ここ数年、沖縄県では伝統工芸を支える県外からの移住者が増え続けています。
沖縄本島南部の八重瀬町にある漆と木の工房「工房ぬりトン」。こちらで製作活動をする漆工芸家の森田哲也(もりたてつや)さんと、木工職人の敦子(あつこ)さんご夫妻も滋賀県から沖縄県へ移住したおふたりです。
沖縄への移住の経緯や現在の活動、今後のプランを聞きました。
漆工芸家の哲也さんが沖縄に移住するまで
哲也さんは滋賀県出身。前職は水処理施設のメンテナンス業務を担当していましたが、漆器の産地である石川県輪島市に旅行で訪れた際にたまたま足を運んだ漆芸美術館で、漆工芸技法のひとつである「蒔絵」を見て、今まで漆に抱いていたイメージが変わり、興味を持つようになったそうです。
その後、地元滋賀県の蒔絵教室に通いはじめた哲也さんは、5年ほど経ったある日、雑誌「ココチノ」(現在は廃刊)で紹介されていた沖縄の漆芸家・木工作家 森長八重美さんに連絡をとり、会いに行くことに。
「もっと本格的に漆を勉強したい」と思いはじめていた哲也さんは、森長さんも学んだ、沖縄県の技術支援機関である工芸指導所(現在は工芸振興センター)で学ぶことを決意しました。
そして2004年11月に、勤務先に辞表を提出。翌月の12月には沖縄に移住をしました。
ここまで急いでいたのは、工芸振興センターの願書に「本籍が沖縄にあること」もしくは「居住経験が3ヶ月以上あること」という条件が含まれていたから。応募期限が3月だったので、逆算をすると12月の頭には住民票を滋賀県から沖縄に移しておく必要があったのです。
2006年6月には工芸指導所の同期だった敦子さんと工房を立ち上げ、2010年に結婚しました。
木工職人の敦子さんに聞いた、沖縄の木材の特徴
静岡出身の敦子さんは、東京の美術大学で木工を学び、卒業後は知育玩具・おもちゃの製造メーカーに就職しました。
その後は、愛知県で木工修行を約5年間。その後すぐに独立することも考えていましたが、修行時代に漆を扱うことも多く「独立する前に、もう少し漆について勉強がしたい」と思ったそうです。
その当時、敦子さんがメインで作りたいと思っていたのは木製の食器。食器に使う塗料は身体に害がなく、水を弾く、世界で最も良いとされている天然塗料=漆を使いたかったため、漆について学ぶ必要性を感じていたそうです。
漆のことを短期間で学べる施設は当時、香川県と沖縄県のみだったため、漆以外の伝統工芸も盛んな沖縄へ行くことを決意。1年間工芸指導所でみっちりと漆について学んだ敦子さんは、現在、木のお皿やカトラリーをメインに製作しています。県外ではサクラやケヤキ、クリの木などを使うことが多いですが、敦子さんが使うのはリュウキュウマツ、センダン、イジュなど。どれも沖縄以外では滅多に見かけることのない木です。
「沖縄には個性的な木材がたくさんあるので、木の種類だけで他の作家さんとの差別化ができるんです。」と敦子さん。台風が多く、気象条件が激しい沖縄の木は、歪んだり曲がって育つ木も多く、大らかなのだとか。「扱いづらいこともありますが、木目や木の個性を生かして作品作りをしています」と話します。月桃の葉っぱやアテモヤの葉をイメージした木の葉皿や木のカトラリーは、温もりと、手触り・口当たりの優しい滑らかな仕上がり。
沖縄へ移住して、感じたこと、変わったこと、変わらなかったこと
「せっかく沖縄に移住したのに“イメージと違った”と戻ってしまう人もいますね。テレビやガイドブックのイメージを膨らませて沖縄移住をする方もいらっしゃるようのですが、あまり期待しすぎると、ちょっとしたことでガッカリしてしまうのかもしれません。私は最初、時間がゆっくり過ぎる沖縄に居心地の良さを感じていました。だけど、仕事の電話をすると、相手から折り返しの連絡が来なかったりすることも多くてモヤモヤすることも。もう今は慣れてしまったけれど(笑)」と敦子さん。
人懐っこくて優しいく、大らかな沖縄の人たちに囲まれて過ごすのは、今ではとても楽だといいます。
「工房を立ち上げる前、物件を探しはじめた時に、工芸指導書の修了生(先輩)に相談をしました。そうしたら、空いていた土地の地主さんに私たちが物件を探していることを話してくれたんです。地主さんは『じゃあ俺が建ててあげるさー』と、作業場に使えるプレハブを建ててくれたんです。こちらから何も頼んでもいないのに、ですよ(笑)」と哲也さん。
お二人は「沖縄で人の縁に恵まれたおかげでここまでくることができました」と話してくれました。「沖縄に住んでいることの唯一のデメリットは、製作する際に必要な道具や材料が手に入りづらいことです。最近は通販で手に入るのでそこまで苦労はしていませんが、実物を見ないで購入すると、イメージしていたものと異なるものが届くこともあるので…」と哲也さん。
この問題は、県外に行く際に買い出しに行くことで解決しているそうです。
現在は哲也さんが漆器やアクセサリーを、敦子さんは木のお皿やカトラリーを製作していますが「今後は共同作品も増やしていきたい」と話します。
また、「現代建築に漆を落とし込む事業を最近立ち上げたので、こちらも頑張っていきたいです」とのこと。
伝統の技を受け継ぎながらも、現代のライフスタイルに合った作品作りを進める「工房ぬりトン」の今後の活動に、目が離せません。