岡山県で暮らしながら、「いつかは自然豊かな場所で、人と繋がる仕事がしたい」と漠然と考えていた岡本朋子さん。
偶然旅した徳島県鳴門市のうずしおに「神様がいるみたい」と心を奪われ、その思いは確信に変わります。
まるで何かに導かれるように、鳴門市の「半農半X推進シェアハウス事業」に参加。
なると金時の畑で土に触れる中で、もともと温めていた「外国人観光客向けのゲストハウスを開きたい」という夢が、鮮やかに色づき、現実味を帯びてきたと言います。
その夢を現実のものにするため、私たちは一人のキーパーソンとの対談をセッティングしました。
鳴門市を知り尽くし、各国の観光客を案内してきた全国通訳案内士の村正美さんです。
「外国人が本当に求めているものは何?」「鳴門のどんな場所に可能性があるの?」――。
夢見る岡本さんの素直な疑問に、地元のプロフェッショナルである村さんが力強く応えます。
畑で生まれた小さなアイデアの種が、対話を通じて大きく膨らんでいく。そんなワクワクする瞬間に立ち会った、特別なインタビューの模様をお届けします。

半農半X推進シェアハウス事業参加者の岡本 朋子(おかもと ともこ)さん
目次
第1章:まるで神様がそこに。私が鳴門に引き寄せられた理由
――岡本さんは岡山県のご出身ですが、今回鳴門市の「半農半X推進シェアハウス事業」に参加されたのは、どんなきっかけがあったのでしょうか?
岡本さん
もともとは仕事の関係で来たのが初めてなんです。
計画を立てていたら、たまたま鳴門のホテルがヒットして、「じゃあ鳴門に行ってみようか」って。本当に偶然だったんですよ。
その時、知り合いの弟さんが鳴門でカフェをされていたので立ち寄ったり、大麻比古神社にお参りしたり、もちろん、うずしおも見に行きました。

鳴門海峡の大渦
――初めて見る鳴門のうずしおは、いかがでしたか?
岡本さん
もう、本当にすごかったです! 渦がキラキラしていて、なんだかそこに神様がいるように感じて…。すごく引き込まれました。
以前から「身近に自然のある暮らし」とか「農ある暮らし」に憧れがあって、人間が本来の姿に還れるような場所で暮らしたいな、と思っていたんです。
そんな時に鳴門を訪れて、この美しい自然と、なんだか落ち着く街の雰囲気にすっかり魅了されてしまって。
「また絶対に来たい」って強く思ったのが、今回の事業に応募した一番の理由ですね。
――実際に2週間滞在してみて、鳴門の暮らしはいかがでしたか?
岡本さん
海も山もすぐそこにあって、本当に自然が豊かだなって感動しました。
それなのに、滞在しているシェアハウスから自転車を少し走らせれば、スーパーもパン屋さんもあって、生活に全然困らない。この「豊かな自然」と「暮らしやすさ」のバランスが絶妙で、私の地元・岡山とはまた違う魅力があるなと感じています。
[注:半農半X推進シェアハウス事業の宿舎は、スポーツパークや公園に隣接しつつ、自転車で10分圏内に商業施設が揃う利便性の高い立地。15分ほど走れば、紀伊水道を望む「大手海岸」にも出られる。]
第2章:プロに聞く!「外国人が本当に求める体験」って何ですか?
――さて、ここからは鳴門市で外国人観光客向けの通訳ガイドとして活躍されている村正美さんにも加わっていただきます。岡本さんは将来、鳴門で外国人向けのゲストハウスを開きたいという夢をお持ちです。
村さん
こんにちは、村です。素晴らしい夢ですね!
岡本さん
村さん、はじめまして!
今日はお会いできて嬉しいです。早速ですが、村さんはいつ頃からガイドのお仕事をされているんですか?
村さん
通訳案内士の資格を取ったのは2016年ですが、コロナ禍で2020年から2022年までは通訳ガイドの仕事はまったくなくなってしまって、その後本格的に再開されてインバウンドが多くなったと実感したのは2023年からです。
私も鳴門出身なんですが、若い頃は「地元には何もない」なんて思っていたんですよ(笑)。
でも、この仕事を通じて外国人の方をご案内するたびに、うずしお、大塚国際美術館、四国遍路・・・鳴門には世界に誇れる「日本一」がたくさんあるんだって、改めて気付かされました。

外国人観光客(左・右)と通訳ガイドの村 正美さん(中央) ※村さん提供
――最近、法律が変わって案内しやすくなったとも伺いました。
村さん
そうなんです! 2024年3月から、私たち通訳ガイドが自家用車でお客様を案内できるようになりました。[編集部注:いわゆる「ライドガイド」制度]。
それまでは公共交通機関やタクシーに限られていたので、時刻表や料金を気にせず、もっと柔軟に、もっとたくさんの場所へご案内できるようになったんです。これは大きな変化ですね。
――案内されるのは、どちらの国の方が多いですか?
村さん
ヨーロッパからの方が多いですね。
面白いのが、ヨーロッパの方って、あまり美術館に行きたがらないんですよ。
岡本さん
え、そうなんですか!? 大塚国際美術館は鳴門観光の目玉だと思っていました。
村さん
でしょう?(笑)
でも彼らにとっては、自国で本物の美術品を毎日見られるわけです。
だから、わざわざ日本に来て陶板で再現された名画を見るより、もっと違う体験をしたい、と。
逆にアメリカからのお客様はすごく喜んで行かれます。
同じ「外国人」でも、出身地によって興味が全く違う。これがこの仕事の面白いところですね。
徳島を訪れる外国人観光客は、『ここでしかできない体験』を求めています。東京や京都ではなく、『鳴門』でしかできないことを、とても喜んでくれるんです。
第3章:「伝統」と「体験」がキーワード。鳴門ならではの魅力の作り方
――「鳴門でしかできない体験」、ですか。具体的にはどんな場所へご案内するんですか?
村さん
例えば、大麻町にある大谷焼の窯元『森陶器』さんや、お醤油屋さんの『福寿醤油』さんですね。
どちらも長い歴史と伝統があって、見学できるのが魅力です。

森陶器には国登録有形文化財の「登窯」がある
岡本さん
窯元にお醤油工場! それは喜ばれそうですね。
村さん
ええ、ものすごく喜んでくれますよ!
『福寿醤油』さんでは、製造工程を見学して、試食もできるんです。そして皆さん、目を輝かせながら「ここでしか買えないお醤油」をたくさんお土産に買っていかれます。
結局、旅行者が求めているのは「限定感」や「特別感」なんですよね。「ここでしかできない」「ここでしか手に入らない」、その価値が心に響くんだと思います。

福寿醤油にて。外国人観光客(左・中央)と村さん(右) ※村さん提供
――なるほど…。岡本さんは、今回の事業で「なると金時」の農作業を体験されましたよね。
岡本さん
はい! まさに今のお話を聞いて、ピンときました。
なると金時の芋ほり体験なんて、外国人の方に喜んでもらえるんじゃないでしょうか!
村さん
すごくいいと思います! 農業体験は世界的に人気がありますから。
特に「なると金時」というブランドは強い武器になりますよ。
岡本さん
まだ場所は決めていませんが、もし芋ほり体験をゲストハウスの「ウリ」にするなら、なると金時の名産地・里浦町でオープンするのもいいかもしれないですね…。
夢が広がります!
第4章:お遍路さんのための宿?アイデアが繋がる、未来のゲストハウス
――村さんから見て、他に可能性のあるエリアはありますか?
村さん
芋ほり体験も素晴らしいですが、もう一つ強力なコンテンツがあります。
それは「四国遍路」です。

四国八十八ヶ所霊場巡礼の一番札所、二番札所は鳴門市にある
岡本さん
お遍路さん、ですか!
村さん
はい。四国遍路は海外で本当に人気なんです。
多くの方が一番札所の『霊山寺』からスタートして、1日で六番札所の『安楽寺』まで行かれます。
『安楽寺』には宿坊があって、そこで一泊するのが定番コースなんですが、この宿坊が人気すぎて、なかなか予約が取れない状況なんです。
――ということは…?
村さん
そうです。
もし岡本さんが一番札所の近くで、清潔で快適なゲストハウスを始めたら、予約が取れなかったお遍路さんたちの受け皿になれる可能性がある。
これは大きなチャンスだと思いますよ。
岡本さん
なるほど…! 畑の近くか、お寺の近くか…。どちらもすごく魅力的ですね。

霊山寺での1枚 ※村さん提供
岡本さん
ところで村さんは鳴門以外のエリアは案内されないんですか?
村さん
しません(キッパリと笑いながら)。
だって、徳島広しといえど、鳴門以上に魅力が詰まった街はないと、私は本気で思っていますから。
岡本さん、もし鳴門で起業するなら、とにかく「ここでしかできない体験」という軸をぶらさずに考えてみてください。
きっと道は開けますよ。
第5章:対談を終えて。修行の先に見据える、私の「好き」が詰まった宿
後日、岡本さんに改めてお話を伺いました。
――村さんとお話しされて、いかがでしたか?
岡本さん
本当に素敵な出会いをありがとうございました。
村さんとお話しして、外国人観光客をターゲットにしたゲストハウスを始めたい、という気持ちがより一層強くなりました。
今回、半農半X推進シェアハウス事業への参加で、農家さんやJA里浦ファームの方とも繋がらせていただけたので、やっぱり農業体験ツアーは企画したいですね。

半農半X推進シェアハウス事業での農作業の様子
――アイデアがどんどん膨らんでいきますね。
岡本さん
はい! でも、実は少し心配もあって・・・。
この事業で別にお話を伺った『NOMA yado』の能勢さんのゲストハウスが、本当に素敵すぎて。
自分の「好き」が詰まった空間で、私にあんな素敵な場所が作れるのかなって…。
――能勢さんも「自分の価値観を大切に」とおっしゃっていましたね。岡本さんには、岡本さんの価値観が詰まった宿が作れるはずです。
岡本さん
そうですよね。ありがとうございます。
この事業が終わったら、一度、奈良県にある農地付きシェアハウスに、運営の修行に行く予定なんです。
そこでノウハウを学んで、また必ずこの鳴門に戻ってきたい。海も山もあって、便利で、そして何より人が温かい。
私にとって、鳴門はもう特別な場所ですから。
弾んだ声で未来を語る岡本さん。
彼女の屈託のない笑顔は、周りの人まで前向きな気持ちにさせてくれる不思議な力がある。
そんな岡本さんが作る宿は、きっとたくさんの人を笑顔にする、温かい場所になるに違いない。インタビュアーとして、心からそう感じた。

宿舎から見える「なると金時」畑に想いが膨らむ
結び
今回の対談は、単なる移住希望者と地元専門家の情報交換ではなかった。
それは、一人の女性が抱いた「夢の種」に、地域の知恵と経験という「水」が注がれ、確かな「芽」を出す瞬間だったのかもしれない。
「『ここでしかできない体験』を求めているんです」。
村さんのこの一言は、観光ビジネスの本質を突くと同時に、岡本さんの頭の中にあったアイデアの点と点を、くっきりと一本の線で結びつけた。
なると金時の芋ほり、お遍路さんとの交流、醤油蔵の香り、夕暮れの海岸…。
鳴門の日常に転がっている「宝物」が、訪れる人にとって最高の「おもてなし」になる。
「修行して、また必ず戻ってきたい」。
そう力強く語った岡本さんの挑戦は、まだ始まったばかりだ。
彼女がいつか鳴門の地で開くゲストハウスは、きっと彼女自身の「好き」と、この街の魅力がたくさん詰まった、唯一無二の場所になるだろう。
そして鳴門には、そんな挑戦を温かく見守り、力強く後押ししてくれる人たちがいる。
この記事を読んだあなたが、もし地域での新しい一歩を考えているなら、このうずしおの街が、その背中をそっと押してくれるかもしれない。
■今回お話をお伺いした、全国通訳案内士 村 正美さんのWEBサイト
(https://narutoexperience.com/)
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