澄んだ醤油色のスープに、鶏の脂が金色に浮かびます。その上に、ごく薄く切った柑橘がひとひら。顔を近づけると、さわやかな香りがふわりと届きます。この一杯をつくったのは、船引町「麺ゃ えねる」(以下、えねる)の店主・鈴木隆志さん。2024年9月、30歳の年に、生まれ育った田村市で自分の店を開きました。

えねるぎっしゅに迎えてくれた、店主の鈴木隆志さん。趣味は筋トレ

福島の食材を一杯にこめる

えねるのコンセプトは、地元の食材で最高の一杯をつくること。県外や海外の高級食材を使えば、おいしい料理はできます。それでも鈴木さんは、田村市産のエゴマや野菜をはじめ、米、卵、ネギ、海苔など、福島県産の食材にこだわり続けています。

「農家さんやお店に足を運んで、どんな思いで作っているのか、どこを表現してほしいのかを聞きに行きます。会って話を聞いてこそ、一杯が作れる。ほかのラーメン店ではあまりやっていないことだと思います。修業時代の親方もそういう人だったので、影響を受けているのかもしれません」

スープの土台は、会津地鶏・川俣シャモ・伊達鶏という、福島県を代表する3つのブランド鶏。そこに白河の生揚げ醤油と鶏油を合わせます。麺は、福島県産小麦「ゆきちから」の自家製麺です。「既製品の麺では、表現の幅が狭まってしまうので」。

鈴木さんのおすすめは、澄んだスープの淡麗系ラーメン。「特製地鶏生正油らぁ麺」には、ローストポーク、チャーシュー、鶏むね肉、川俣シャモとポルチーニのつみれと、調理法の異なる肉が所狭しと並びます。フライドエノキやネギ、季節の柑橘も添えられ、食感や香り、味の変化を楽しめる一杯です。ほかにも、店の住所から名付けたガッツリ系「源次郎ラーメン」や、田村市のエゴマを使った「船引式担々麺」などがあります。

特製地鶏生正油らぁ麺

かっこいい大将の背中に憧れて

小学生のときには将来ラーメン屋になると決めた鈴木さん。きっかけは、地元・船引町の「丸信ラーメン 船引店」の存在でした。

「うちは外食が少ない家で、卒園式や野球の試合に勝った日など、節目に行くのが丸信ラーメンさんでした。大将が『今日ちょっとチャーシュー仕込みすぎたから、食え』なんて声をかけてくれる。チェーン店にはない、田舎ならではの関わり方が、子どもながらにかっこよくて。自分にとっては、今もレジェンドです」

「子どもの頃、お腹がすくと2人の姉に『何か作って』と頼んでいたんですが、出てくるのは丸焦げだったりして。『姉とは違うジャンルの料理を自分で作ろう』と、レシピを見たりアレンジしたりするうちに、料理の魅力にはまっていきました」

今でも、テレビやSNSで知らない料理を見つけると、作ってみるという鈴木さん。「自分だったらこうするかな」「ラーメンにしたらどうなるだろう」と考えながら、改良を重ねることもあるそうです。

魚屋、ホテル、日本料理の板前…経験と技術を積み上げた20代

野球少年だった鈴木さん。高校時代は甲子園を目指し、始発で出て終電で帰る、部活漬けの毎日を送っていました。3年生の夏に引退してから、ラーメン屋になる夢に本格的に向き合い始めます。

「作りたいラーメンを作るには、食材を扱えないといけない。特に魚を捌けるようにならなきゃと思って、郡山駅構内の魚屋さんにアルバイトをお願いしに行きました。鮮度が良くて種類も豊富、マグロが1本まるごと入ることもある店で、『ここならいろいろ見られるな』と前から思っていたんです。通学のときに挨拶もしていたので、頼みやすかったですね。授業の前後に働いて、引退後も始発で出て終電で帰る生活。高校生なので掃除ばかりでしたが、たくさんの魚に出会えました」

そして3年生の9月、一人の和食の料理人が高校を訪ねてきます。「料理でも何でも、最後までやり通せる根性のある子を探しています」。専門学校に進むつもりだった鈴木さんでしたが、これは運命だと感じ、先生たちも「隆志しかいない」と背中を押してくれました。高校卒業後、その料理人に弟子入りする形で、“郡山の応接室”と呼ばれる「ホテルハマツ」で働き始めます。「何歳でどうなるか、今決めろ」と言われ、18歳の鈴木さんは「30歳で自分の店を開きます」と答えたそうです。

「親方が福島県の和食の調理師会のトップだと知ったのは、後になってからです。親方の言うことは絶対。『これ、やるよな?』と言われたら、答えは『はい』か『イエス』。チャンスが見えたら、誰よりも早く、噛みつくように手を挙げる。その姿勢は、修業時代に体にしみ込みました。日本料理の板前として入ったので『ラーメン屋を開きたい』とは言えませんでしたが、親方は薄々気づいていたみたいです。賄いをいろいろ作りましたが、先輩たちが黙々と平らげるのはラーメンだけでしたから」

ホテルで4年間、大量調理を経験した後、同じ郡山市内の「すき焼しゃぶしゃぶ 京香」でさらに4年間修業し、研ぎ澄まされた日本料理の技術を身につけます。親方のもとで、全国の展示会や料理コンテストにも挑戦し、「技能五輪全国大会」の和食部門には福島県代表として出場しました。

コロナ禍をきっかけに、「30歳の目標を必ず叶えたい」と改めて考えた鈴木さん。板前の経験だけではラーメン業界に入れないと感じ、郡山の人気店「らぁ麺おかむら」で働き始めます。技術を見込まれ、4年間で店の代名詞である限定麺を任されるまでになりました。「1000人呼べないようじゃ、自分の店は出せないぞ」という親方の言葉を胸に、自分の名前でSNSを始めて毎日投稿し、独立前に約1500人のフォロワーを獲得。宣言どおり、30歳の年に「麺ゃ えねる」を開店しました。今は奥さんやスタッフと一緒に店を営んでいます。

桃にチーズにモンブラン!?概念をぶち壊す限定麺

店名の「えねる」は、“エネルギー”から。自分のつくるラーメンで、来てくれたお客様に元気を届けたいという思いを込めました。子どもからお年寄りまで誰でも、一文字ずつでも読めるよう、ひらがなにしています。サブタイトルの「Ramen of energy」とあわせて思いの伝わる名前ですが、「えねるって、なんだべ?」と聞かれることもしばしば。そんなときは「元気を届けたいんです」と答え、会話のきっかけにしています。

えねるの名物が、限定麺。形式の決まった和食や中華と違い、ラーメンは自由に作れる。その魅力を存分に生かして、「概念をぶち壊すつもり」で開発しています。地元のキノコを使った「マッシュルーム中華そば」、栗の「モンブランラーメン」、「福島ももと生ハムの冷製地鶏塩らあ麺」、「メープルサーモンと純貝出汁の海苔そば」……。季節ごとに、驚くような一杯が登場します。変わり種の次は正統派、ガッツリ系の次はきれいめと、出し方にも緩急をつけ、続けて通っても飽きない工夫をしています。限定麺は常連さんを楽しませるだけでなく、新しいお客様を呼ぶ役割も。SNSやテレビで知って限定麺を食べに来た人が、次は定番を食べに来ることもよくあるそうです。

「発想のもとは、和食のコース料理です。コースは何皿もかけて表現できるけど、ラーメンは一つの丼の中で変化をつけないといけない。ももの冷製ラーメンなら、マスカルポーネがスープにどう溶けていくか。モンブランなら、食べ進めるほど栗の味が濃くなるように。丼の中で起きる変化や時間まで計算して、一杯を組み立てています」

2026年9月の限定麺・モンブランラーメン。栗の甘みとニンニクの風味がマッチする意外な一杯。写真で見えているのはモンブランのクリームで、クリームの下に麺がある

モンブランラーメンの栗は、鈴木さんの親戚の家から。さらに、店に来るおじいちゃん、おばあちゃんが「わげの栗も使ってけろ(うちの栗も使ってくれ)」と、次々に持ってきてくれたそうです。提供期間中にむいた栗は、およそ3500個。包丁で一つずつ、ほぼ一人で、徹夜した日もあったといいます。

「東京じゃこんなのできないですよね。栗は仕入れたら高いし、地元のおじいちゃん、おばあちゃんの協力もなかなか得られない。支えられてます」

新しい限定麺を考え続け、生産者を訪ね、麺も一からつくる。聞いているだけで目が回りそうですが、鈴木さんは楽しそうです。

「勉強は苦手で、10問解いただけで『努力したな』って思っちゃう。でも料理は、大変だとも、努力してるとも思わないんです。毎日楽しくやらせてもらってます」

小さな子どもと一緒にラーメンを楽しめるように

絵本や動物型の椅子など、子どもが楽しく過ごせるよう工夫

海が好きな鈴木さんらしく、店内は明るく開放的。カウンターとテーブル席のほか、小上がりの席には「お子様優先席」の文字があります。子ども用の椅子や絵本、新生児のためのバウンサーも用意され、メニューにはお子様ラーメンも。

「子どもがいると、ラーメン屋さんってなかなか行けないんですよね。自分にも3人子どもがいるので、よくわかります。外食はつい、チェーン店やファミレスになりがち。子どもがいてもラーメンを楽しんでほしいし、自分が丸信ラーメンの大将に憧れたように、今の子どもたちにも『田舎だけど、こんなふうにエネルギッシュにやっている店がある』と知ってほしい。だから、お子さん連れを歓迎しています」

子ども用の食器も充実。鈴木さんの子どもが保育園に行けない日は、店に連れてきて一緒に見たり、おんぶしたりしながら、乗り切っているという

ラーメンから見える田村市の自由さ

30歳で店を持つという目標を叶えた鈴木さん。次の挑戦は、キッチンカーでのラーメン屋台です。

「夜8時を過ぎると静かになるまちなので、自分から人のいる場所へ出ていこうと計画しています。屋台の夜鳴きラーメンが、市外から人を呼ぶきっかけになればいいなと。老舗のラーメン屋さんと張り合って自分に何ができるかといったら、エネルギーしかない。やらなければ成功もしないので、いっぱい失敗しながらチャレンジを続けたいですね」

「県外のイベントにも呼んでもらえるようになりましたが、一番の目標は、田村市に根付いた店であり続けること。そしていつか、『田村市といえばエゴマだよね』と、世界の人に知ってもらいたいです」

福島でラーメンといえば、白河と喜多方。それぞれに「これがラーメンだ」という正解の味があります。でも田村市は違う、と鈴木さんは言います。

「店を出してわかったのは、田村市は自由で、若い人や挑戦したい人を応援してくれるまちだということ。何を作っても受け入れてくれるんです。逆に『食べてくれるんですか?』って、こっちが聞きたくなるくらい。突拍子もない限定麺を出すと、『Instagram見て来たよ』とおじいちゃんやおばあちゃんが食べに来てくれます」

「こんなことをやりたいと話すと、年配の人も若い人も『いいじゃん、やっちゃいなよ』と背中を押してくれる。起業のための補助金があって、出店できるイベントもあります。挑戦したい人が挑戦しやすい、すごくいいまちだと思います」

田村市で暮らすことになったら、「麺ゃ えねる」を訪ねてみてください。ちょっと疲れた日にはエネルギーを補給しに、元気な日にはもっと元気をもらいに。鈴木さんが、えねるぎっしゅな一杯で迎えてくれるはずです。

麺ゃ えねる

住所:福島県田村市船引町船引字源次郎113(メガステージ田村内)
電話:0247-61-7565
営業時間:昼:10:00〜15:00、夜:18:00〜20:00(閉店15分前ラストオーダー、材料無くなり次第終了)
定休日:月曜(日曜・祝日は昼のみ営業)。特別営業・不定休あり。営業日はInstagramで毎月お知らせ
支払い:現金のみ(紙幣は低額紙幣のみ対応)
駐車場:あり(メガステージ田村の駐車場)
Instagram:https://www.instagram.com/menya_ener/
公式アプリ(スマートフォンのみ):https://apps.apple.com/jp/app/menya-eneru/id6737252455
お問い合わせ:電話またはInstagramのDM


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