株式会社vegetaは、専業農家ならぬ”農業専業企業”。代表取締役の谷口浩一さんが24年前、27歳で設立した。

雇用保険・社会保険完備、週休2日、有給休暇・退職金も出す農地所有適格法人だ。「進化させることが好き」と、自ら新しく持続可能な農業のあり方を実践してきた谷口さんが今取り組むのがスマート農業。ひろしまサンドボックスに提案したAI/IoT等を活用した鳥獣害被害対策プロジェクトと、農林水産省の「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」(事業主体:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)に採択された委託事業「広島型キャベツ 100ha 経営スマート農業化プロジェクト」を紹介する。

ひろしまサンドボックスへの提案がチームビルディングと助走に

創業以来、年間をとおして 安定収入を見込める水耕栽培で会社を経営してきた谷口さんは4年前、増え続ける耕作放棄地を活用できる農業を求められ、キャベツの露地栽培に参入した。そこで直面したのが、鹿や猪による食害だった。

「鹿が2、30頭、群れでやってくると、2日程度で畑一枚まるごと食べられてしまいます。この被害に悩まされてきたので、ひろしまサンドボックスの公募が出たとき、『1億円とって解決に乗り出そう!』と、コンソーシアムを組みました。」

谷口さんは、株式会社vegetaとは別に、2年前の9月から農薬散布用ドローンのスクール運営と販売を手がける別会社を経営している。「ドローンとAI /IoTには親和性があり、掛け合わせたソリューションが開発できれば、それを同じ獣害に悩まされる中山間地域の農家に広めていく事業展開ができる」と考えてのことだった。

コンソーシアムの組成は、しょうばら産学官連携推進機構のコーディネーター仲正人氏が担当した。超音波による獣害忌避技術で特許を持つ県立広島大学資源循環プロジェクト研究センターの三苫好治教授や、県内随一のシステムベンダーであるエネルギア・コミュニケーションズが名を連ねた。

提案したプロジェクトは、生きている鹿や猪10頭を捕獲して首輪をつけて放し、データをAIで解析して行動パターンを把握するところから始まる。結果をもとに、鹿や猪が出現しやすい畑のまわりに赤外線をはりめぐらせ、赤外線に触れたら超音波忌避装置を搭載したドローンが飛び立って30秒以内に出現ポイントに到着。人には聞こえない超音波を発して追い払う、というものだ。ドローンを無人自律飛行させるために特区制度を活用することを見越して、コンソーシアムには庄原市や三次市も入っていた。

「獣害の被害総額は、県内全域で3億円に上ります。現在は、畑を電気柵で囲む対策をしていますが、設置や維持管理コストが膨大で農家の経営を圧迫しています。一方で、鹿や猪を殺してしまうと自然の生態系が崩れてしまう。殺さずに、人間が暮らすエリアに出てこないようにして、共存できる方法を考えました。」

残念ながら選定には至らなかった。しかし、コンソーシアムで公募事業に挑戦する経験になったことが、続いて挑戦した農林水産省「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」での採択につながったと、谷口さんは捉えている。

第二、第三のvegetaが生まれるために

農林水産省の採択を受けて始まった「広島型キャベツ 100ha 経営スマート農業化プロジェクト」は、2年間の総事業費 約1億円を国が全額補助する。畑の準備から種まき、育成、収穫と出荷の各プロセスにわたる10以上の実証プログラムが含まれている。

「庄原市では、2015年の農業就業人口が4813人で10年前と比べて3割減っています。担い手の7割は高齢者です。地域の将来を考えたとき、足元にある水や土を使って収益や一定の雇用を生み出す農業経営ができる第二、第三のvegetaが生まれてくることが必要だと考えています。そのために、新しく農業を始める若い人たちには、高効率で収益力の高い農業のやり方を伝えたいのです。」

例えば、キャベツの苗づくりのために常時1〜2万枚の育苗箱を管理している。それぞれいつタネを蒔いたもので、いつ畑に植えるのかの管理にITを活用する。

「育苗箱に1枚ずつQRコードを配布し、タネを蒔いた日付を登録しておけば、家や事務所にいながらにして、今何枚あって、いつ何枚、畑に植え替えるのかを把握でき、効率的に作業の計画が立てられます。」

また、キャベツ畑をドローンで空撮し、生育スピードをAIに学習させることで、収穫1週間前に、何トン収穫できるかが畑ごとにわかるようにすることを目指している。これにより、畑まで生育状況を見にいくための膨大な時間と手間が省ける。

さらには、キャベツの裏作のもち麦をIoTコンバインで収穫する実証実験も行う。「コンバインの位置を感知して、何分で何トン刈れているかが事務所のパソコンに出てくるようになります。麦は、雨だと刈れません。2日雨が続けば、芽が出てしまって収量が下がるので、タイミングが命です。そのため、いつどのくらい刈るかの判断が重要なのですが、それを現場に行かなくても判断できる。しかも、刈っている最中に水分量のデータも飛んできます。それによって、乾燥機の稼働時間も計算できるので、効率的な作業計画が立てやすくなります。」

こうした判断と状況に応じた作業内容をアプリに登録していくことで、ベテラン農家の情報処理能力をAIが学習し、いずれは新規就農者に作業指示を出せるようにする。

作業ごとの省力化を積み重ねることで、プロジェクト全体では30%の収益率向上、50%の収穫関連作業時間削減、5%の生産コスト削減を見込む。

「安定的に稼げる農業経営のために必要だと思ってきたことが、ここへきて『スマート農業』の名の下に登場してきている感覚です。機械もまだまだ改良の余地がありますが、このプロジェクトが完了する2年後には農業の新しい当たり前が形になって一般普及していくはずです。vegetaはこうした研究開発を、いろいろな企業や県立広島大学と一緒に積極的にやっていきたいと考えています。」

ひろしまサンドボックスがきっかけとなり、IoT/AIの活用に積極的な農業者が、研究機関やIT技術を持つ会社とつながった。誰よりも現場を知る事業者が主体となることで、より現実に即した地域課題解決が加速しそうだ。

取材・文:浅倉 彩