿を実現していくための、回り道に見えて王道だと思うのです。
※奈良県生駒市 市長の取り組み、方針については「定住意向率85.7% 市民に愛されるベッドタウンから始まる 「自治体3.0」をお読みください。
取材・文:東大史