宮城県の南部に位置する山元町。
人口1万2000人ほどの小さなこの町に、冬になると全国から多くの人が集まります。
お目当ては特産品の「イチゴ」。
栽培に適した気候と、職人が丹精込めてつくった山元町のイチゴは、甘くておいしいと県内外から高い評価を得ています。

そんな山元町のイチゴにイノベーションを起こした株式会社GRAの岩佐大輝(いわさ・ひろき)さん。
農業にAIやIoTなどの最先端技術を掛け合わせるアグリテックにより、イチゴにとって最適な環境をリアルタイムでつくり出すことに成功。

そうして生まれたのが、“食べる宝石”のキャッチコピーを持つ「ミガキイチゴ」。
1粒1000円もする超高級イチゴです。
2012年のリリースから瞬く間に認知度を上げ、いまとなっては、5万人以上の人がミガキイチゴを求め、国内外から山元町にあるGRAのイチゴ農場に足を運ぶようになりました。

岩佐さんの原点となった少年時代

岩佐さんがGRAを立ち上げたのは2011年7月。
東日本大震災の4ヶ月後のことでした。それまでは、東京でITエンジニアリング会社を20年ほど経営。
農業とは完全に異業種のフィールドです。その原点は、岩佐さんが小学生のときまでさかのぼります。

株式会社GRAの岩佐さん

岩佐さん:「子どもの頃からずっとパソコン少年だったんです。小学生くらいのときに中古のパソコンを買ってもらって、中学生になってからは新聞配達をして自分で30万円くらいのパソコンを買って。
趣味程度に人工知能のプログラムやゲームを作って雑誌に投稿していました。

ひとりの人間の力ではできないことでも、コンピューターを使うことでさらに高速に、かつ正確にできる“万能感”みたいなところに惹かれたんですよね」

その後も独学でITスキルを身につけ、フリーランスのエンジニアとしてキャリアを歩みはじめた岩佐さん。ITが急速に普及した世間の追い風もあり、大学在学中の2002年に法人化して一気に事業を加速します。岩佐さんが24歳のときでした。

 

東日本大震災で人生が激変

順調に会社を経営していた岩佐さんの人生を変えたのは、2011年3月11日に発生した東日本大震災。

国内観測史上最大となるマグニチュード9.0の巨大地震により発生した大津波が、東日本を、そして山元町を襲いました。

山元町で生まれ育った岩佐さんは、いてもたってもいられなくなり故郷のボランティア活動に参加。
半年後、最終的に出した解は、農業生産法人の「GRA」を立ち上げることでした。

GRAが運営するいちご農場「ICHIGO WORLD」

岩佐さん:「復興させたい一心でボランティア活動を半年ほど続けました。でも、どうせやるなら自分のプロフェッショナルな領域で復興の一助になりたいと考えました。
これまでのゼロからイチをつくってきた経験を活かせるのは起業だろう、と」

そこで、山元町の特産品である「イチゴ」を事業としたGRAの立ち上げを決意。しかも、従来のイチゴ栽培にはなかった、テクノロジーを掛け合わせたアグリテックによる事業でした。

電子とICTの融合により、匠の農業にイノベーションを

 

なぜ彼は、まったく経験のない農業にチャレンジしようとしたのでしょうか。
続きはSENDAI INC.で!

SENDAI INC.はこちらから