2022年8月、伯方島にオープンした「pizzeria da ISOLANI(ピッツェリア ダ イゾラーニ)」。奈良で育ち、大阪でイタリアンなどの飲食店を手がけてきた越智翼さんが、母の故郷であり、自らの出生地である伯方島に移住し、開いたピッツェリアです。本格的なナポリピザが味わえるお店として、少しずつ島内外でその名前が知られてきた同店に伺い、長年の経験を活かしこだわりを詰め込んだ専門店を開いた理由や移住してきた経緯、オープンして半年経った現在の思いなどをお聞きしました。

イタリアで出合った、地元の魅力を活かしたカジュアルな店を目指して。

奈良県で育ち、20歳からは飲食の世界に飛び込み、長く大阪で仕事をしてきたという翼さん。伯方島には母の実家があることから、小さい頃は夏休みに遊びに行くことも多かったそう。ですが、27歳で自身の飲食店を開き、慌ただしい日々を過ごしてきたため、大人になってからはそれほどなじみのある地ではありませんでした。移住に至ったのは「2年ほど前になるでしょうか。父が亡くなってひとりになった母が、ゆくゆくはこちらで過ごしたいという気持ちを聞いたのが、移住を考えるきっかけでした」。

大阪でイタリアンを経営していた翼さんは、母とともに伯方島へ移住することを決意。「島に移るとしたら、大阪のお店を閉じることになる。どう働こうかと考えて、島でピッツェリアを開こう!と思ったんです」。その理由は、と聞くと「それしかできないから、かなぁ」と照れたような笑顔を見せる翼さん。そもそも、イタリアには、日本人がイメージするようなイタリア料理や、どこでも同じピザやパスタを提供するスタイルの飲食店はほとんどないそうで、その土地の魅力を活かした店が多いと言います。「現地に行って感じたことでもあるんですが、地元の食材を使うのが、僕が思うイタリア料理なんですよね。島であれば、しまなみの食材を活かして、現地にあるようなイタリア料理店をやれるんじゃないかと考えたんです」。翼さんがイメージしていたのは、特別な日だけ訪れるような料理店ではなく、日常使いしてもらえるようなお店。南部の港町、ナポリを中心とし、実際にイタリアで出合ったようなカジュアルなお店を目指したと話します。

お店があるのは島の中心部に向かう道路沿い。ナポリの街並みにあるようなパステルイエローの外観が目を引く。

生地にも具材にも、しまなみ“らしさ”を盛り込んだ、唯一無二のピッツァを。

いずれ訪れる日に備えて、しまなみらしい食材を取り寄せては大阪で研究する日々を過ごしてきたという翼さん。地元・今治産の小麦と北海道産小麦を独自に配合し、伯方島の名産、伯方の塩を使用。小麦の香りともっちりとした食感が楽しめる生地を作り上げました。

定番のマルゲリータやマリナーラをはじめとするピッツァの具材にはしまなみの豊富な食材を使用。伯方島のレモンを使ったピッツァ「リモーネ」や、青ネギを使った「青ネギとゴルゴンゾーラ」など、地産地消を取り入れたメニューを開発。大阪での店舗経営と並行して伯方島での店舗の内装工事などを行い、2022年7月に移住。翌8月にイタリア料理店「ピッツェリア ダ イゾラーニ」をオープンさせました。

ランチタイムにはピッツァを中心としたランチメニューを、ディナータイムには前菜や小皿料理、パスタ、肉や魚料理など幅広い料理を提供する同店を切り盛りするご夫妻。移住後すぐにお店をオープンさせたため地域のことは「まだまだ知らないことばかり。これからゆっくり知っていきたい」と話しますが、店舗のほうはすでにサイクリストなどの観光客や島に住む家族層を中心に「伯方島で本格的なピザが食べられる」と話題に。そう伝えると「いやぁまだまだわからないですね。まだお客さまの層や何曜日が忙しいなど、そういったことが全然読めない状況です」と顔を引き締める翼さん。ですが、続けて「定期的にテイクアウトしてくれるというように、地元の方の利用も少しずつ増えていますね」と微笑みます。

ランチにセットされる前菜盛り合わせにも島の食材がふんだんに使われています。

爽やかなレモンの風味が楽しめる「島レモンのリモーネ」。しまなみの魅力がギュッと詰まったひと皿。

便利さと豊かさは同じではないから、一つひとつものごとに関わって生きていきたい。

移住後、すぐにお店をオープンさせたため、「僕ら自身、この島の環境にやっと慣れてきたというところですね」。生活を整えるのはお店がある程度落ち着いてからという気持ちから、母は奈良に残してきていると話す翼さん。タイミングを見て呼び寄せたい、と、居住先を探しながら、現在は店舗の内装を手がけてくれた方の紹介で賃貸物件に仮住まい中です。

大阪での飲食店経営とは全く違うスタイルになる店舗経営についてや、関西の中心という利便性の高いエリアから不便なことも多い島への移住について、迷いはなかったですか?とお聞きしたところ、「迷いはそんなになかったですね」と即答された翼さん。「僕は、便利なことと豊かなことって次元が違うと思っているんです。大阪にはどんなものでもありますし便利な場所ではありますが、不便なことをカスタマイズして生きていくほうが豊かなんじゃないかっていう気持ちがずっとあった。だから、移住に対してのハードルは低かったんです」。

翼さんの言葉を横で聞いていた奥様の恵さんが「最近、SDGsという言葉がよく聞かれるようになって、世間的にも少しずつ見直されているのかなと思うんですが、便利すぎることって、いいとは限らないと思うんです。スーパーが近くにあった時は、毎日のように買い物に出かけていたんですが、今は週1回、今治市街へ買い出しに行く生活。でも不便に感じることってあまりないんです。足りないものがあれば、それに代わるものを考えるというように、工夫することで対応できています」と微笑みます。「ここでの暮らしのほうが、ないものがある分、想像力を働かせることが多いような気がします。どうすればできるかなと考えることが、新しいものを生み出すことにもつながるんじゃないかって、僕らは思っているんですよ」という翼さん。ただ与えられたモノを享受するだけではなく、自分で関わっていきながら、生きていきたい。そう考えた先にあった伯方島での暮らしは、始まったばかりです。

翼さんが料理を作り、奥様の恵さんがホールを担当。夫婦二人三脚で島ならではの店舗経営と働き方を模索中とか。

500度の電気式の石窯で約90秒。焼き上がり後、5分以内に食べるのがおすすめという本格ピッツァが島で食べられる。