島根県にある人口約6800人ほどの小さな町「津和野町」。町内の高校への入学者数減や経済衰退、人口減少をを背景に『0歳児からのひとづくり』の教育方針を掲げたこの町の取り組みが、全国的に注目されつつあることはご存じだろうか?2013年の高校魅力化コーディネーター配置を皮切りに、現在は小中学校から幼児教育にまでコーディネーターを配置し、0歳~高校までの一貫した教育づくりに町全体で挑戦を続けている。その結果、高校教育では町内高校に毎年30名近くの県外入学者が来るなど着実に成果を出しており、近年はさらなる発展を目指して幼児教育に注力しているという。今回、この『0歳児からのひとづくり』の中でもその幼児教育について、幼児教育コーディネーターとして関わる地域おこし協力隊の豊田氏、保育園の先生、健康福祉課課長の土井氏にお話しを聞き、津和野町幼児教育の取り組みやビジョンについて話を伺った。

全国初!津和野町独自の取り組みとして募集した幼児教育コーディネーター

目指す姿は津和野町が教育の先進地となり、中長期的な視点でこどもや移住検討者が増え地域の繁栄に繋げることだ。そのとっかかりとして2013年から高校・小中学校、そして2020年には幼児教育でも『0歳児からのひとづくり』の根幹となる探究型の学びを実現するために幼児教育コーディネーターを配置するに至っている。

まず最初に考えたことは、保護者がより預けたくなる保育環境を町全体でつくるため、津和野町の幼児教育に一本芯を通すこと。そのためには、行政と保育園、さらには町内保育園同士を繋ぎ、町全体で保育の課題解決に取り組む機運をつくることができる人材が必要だった。そこで、2019年度に地域おこし協力隊として幼児教育コーディネーターの募集を行った。全国でもこの職種での募集は初めてで独自の取り組みだったという。

津和野町健康福祉課課長の土井さんは、「令和元年に全国に先駆けて幼児教育コーディネーターを募集したことで東京・大阪で20~30名ほどが集まったのが印象に残っています。どんな仕事をするのかたくさんの質問や問い合わせもあり、その中から専門知識や経験がある最初のコーディネーターとして豊田さんを選定した」と話す。

初代幼児教育コーディネーターとして選ばれた元保育士の豊田さん

『0歳児からのひとづくり』に向けた幼児教育コーディネーターの役割と活動

幼児教育コーディネーターの役割は、町内の保育園全体の質を向上させること。具体的には現場の保育園と活動していくことがメインだが、一緒に取り組む中で適宜必要なニーズを整理し、より良い方向性に進むための具体案の提案まで時には行う。これまで、豊田さんを中心にこの3年間では、下記のような活動を展開している。

活動内容①:保育士への研修

町内の保育士を対象として、保育者主導の保育から子ども主体の保育への転換をテーマに研修を計画。知識を学ぶだけでなく、実践とそこから得た知見が町内全体に共有されるサイクルを意識した研修を設計し、町内全体で学び続ける保育者の育成に力を入れている。

町内全体で保育者の育成研修を行う

研修例:往還型研修・魅力化研修
2021年度より学んだことを何か一つでも実践するため、各園の担当者を決め、実践したいテーマを1年間かけて取り組む研修を実施。年度末には、各園のアクションの結果やそのプロセスを共有する事例発表会を実施している。また、実施した往還型研修をさらに翌年に発展させる形で計画した魅力化研修も実施。

事例発表会を通じて学びを深める

研修例:合同研修
町内の園同士の繋がりを生むために、合同研修を開催している。これまでには、第2回に講師に中坪史典氏(広島大学)を招き、『環境を通した保育を考える』をテーマに実施。第3回では田熊美保氏(OECD)を招き、『共創』をテーマに開催。第4回は、竹内延彦氏(元長野県池田町教育長)を招き、『おもしろい”今”をつくる、子どもと生きる』をテーマに講演会を実施している。

町内全園の保育実践事例発表や、子どもの写真展、講演会などを実施

活動内容②:DX化促進

ICT化が進まない保育業界全体の課題がある中で4つのICT化(「保育士業務のICT化」「給付費等精算のICT化」「研修・会議体のICT化」「情報共有のICT化」)によって、保育に係る業務の効率化を図る。

活動内容③:保育士現場と行政の調整役

現場からの声や意見を行政の施策に繋げるため、幼児教育コーディネーターは保育の現場に常に巡回し、町内保育士の声を拾う役割も担う。

活動から3年、見え始めた保育園での変化

幼児教育コーディネーター配置から2023年3月で丸3年が経ち、徐々に手ごたえと保育園での変化が見え始めているという。ここでは、いくつかの保育園からの声も紹介したい。

直地保育園

元々は公立園だったが民営化に伴い、改めて私立園としてスタートを切った直地保育園。そこの中心的な役割を担った河村先生の取り組みも功を奏し、当初6名前後であった園児も今では17名に増加。2023年度は定員を超える勢いで伸びている。

(取り組み内容)
・保育目標の再構築のためのミーティング
・保育実践を共有するための月1の園内研修
・園庭改革プロジェクト(保護者と地域とともに園庭に手作り遊具や、築山をつくるもの)
・ソニー教育財団に論文提出(優良賞を受賞)

直地保育園の河村先生

河村先生は幼児教育コーディネーターについて、「新しい職場で勤務を始めた際、上手くまわっていないことは感じていたが、内部の声だけでは限界があるように思っていました。そんな時に豊田さんがコーディネーターとして配属されて、園全体で保育の改革に取り組む上でいい影響があったと思います。時には内部でどんな研修を行うのがいいのか相談相手になってもらいましたし、保育目標をみんなで考え、先生同士で子どもたちの声を共有しあう文化づくりに一緒に励んでくれたように思います。正社員・パート関係なく園全体ででどんなこどもに育ってほしいのかを真剣に話し合う素地を一緒に築いてくれたことで、一人一人の意識が変わっていったように思います。また、保護者や地域の方を巻き込む園庭づくりのワークショップも行ったことで、地域全体で保育を考える機会にもなり良い評判を呼ぶようになったと思います」と変化について語ってくれた。

改革に取り組み地域全体で保育を考える

木部さとやま保育園

直地保育園同様、元公立園。民営化で直地保育園と同じ法人となる。保育目標を変えていくきっかけは園長が視察に行ってきた際の想いや、新園舎建て替えのタイミング。さらに幼児教育コーディネーターの計画した研修も後押しし、良い方向に少しずつ保育が変わっているという。

(取り組み内容)
・子どもミーティングの実践
・行事の見直し
・保育目標の再構築

勤務をする山田先生は幼児教育コーディネーターについて、「最初は保育に詳しいコーディネーターがきたという印象でした。園の方針は以前はルールを決めて子どもをきちんと座らせるなど細かく指導する方針でしたが、豊田さん達が提唱する見守り保育に方針転換し、子どもの自主性や発言・行動をより大切にするようになりました。方針が180度変わったことによる戸惑いもありましたが、それでも楽しそうに変化していく子ども達が面白かったから続けられた気がします。また子ども達のことを毎日話し合いながら、理念を手探りで考えていったのも良かったと思います。課題もまだまだありますが、先生も子どもも自分の想いをのびのびと言える環境はこの園の特徴だと思います」と変化を語ってくれた。

木部さとやま保育園の山田先生

ここでの活動について幼児教育コーディネーターを務める豊田さんは、「両先生ともに元来あった保育目標を再構築し、園長先生や他の先生方とともに全員で取り組みを進めていってくださいました。津和野町が目指す保育の方向性は「保育者主導」から「子ども真ん中、子ども主体」の保育への変革。そういったコンセプトに基づいて、幼児教育コーディーネーターとして研修を多様に設計してきたので、少しでもきっかけをつくれたらと思っていました」と活動について振り返る。

見守り保育で子どもの自主性を育む

両園だけでなく、各園の先生はこれらの研修をきっかけにしたり、後押しの材料として使用することで、それぞれの先生方もまた主体的に自らの保育を変えていく姿が見てとれたという。子どもが自由に、のびのびと遊べる、自然に触れあえる保育園が多い津和野町の幼児教育。注目が集まるのはこれらの取り組みが根幹にある。

今後は3年間の実績と課題をもとに『0歳児からのひとづくり』を発展させる

地域おこし協力隊の任期は3年のため、2023年度からは新任の幼児教育コーディネーターが配属される。豊田さんが3年間を通じて活動してきたことをもとに、今後はさらなる進化が期待される。津和野町健康福祉課課長の土井さんは、「7つの園を繋げ、津和野町の幼児教育に1本の芯を通すことを目的として幼児教育コーディネータ―を配置したが、豊田さんのお人柄や動きもあって非常によい3年間となったと感じています。行政と保育園の関係性がとても近くなり、現場からの声や課題を行政がしっかり向き合う流れもできつつあります。この3年間をもとにして、2023年度以降も新任のコーディネーターと連携しながら、生まれたときから小~高まで地域の子ども達として育てていく、『0歳児からのひとづくり』をさらに発展させていきたいと思います。まだまだ課題も多いですが、地域に関わる人が増え、生まれる子ども達を町全体で育てる津和野町としてより良い地域にしていきたいと思います」と今後について力強く語った。

津和野町健康福祉課課長の土井さん(左)、幼児教育コーディネーターの豊田さん(右)