ここ数週間で一気に重苦しい空気が広がって、少し先の未来すら想像しづらくなっています。
一方で、今回のウイルスは以前のSARSや、MERS、また大流行した年のインフルエンザと比べても、身体的ダメージは比較的小さそうです。致死率も2%という人もいれば、0.0何%程度だという人もいます。年代により重症化率がかなり異なり注意が必要だということは間違いないのですが、その「病原体」としての威力以上に、世界に大きなインパクトを与えています。これは何故なのでしょうか?ふと感じたのは、「これこそが、今回の新型コロナウイルスの一番の特徴なんじゃないか?」ということです。
この記事の目次
その最大の特徴は、人間の「思考」そのものに感染すること。
少し前にベストセラーになった「サピエンス全史」という本があります。
イスラエルの天才的な歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏が、今までの人類史を大きく覆す画期的な視点で人類史を紐解き、世界中で読まれました。ここで描かれたのは、「ホモ・サピエンスの進化の最大のポイントは、認知革命によって人類が初めて”概念”を共有できる能力を身につけた」ということでした。
端的に言えば今回の新型コロナウイルスは、この「人間を人間たらしめた特性」そのものを直接的に攻撃してきた、人類史上初のタイプかもしれません。
つまり、身体的なダメージは必要最低限に抑えることで、思考の撹乱を最大限に引き出すという画期的な「新戦略」で”効果的”に人類にダメージを与えているからです。これは決して物理的に脳に感染するという意味ではありません。結果として人間の思考を惑わすのに一番効果的なタイプになってしまったのではという意味です。もしこれがもっと高い致死率であれば、人類は過去の経験を生かしてもっとうまく対処し、これほどまでの深いダメージを受けていなかったはずです。
このウイルス側の「新戦略」は、今の所かなり”成功”してしまっています。なんとなく「不安」という緩やかな恐怖が、一瞬にして全人類の思考に「感染」しました。それによって人々が病院に殺到し、そのことが二次感染と医療崩壊を招いて人災的に死者・重傷者を増やすという、人類の「誤作動」を誘引しています。変な話ですが、Covid-19は「コンピュータ・ウイルス」に非常に近いかもしれません。しかもインターネットが普及し、誰もがスマホを持ち、SNSも広まって、且つまだ人類がそれを十分コントロールできていない不安定なこの時代は、ある意味この戦略をしかける”絶好のタイミング”でもあったのです。ここまで”恣意的”だと、(自分はあまりそういうことを信じるタイプではないのですが)神なのか地球なのか、何か大いなるものの意思があるかのようにさえ感じてきます。
残念ながら、今後も身体的なもの以上に、”思考の誤作動”によるダメージの方が遥かに膨れ上がっていくでしょう。すでにそれが要因で株価が乱高下し、様々な経済活動が混乱しています。それらは過去の感染症の流行時にも起こったのですが、当時は明らかな生死に関わる高いリスクを伴ってのことでした。ところが今回は、我々のほとんどが「元気」なのです。しかも仮に罹患しても多くの場合が重症化しない可能性が高いらしい。もちろんだからといって感染対策が全く不要だというつもりはありません。しかし身体的リスク以上に、思考や意識が侵されているのは間違いありません。そして侵された思考が起こす行動自体が、私達を物理的に傷つけるというのが、今回の最大の特徴ではないでしょうか。
すぐできる「自己感染チェック」
この観点に立って考えると、それに感染しているかどうかはPCR検査でなくても可能です。例えば以下のような項目が思い当たるかどうか確認してみてください。
☑Q1: 特に症状も無いのに、自分が感染しているかもしれないと不安になったことがある。
☑Q2: つい外国人がウイルスを持ち込んでいるという偏見を持ってしまう。
☑Q3: ネットで知ったデマの対処法をつい信じてしまったことがある。
☑Q4: 感染拡大のニュースが気になって、仕事や勉強に身が入らない。
☑Q5: 計画していたことや少し先のための行動を躊躇してしまったことがある。
こんなことがいくつか当てはまると、軽度であれ「思考への感染」は始まっている可能性はあります。私自身も決してゼロとは言えません。冷静に現状に鑑みると、これらは非論理的な思考によるものがほとんどです。私達の思考が、平常時ではありえない影響を受けていることを自覚しなければと思います。
では、果たしてこれに対抗しうる「ワクチン」を、私達はどう作って行けばいいのでしょうか?
今我々が作るべき「思考のワクチン」とは
今回の事態を収集するために、今おそらくすごい人数の医療関係者が世界中でワクチンや治療薬を開発しているはずです。もちろんそれが完成すれば事態は急速に解決に向かうでしょう。
しかし、今回のウイルスが狙い撃ちにした「思考の誤作動」への対応自体は、医療的なワクチンや治療薬ではなく、私達自身が自ら”開発”すべきものかもしれません。仮にそれを「思考のワクチン」というとすると、それはどうやって作ればいいのしょうか?
ヒントは「ウイルス対策ソフト」にあるかもしれない
前述の通り今回のウイルスが、ハードは傷つけずにソフトを誤作動させる「コンピュータ・ウイルス」に似ているとしたら、その対処は「ウイルス対策ソフト」の考え方にヒントがあるかもしれません。
ウイルス対策ソフトは、侵入したコンピュータ・ウイルスをそのコードのパターンや動きから特定します。そしてそれを拡散させないよう、”隔離”するという対処をします。またその効果を発揮する前提として、常にOSなどの基本的なソフトウエアを最新のものにアップデートし、脆弱性を少しでも下げておく必要があります。また同時に、ウイルスを判別するパターンデータベースを最新にしておかなければなりません。
今回の新型コロナウイルスの影響から発生する「思考の誤作動」を防ぐためにも、それと同様の行動が対策として有効になるはずです。
即ち、まずは私達が「自らの思考や行動」がどのように影響を受けているのかを自己診断すべきです。
平たく言えば「必要以上の不安にかられ、衝動的な行動を起こしたり、逆に自らの行動にブレーキをかけすぎていないか」ということを意識することです。また同時に、そうした思考を知らず知らずのうちに拡散していないかも重要なチェックポイントになります。思考に入り込んだウイルスの影響を、客観視することで「隔離」し、自ら拡散しないようにできるかどうか。これが非常に重要な対策ではないかと考えます。
また、その前提としての正しい情報や、最新の世の中の動きを正確にアップデートしておくのも大切です。ただ、ネットやTVなど様々な情報源が溢れ、その中にデマや不安を煽る情報も混在する現代で、これは決して簡単ではありません。広く情報を集めたらより正しい情報に行き着くかというと、そうでもないはずです。そのためには、コンピュータでいうところのOS(基本ソフト)、即ち行動を司る姿勢や思想のようなものを、日頃からアップデートしておく必要もあります。この点では、私達日本人は、比較的いいものを持ち合わせているかもと、少しは自信をもってもいいかもしれません。あの大震災の中でも、一定の秩序を保ったことを世界から称賛されたこともありました。現時点で医療崩壊に繋がっていないのも、もしかしたらそれと同じ要因からきていることかもしれません。もちろん過信は禁物ですし、全てがうまくいっているわけでもありません。安易な自国礼賛的な議論に持ち込むのももってのほかです。それでも私達は、その点では満更でもないような気もします。いずれにせよ、心理的な影響をうまく客観視して”隔離”できれば、対策の第一歩になるはずです。
「やめること」をやめられるか?
更に重要なのは、仮にそれができたとしても、それを行動に反映しないと意味がありません。前述の通り、今回の事態が引き起こす悪影響のほとんどが、私達自身の行動によって引き起こされる可能性が高いからです。その最たる例が、過度な自粛です。今、世界で起こっている政府による行動制限の成否は、現時点では評価しようがありません。しかしそれ以上に過度に萎縮し、やってもいいこと、むしろやるべき行動まで制限してしまうことは、想像以上大きな悪影響をもたらすはずです。もちろん、それができなくて苦しむ立場に追い込まれる人たちも大勢いるでしょう。であるがゆえに、できる人はできることをやるべきですし、やるのが難しくなった場合には、なんとかそれをやる方法がないかをとことん考えるべきではないかと思うのです。
例えばですが、今全国各地で、あらゆるイベントが中止に追い込まれています。もちろん妥当な判断もあると思います。しかし、例えば「Webで開催できないか?」ということを本当に真剣にとことん考えたかどうか。実はちょっと真剣に考えて、思い切って行動に移せば、コストはもちろん様々な課題も乗り越えて新しい可能性が見いだせたのではないか。状況によって様々なので、当然一概には言えません。しかしギリギリまで「やめること」をやめる、もしくは「代替手段を考える」という姿勢を持つことが、実は今回の「思考の誤作動」に対抗する最大の「ワクチン」になりうるかもしれないのです。
今回の事態は、どうやら想像以上に長期戦になりそうです。今までとは様相の異なるこの状況に対応するには、私達自身が、自らの思考や行動姿勢を客観的に捉え、内省する必要がありそうです。そしてその事自体は、もしかしたら私達の社会が抱える多くの問題と共通の根っこに繋がる要因なのかもしれません。もしそうだったとしたら、これを克服することは、私達がこれまで抱えていた課題の多くを解決するいとぐちを見つけるチャンスかもしれないのです。楽観的すぎるかもしれませんが、そう考えることも、あるいは「ウイルス」対策に有効ではないかと思わずにいられません。
文:ネイティブ倉重
【著者】ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
愛知県出身。早稲田大学 第一文学部 社会学専修 卒業。金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門ベンチャーに創業期から参画。大手企業のデジタルマーケティングや、ブランディング戦略、サイトやコンテンツの企画・プロデュースに数多く携わる。関連会社役員・事業部長を歴任し、2012年より地域の観光振興やブランディングを目的としたメディア開発などを多数経験。2016年3月にネイティブ株式会社を起業して独立。2018年7月創設の一般社団法人 全国道の駅支援機構の理事長を兼務。
2020年4月12日追記
このコラムをアップして約1ヶ月。想像を遥かに超えた多くの方に読んで頂きました。
ただこれを書いた時に、今のような世界が想像できていたかと言うと、全くそうではありませんでした。
このウイルスがこれほどまでに大きなインパクトをたらすとは、正直想像できていませんでした。ある意味考えが浅かったかもしれません。
またある意味では、想像を遥かに超えて「あてはまってしまった」のかもしれません。
もっというと、これからの変化もまた、私達の想像を超えるものになるかもしれません。
だからこそ完全に飲み込まれることなく、「思考のワクチン」で私達自身の変化を”制御”できたら…。
そう願わずにいられません。4/11(土) 23:00-にNHK教育テレビで放送された
ETV特集「緊急対談 パンデミックが変える世界~海外の知性が語る展望~」で、
冒頭でご紹介したユヴァル・ノア・ハラリ氏へのインタビューがありました。
その言葉が非常に印象深かったので、ご紹介します。
「この感染拡大のインパクトが究極的に何をもたらすのか、あらかじめ決まっていません。
結末を選ぶのは私たちです。
もし自国優先の孤立主義や独裁者を選び、
科学を信じず、陰謀論を信じるようになったら、
この結果は歴史的な大惨事でしょう。
多数の人が 亡くなり経済は危機に瀕し、政治は大混乱に陥ります。一方でグローバルな連帯や民主的で責任ある態度を選び、科学を信じる道を選択すれば、
たとえ死者や苦しみ人が出たとしても、あとになって振り返れば
人類にとって悪くない時期だったと思えるはずです。
私達人類はウイルスだけでなく、自分たちの内側に潜む悪魔を打ち破ったのだ。
憎悪や幻想・妄想を克服した時期として、真実を信頼した時期として、
以前よりずっと強く団結した種になれた時期として位置づけられるはずです。」