2026年3月20日、茨城県鉾田市(ほこたし)にて今年度最後となる農業体験プログラムを実施しました。
今回、受け入れ先としてご協力いただいたのは、農園「村糸」(むらいと)の皆さんです。村糸では、春はメロン、夏はトマト、冬から春にかけてはいちごを栽培しており、現在はインドネシアからの実習生たちと共に日々の農作業に励んでいます。
目の前の土と真摯に向き合いながらも、代表である井関拓実さんの将来の目標は、「インドネシアに農園をつくること」。今回のプログラムには、そうした村糸さんが持つ独自のビジョンや、農業のグローバルな可能性に関心を持つ参加者の方が集まりました。
本記事では、当日の農業体験の流れを振り返りながら、参加者のお二人に伺ったリアルな声をお届けします。

今回の参加者

(右)娘の森田裕菜さん(左)森田裕美さん
今回の参加者は、群馬県安中市(あんなかし)からお越しいただいた親子のお二人です。
お二人は2025年に鉾田市を舞台に実施された体験型の旅プログラム「タイミートラベル」(*)を通じた農業体験に参加をされていました。その際には、さつまいも農家さんにて干し芋の加工作業を体験し、鉾神社や北浦、鹿島灘海浜公園などの主要な観光スポットにも訪れています。
(*)タイミートラベル…タイミートラベルは、地方での仕事や生活の体験を通じて、滞在費を賄いながら第二の故郷を見つけることができるサービス。2025年4月30日をもってサービス終了している。
【森田裕美(もりたゆみ)さん】
地域創生に強い関心を持ち、全国の農業体験情報を常にリサーチしているアクティブな行動派。農業体験は複数回の経験を持ち、鉾田市はタイミートラベルに続き今回が2度目の訪問となった。
【娘の森田裕菜(もりたゆな)さん】
この春から社会人になる大学4年生。2024年にはオーストラリア・メルボルンに半年間留学。現地のオーガニック農家でベリー類の農業ボランティアも経験した。帰国後は農業への関心がさらに高まり、お母様の森田裕美さんとともにタイミートラベルの農業体験に参加している。
農園「村糸」代表・井関拓実さんとは

村糸 代表 井関 拓実さん
農園名「村糸」は、「村」と「Light(光)」を重ねた造語です。「村が元気であれば、街も元気になる。糸をたどるように人が集まり、迷ったときは光を目印に帰ってこられる場所でありたい」そんな想いを込めて名付けたと、井関さんは話します。
井関さんはもともと農家を継ぐ予定はなく、大学卒業後は外国人技能実習生の受け入れ機関で事務として勤務。その後インドネシア・ジョグジャカルタへ1年間留学し、ジャカルタの日系企業で現地採用として働きました。海外での経験の中で「自分はこれから何を積み重ねて生きていきたいのか」と自問するようになり、農業の道を志すことを決意。熊本の農園で数年間いちご栽培を修行し、その後地元の鉾田市へ戻りました。
現在は両親とインドネシア出身のスタッフとともに、いちご・メロン・トマトを中心とした栽培に取り組んでいます。日々のミーティングはインドネシア語で行われ、将来的にはインドネシアでの農園立ち上げも視野に入れています。
当日の体験の流れ
午前9時、鉾田市田崎の農園「村糸」に参加者が集合。まずは井関さんによる施設見学と栽培説明からスタートしました。今回の体験はいちごがメインではありますが、メロン栽培の様子も見学させていただきました。

村糸では、高設ベンチと土耕の2つのスタイルでいちごを栽培しています。この2つの方法をあえて採用しているのは、目標としているインドネシアでの農園立ち上げの際に、現地に適した栽培方法を選べるようにするためとのことです。

高設ベンチでのいちご栽培の様子。
ハウス内にウォーターカーテンを張り巡らせて保温し、高設ベンチ内には温湯管を備え付けて地温をコントロールするのが、井関さんのこだわりです。年間を通して温度が安定している地下水を用いるので、外気が冷え込む日も暖房に頼らずに済みます。

ハウスの屋根に張り巡らされたウォーターカーテン
ハウス内のCO₂濃度も細かく管理するなど、実際に見学させていただき、お話を伺うと目に見えない数字にまで気を配る精密さを感じました。「地温の貯金、という感覚で管理しています」と井関さんはお話しされます。
9時30分からはいちごの収穫を実際に体験しました。インドネシアからの実習生のお二人に教わりながら、いちごの見分け方や傷つけずに収穫する方法を学んでいきます。


お昼休憩を挟みながら、午後も作業は続きます。お昼休憩では地元の人気店のお弁当をいただきました。

13時からはいちごのパック詰め・手入れ体験がスタート。

いちごは触った部分から傷みはじめてしまう繊細な食品。見た目の美しさと鮮度維持の両立が重要なため、効率を意識しながらも丁寧に行わねばならない、非常に緊張感のある作業です。いちごの重さ、大きさ、形を見極めて決まった並びでパックに詰めていきます。出荷や保存の形態に合わせて、さまざまな専用資材が使用されていることも印象的でした。

14時30分からは交流の時間とインタビューをさせていただきました。気づけば時間はあっという間に過ぎ、15時過ぎに体験は終了しました。
参加のきっかけ。偶然が重なって、ここにたどり着いた

お母様の裕美さんはもともと地方創生に強い関心を持ち、全国の農業体験情報を常にリサーチしているアクティブな行動派。地域体験をいくつも重ねており、過去にはキャベツや枝豆の収穫、さつまいも農家など複数の農業体験を経験してきました。今回の鉾田市は2度目の訪問です。
——今回参加してくださったきっかけを教えていただけますか?
裕美さん:もともと農業体験にはずっと興味があって、ネットでいろんなプログラムを探し続けていたんです。リゾートバイトから農業体験まで全国のものをいつもチェックしていて。タイミートラベルの農業体験に参加した際に坂田さん(*)と出会ったことがきっかけで、より積極的に探すようになりました。
(*)坂田さん…鉾田市の地域活性化起業人。今回の農業体験では現地でコーディネーターを務める人物。
——タイミートラベルが農業体験に興味を持つきっかけとなったんですね!
裕美さん:そうなんです!そんなとき、ちょうど鉾田市の公式ページを見ていたタイミングで坂田さんから連絡が来たんです。「今回はいちごの農業体験なんですが、参加しませんか?」って。本当に怖いくらいピッタリのタイミングで(笑)。
——それはすごい偶然ですね…。申し込みの決め手は何でしたか?
裕美さん:募集ページに「国際」「インドネシア」って書いてあったことです。娘(裕菜さん)が2024年に半年間オーストラリア・メルボルンへ留学へ行っていて、そこでの体験がきっかけで農業への関心も高まっていたころだったので。農業体験だけじゃなく、インドネシアの人ともつながれるかもしれないよ、と娘に伝えたら、すぐ「行きたい!」ってなりました。しかも4月から茨城県で働くことが決まっていたので、全部“茨城”でつながった感じがして。これは絶対行くべきだと思いました。
一方の裕菜さんは、オーストラリア・メルボルンへの半年間の留学中に農業との接点を持ちました。語学学校に通いながら、現地のオーガニック農家でベリー類の収穫ボランティアを経験。メルボルンには移民が多く、人種に関係なくウェルカムな文化があり、コミュニティガーデン(*)で近所の人たちと一緒に野菜を育てて食べてお茶して帰る……そんな気軽な「農」との関わり方も体験しました。そして帰国後の2025年2月、お母様とともにタイミートラベルで鉾田市を初訪問。さつまいも農家さんでの干し芋加工体験では、「干し芋が商品になるまでにこれほど手間がかかっているとは知らなかった」と驚き、「農家ごとに雰囲気が全然違う」ということも肌で感じました。
(*)コミュニティガーデン…地域に住む個人またはグループが主導し、公園や空き地などの場所を共同で花壇や菜園として管理し栽培するオープンスペース
——オーストラリア・メルボルンでの農業体験は、今回参加するきっかけになりましたか?
裕菜さん:そうですね。オーストラリアから帰ってきてすぐでしたが、日本の農園も見てみたいと思っていたので参加しました。メルボルンでやっていたのはオーガニックの農家で、形が悪くても気にしないし、虫が集まるくらいが美味しい証拠、みたいなところで。それに、コミュニティガーデンって入会500円払うだけで誰でも参加できて、みんなで育てて、収穫して、食べてお茶して帰るだけ。すごくラフで楽しくて。農業って、もっと身近でいいんだと思っていました。
帰国後、タイミートラベルのプログラムで日本の農業体験にはじめて参加した裕菜さん。
さまざまな農家を訪れ、農家ごとの個性や雰囲気の違いを肌で感じてきました。
体験してみて——「農業って、人によるんだなと思いました」
国内外で農業体験を重ねてきた裕菜さんですが、「農家さんによって雰囲気や空気感がこんなに違うんだ」と特に感じたのが「村糸」でした。
——実際に体験してみていかがでしたか?
裕菜さん:農業のことだけじゃなく、代表の井関さんが人と人との交流を大切にしているんだということがすごく伝わってきました。もっと堅苦しいイメージがあったんですが、全然違って。実習生の方にもフレンドリーで、シーンとなってしまうような緊張感は無いんですけどダラダラせず、やることはちゃんとやっている。農業のやりかたって、人によるんだなって思いました。
裕美さん:すごく考えられているなあと感じました。実習生の方との関係性も、ちゃんと人として向き合っているのが伝わってきて。想像していたものとは全然違いましたね。「村糸」という名前の由来を読んで、この農園には「つながり」を大切にする人がいると感じていたんですが、実際に来てみてその通りでした。
——特に印象に残ったことはありましたか?
裕美さん:井関さんとスタッフさんとのやりとりを見ていて、人への接し方について考えさせられました。優しく教えるだけじゃいけないんだなって。言わなきゃいけないことはちゃんと言う。嫌われることを恐れずにメリハリをつけないと、良い物は出来上がらないんだって強く感じましたね。私自身がパートで人に教える立場が多いので、すごく刺さりましたね。農業体験のはずが、自分の仕事や人との向き合い方を見つめ直す場になっていました。
鉾田市への想い——観光地じゃない、リアルな地域の魅力
お二人にとって今回は2度目の鉾田訪問。前回と比べ、今回の農業体験はまったく違う質感だったといいます。

——前回と比べて、鉾田市の印象は変わりましたか?
裕菜さん:前回は農業体験そのものにフォーカスされていた感じでしたが、今回は人との繋がりを感じる場面が多かったですね。農業体験ってカチッとしたものなのかな、というイメージがあったんです。でも今回は全然違いました。体験自体も面白いなと思いましたし、みんなで笑った瞬間も含めて、本当に楽しかったです。
——この体験を、誰かに伝えたいと思いましたか?
裕菜さん:JICA(*)関係の友人や、インドネシアに興味がある人には絶対に話します。それと、4月から入る会社の人にも伝えたいです。鉾田市って、茨城の人でも知らないことが多いと思います。でも、「こんなにおもしろい場所があるんだよ」ともっと目を向けてほしいですね。
(*)JICA…独立行政法人国際協力機構(JICA/ジャイカ)は、日本の政府開発援助(ODA)を一元的に行う実施機関。途上国の人々の暮らしを支えたり、国づくりを助けたりする組織。
次回への期待「収穫じゃない、泥臭いプロセスが見てみたい」

——次回来るとしたら、どんなことをしてみたいですか?
裕美さん:実は「しじみ」がすごく気になっています!鉾田市の名産なのに、どうやって採るのかまったく知らなくて。素人が体験できるものなのかもわからないけど、その裏側を見てみたいです。
裕菜さん:私はいちごについてもっと深く知りたいです!土作りや苗植え、病害虫への対策、pH管理とか。身近なところから家庭菜園なんかをやるときに、持ち帰って使える知識があるとうれしくて。あとは収穫体験以外もやってみたい!土作りや草むしりみたいな、大変なところをもっと体験したいんです。農業の大変さって、収穫の場面ではないところにあるから。私ももっとみんなと作業したかったので、もし私や母にもできる作業があればぜひヘルプに行かせてください!
裕美さん:1年を通じて同じ農園に何度も通い、1つの作物の一生を学ぶ年間栽培プランのような通し企画があれば最高ですね。「今年はいちご、来年はナス」というように深く関わってみたいです。
——最後に参加をためらっている方へ、アドバイスをいただけますか?
裕美さん:私と娘は興味があればどこでも行っちゃうタイプなので、ハードルの話は正直あまりピンとこないのが正直なところなんです(笑)。
——なるほど(笑)さすが行動力のあるお二人視点のご意見ですね。では今後の農業体験にあたりこうだったらいいな、ということがあればぜひ教えてください。
裕美さん:こういう体験はむしろ届ける層を絞った方がいいかもしれません。「収穫して食べられます」という打ち出しだと、天気が悪ければやめようかな、となってしまう。農業をもっとディープに知りたい人、家庭菜園をやっている人、国際交流に興味がある人。そういったつながりを求める層にピンポイントで届けた方が、絶対に来てくれると思います。
裕菜さん:植物が好きな人が情報を交換する用のSNSがあるんですけど、そういったコミュニティとかにも、きっと刺さるんじゃないかなと思います。
——お二人とも、本日はありがとうございました。
編集後記

現場の温かい一体感に甘え、ちゃっかり集合写真に混ぜてもらった室井
今回のプログラムには、私も取材として同行させていただきました。しかし、気づけば村糸の井関さん、そして参加者の森田さん親子の圧倒的な熱量に、私自身がすっかり引き込まれた一日となりました。
特に印象深いのは、ハウスの中で井関さんが語ってくれた「地温へのこだわり」です。淡々とした語り口の端々に、日々の試行錯誤が滲んでいました。土を作り、温度を管理し、病気や天候と対峙する。それほどの手間をかけても、流通の現場ではおいしさより日持ちが優先されてしまう現実がある。いちご一粒に凝縮された判断と労力の重みを、改めて突きつけられた気がします。そんな厳しい状況下でも、井関さんの原動力は“消費者の喜ぶ顔”だというお話も伺い、深い感銘を受けました。
同時に、森田さん親子の姿にも大きな刺激を受けました。とにかく行動力が半端じゃない!好奇心のままに動き、出会いを素直に楽しみ、体験から自分の日常へのヒントを持ち帰る。農業体験をきっかけに人生を豊かにしていくお二人の姿は、このプロジェクトがなぜ大切なのかを、改めて教えてくれた気がします。
当日体験終了後もみなさんの話は尽きず、気づけば終了予定時間を過ぎていました。
別れ際、森田さん親子の見せた晴れやかな笑顔と「またどこかで、絶対に繋がれると思うので」という言葉。それは単なる観光客と農家という枠を超え確かな絆を感じさせるものでした。こうした関係性こそが、今後私たちが目指すべき関係人口の理想的なモデルケースとなっていくはずです。
今年度最後のプログラムとなりましたが、来年度も引き続き、鉾田市の関係人口を増やすため尽力してまいります。
文責:ネイティブ.メディア編集部 室井




