牟岐港から約3.7kmの沖合にある出羽島(てばじま)。この小さな島が2017年2月、重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)に指定されました。江戸末期~昭和30年代くらいに建てられた家屋がいい状態で残っていて、昔懐かしい漁村の雰囲気を味わえると、島への注目が高まっています。重伝建地区に指定される前から島の調査を続けてきた建築計画学が専門の徳島大学理工学部教授小川宏樹先生にお話を伺いました。

建築のガラパゴス化!? 開発されなかったことが魅力になる

—重伝建地区に指定されたのは、何かスゴいものがあったんですか?

小川先生 実は「これがスゴい!」ということはなくて。通常、重伝建に指定される地区というのは、国宝級の文化財に指定されている建造物とか、最低でも市町村が指定する文化財なんですが、出羽島はまったくそういうものがないんですね。いわゆる漁村集落で、建物自体は江戸時代末期、明治、大正のものがほとんど。一番新しいもので昭和30年代くらい。そうしたまちなみが状態良く残っていることが選ばれた理由です。大抵の町は昭和の高度経済成長期に、開発の圧力にさらされて建て替わってしまった中で、離島という特殊な条件下で、ガラパゴスのように、たまたま残った。そうして昭和30年くらいの時代のまちなみが残っているということで、重伝建地区になったわけです。

—海風にさらされて、古い建物は劣化しそうに思うんですが・・・。

小川先生 人が住まなければ老朽化は加速度的に進んでいくので、歩いていて20軒に1軒くらいは屋根が落ちていたり、傷みが激しいところもあります。ただ人が住んでいれば、普通の木造住宅は100年くらいは大丈夫。人が住んでいたら雨漏りすれば直すでしょうし、江戸末期のものでもそうした手入れを行うことで十分暮らしていける建物を維持することはできます。

—昔の家は構造的に長持ちするように造られていたということですか?

小川先生 特別な構造というわけではないんですが、建物自体平屋建てとか、「厨子二階」という物置に使われる屋根裏部屋のある建て方が多く、構造自体が小ぶりです。建物自体の重さがあんまりないので、地震が来ても多少は大丈夫という点はあるかもしれませんね。島には今、200棟くらい建物があって、住んでいるのは50棟くらい。人口はだいたい60~70人くらいです。

過疎対策や集落維持で注目される重伝建制度

—そもそも重伝建という制度とはどういうものですか?

小川先生 重伝建制度というのは1950年に始まったんですが、第一期目で指定されたのは国宝級の、国の重要文化財に指定されるもの。たしか第一号は秋田県仙北市角館町の武家屋敷で、観光地としても有名なところです。それが20年くらいして、第二期になると各地方都市の歴史的なまちなみが残っている街道などが指定され、さらに2000年以降に入ってくると今度は過疎地域で指定されるようになりました。そのため出羽島のように文化財がない地域も指定されるようになりました。
本来の重伝建の制度というのは、建物を使いながら残していくというもので、高度経済成長期にまちなみがなくなっていくのを保全しながら、使いましょうというもの。だから人が住んで使い続けていくという制度設計なんですね。それを過疎地域でやるって効果はあるんだろうか?重伝建に指定したら人が帰ってくるんだろうか?というのが、私の興味であり、研究の対象です。
牟岐の人達が重伝地区の指定を求めたのは、「建物を残していかないと島に戻って来たくても戻って来られない」、「建物がなければ当然、島に移住したいという人も住めなくなる」、「集落自体が消滅してしまう」という危機感から。「何かしなくては!」ということで、過疎対策とか、集落の維持を目的に指定を受けているところも次第に増えてはいます。

—重伝建に指定されると、まちなみの保全が優先されるので、実際に住む人にとってみたら改装が難しくなるのでは?

小川先生 庭に植わっている木なども含め、現状変更するには町へ届け出が必要になります。重伝建に指定された建物を直すことを「修理」と呼んでいて、オリジナルの状態に復元することを前提に国からの補助を受けられます。「修理」を行うには伝建の調査書が必要になるんですが、元がどういう建物だったかを調べるために私達が入って調査を行っています。100年以上住んでいる建物だと、建て増しや改装されたりしているので、その家が建った初期の状態にできるだけ近づけることを条件に、上限1000万円の補助を受けられます。自己負担1割で、9割(国6割、町3割)は補助してもらえるということもあって、過疎地域が重伝建の指定を受けるようになったんです。

—補助があるのは助かりますが、トイレやお風呂が昔のままなのはちょっと・・・。

小川先生 そういうところは自己負担で改修OKです。あくまで補助が使えるのはファサード(外見)や構造部分。なので、間取りを完全に変えてしまうというのはムリですが、トイレやお風呂などは自由に改装できます。

重伝建が町のアイデンティティになるか、どうか。

—出羽島は牟岐港から連絡船で15分くらい。比較的行き来もしやすいので、島暮らしに憧れる人にとってはある程度の改修費を払っても住みたいという人もいるのではないでしょうか?

小川先生 若い子育て世帯というよりは、早期リタイアした50代やまだまだ元気で身の回りのこともできる高齢者であれば、いいかもしれませんね。これまで修理事業で家を直した人の中には別荘として使う人もいました。釣りが好きで週末ごとに通っているという人もいましたね。

—重伝建に指定されたことで、地域の人たちが何か変わったことはありますか?

小川先生 島の人たちは重伝建に指定される前から勉強会に参加して、先に指定された重伝建を見に行ったり、事前説明会をやったり、今も月に一回意見交換会を役場で開いていて、意識が高いんですが、牟岐町全体でどう変わったかは、私も調べてみたいと思っています。牟岐町の人口が今、約4000人くらい。島の人口が70人程度で、町予算の約1%にあたる2000万円くらいを使っている。町内に住んでいる人からすると「牟岐駅前にも空き店舗や空き家があるのに、どうして島ばっかり・・・」という不満もあるのではないかと思うんです。他の重伝建のように町の中心部や、昔ながらのお祭りが行われ、町のアイデンティティになっているような場所であれば、賛同が得られると思うんですが、離島部という住民であっても、みんながみんな行ったことがない場所を、牟岐町の観光資源として、町のアイデンティティのようものとして定着するだろうか。今はまだ走り出したところなので、もうちょっと活動が進展してから、調べてみたいと思っています。

Before

After


▲伝建地区に指定される前のパイロット事業として、徳島県建築士会がリノベーションした交流施設「波止の家」。本格的に修理したらどのくらいお金がかかるか?という調査も兼ねて実施。いったん全部バラバラにして、組み直した大修復だったため、修繕には2000万円くらいかかったそう。