著者の田口さんに会った瞬間「こいつはヤベー!」と感じたワケ

あれは2018年の3月だから、もう3年以上前のことです。当時からYoutubeにハマっていた自分が、ふとしたきっかけで見たこの動画に、ただならぬ感じを受けたのを今でもよく覚えています。ボーダレス・ジャパンの創業者で本書の著者の田口一成さんです。直感的に「この人は、ヤバそう(面白そう)だ」ぞと。自分は昔からそう思ったら、割とすぐに「どうやったら会えるかな」と考えるたちです。
今はFacebookという便利なものがあるので、すぐに名前を検索できます。でも自分も良くも悪くもそこそこ年齢を重ねているので、直接メッセージを送るほど「ヤボ」ではありません。(そういう勇気も無いし。)そこで姑息な手段として、共通の友人を探ります。そうするとすぐに、知人のパラレルアントレプレナーのYさんが友人だとわかりました。そこで「この田口さんっていう人、紹介してもらえないですか?」とメッセージをすると、なんと「近いうちに一緒に飲む予定だけど、来ます?」という返事が。自分はこの「出会い運」だけは堂々と人に自慢できます。当然即答でお願いし、あっけなく膝を交えて田口さんと話す機会を得ることに成功しました。
自分がソーシャル・ビジネスという言葉に触れたのは、たぶん2011年の東日本大震災の前後ではなかったかと思います。国内でもTable for Two という貧困問題を対象にしたベンチャーが脚光を浴びたり、その少し前にノーベル賞をとったグラミン銀行のムハマド・ユヌス氏の著書「貧困のない世界を創る」が国内でも売れたりという時期だったような気がします。自分自身はそれまで(ある意味今でも)取り立ててボランティア精神や社会貢献心に富んだタイプではなかったのですが、ビジネスでその解決方法を組み立てるという考え方には少なからず関心をひかれました。誰もできなかった仕組みを創るのは魅力的だし、やはり震災もあって自然と自分の価値観への影響を受けたのかもしれません。そんなこんなで、この本の著者であり、日本のソーシャルビジネスの第一人者であるボーダレス・ジャパン代表の田口さんと、居酒屋で直接お話しを伺う機会を得ました。
本著は意外にも初めての著書ということで、即ポチしてあっと今に読了。書かれている多くのことはその時にも伺ったり、その後も色々とお話させていただく機会の中でキャッチアップしていたつもりでしたが、今回この本を読んで、改めて膝を打つことがありました。それは、一言で言えば田口さんが作ったボーダレス・ジャパンという会社の本質は、ある意味”金融会社”なんだなと言うことです。

ボーダレスが変えたものは「社会のお金の流れ」そのもの

ボーダレス社は社会起業家集団として、今の若い人たちにはかなり認知されている企業です。お会いた当時ですら宣伝なしに、新卒学生が毎年400~500人が面接に来るとのこと。今はおそらく更に凄まじいことになっているのではないでしょうか。その中からセレクトされた優秀な人達が、社会問題をテーマに起業することができる仕組みをもっているというのがとにかくユニーク。詳細は本著を是非お読みいただきたいのですが、そのビジネスアイデアを練るためのプロセスや、それをサポートして世に送り出す仕組みが秀逸です。その意味ではこの会社は、いわゆるインキュベーション企業とも言えます。自分の中でも、世の中がこれだけSDGsだのCSVだのと言われ、企業が社会課題に向き合う姿勢が「当たり前」になりつつある変化の中で、その先駆けだという認識にとどまっていました。

ところがこの本で改めて気づいたのは、ボーダレスという会社の本質は、世の中のお金の流れそのものを「ハック」しているということことでした。

その象徴的な仕組みが2つあります。一つはボーダレスのグループ会社である各社会起業家の社長の年収は、その会社の一番低い社員の7倍が上限になっていること。これはお会いして伺ったときにも思わず「マジですかっ!(笑)」と笑ってしまったほどユニークな制度ですが、当時は正直「よくそこまでやるなぁ」と思ったくらいでした。しかしこのシンプルな制度は、今このタイミングで改めて見直すと、「資本主義が生み出す格差問題」にあまりにも率直に切り込んでいるものだといえるでしょう。格差拡大を防ぐ安全弁をこんなに簡単な仕組みで…まさにコロンブスの卵とはこのことです。

そしてもう一つは、40社のグループ会社が生み出した利益のいわゆる「内部留保」をグループ全体で取りまとめ、それを次の起業資金にまわすという仕組みです。これもまた非常にシンプルですが、考えれば考えるほどすごい仕組みです。稼いで貯めたお金をどう使うかは、ほとんどの会社はその時々の経営者に任されています。たまに「物言う株主」に突かれたりしますが、仕組み化している企業は稀有です。故に「無駄遣いしないのが美徳」である日本企業は、それを「投資」に回すのが苦手。今のような非常事態の最中では、これまで批判されがちだった巨額の内部留保もある意味功を奏したと見えるでしょう。逆にこのままでは、日本企業ますます内部留保を溜め込む体質になるかもしれません。一方で、逆に投資で大成功しているあのソフトバンク・ホールディングスの孫正義社長も、その才能や能力の凄さでその結果を出しているのであって、それを仕組み化しているとは言えないでしょう。しかしこのボーダレスは、この内部留保を自己増殖に直結させる仕組み化に成功しているのです。これをやるには当然「文句を言う株主」は邪魔です。しかしお金は必要。なのでその成功がまだ見えないうちから、田口さんは驚くような借金(借り入れ)をしています。お会いしたときも「◯◯億くらいは普通にありますよ」と、しゃあしゃあとおっしゃってました。しかも上場なんて絶対しないよと。この瞬間「ヤベーやつ」という印象が確固たるものになりました。(笑)

もしかしたら彼らは史上初の”資本主義ハッカー集団”かもしれない

私達は通常、企業の「ビジネス・モデル」に注目します。その企業が「どうやって儲けているのか」その仕組が一番大事だというのが常識だからです。このビジネスモデルというのは、「利益を稼ぐ」までの仕組みを言います。ボーダレスが注目されているのも、難しい「社会課題解決」をテーマに、よくそれで儲けられるなぁという「驚き」や「感心」から来ています。この本を読んだ方も、様々なケースが紹介されていてそのアプローチや実現へのプロセスにまず驚かれるはずです。この点でも読み応えがあるのですが、田口さんがすごいのは、そうした企業が生まれ続ける究極の仕組みとして、儲けたお金の使い道までをある程度固めてしまっていることにあると自分は思うのです。つまり、動脈と静脈両方に手を入れて繋ぎ直し、お金が入るところから出るところまでを設計した、いわば「社会”金融”会社」なのだと。ボーダレスというのは当初は国境が無いという意味だったはずですが、今はむしろお金という血液を社会全体に”ムラなく”回すという意味になっているなと感じました。目標はグループ全体で売上1兆円。それを10億かそれ以下の小さな企業数千社で成し遂げようとしています。これはある意味、BtoB版のマイクロファイナンスという見方もできるかもしれません。そのインパクトは、すべての社会課題の元凶ともいうべき資本主義の欠陥そのものへの変化をもたらす可能性すらあると思います。

これは本当にすごいことです。”ボーダレス”に似つかわしくない感想かもしれませんが、こういう起業家が日本からでたことが誇らしいくらいです。
初対面の田口さんの印象は、(今更ですが、失礼な表現ながら)まさに冒頭に書いた「ヤベー」やつそのものでした。一瞬で「ああ。この人は頑として揺るがない人なんだろうな」と。変な喩えですが、もし万一彼の人生にとんでもなく悪いきっかけがあって悪の道に迷い込んだとしたら、おそらくその道でも「大成」していたに違いありません。真逆の道で、本当によかった(笑)。
これも完全に私見ではありますが、田口さんは将来目標の売上1兆円かそれ以上を達成し、最終的にあのユヌスさんと同じ「ノーベル賞平和賞」の候補になるのではと思います。冒頭に話した飲み会で、酔った勢いで初対面なのに、そんなことまで口にしたら、田口さんは、「ニヤリ」と笑われていたのが、今でも印象に残っています。課題だらけの今の資本主義をハックする仕組みが日本発で広まって世界を変えるとしたら、こんなに痛快なことはないでしょう。大げさではなくその可能性はかなりあると自分は思っています。

未だに暗いトンネルから抜けられない日々が続いています。ある意味、全人類が社会問題に溺れる時代になってしまいました。起業家や経営者だけでなく、今の社会の仕組みそのものに疑問を持つ人や、あるいはこれからなんのために働くべきなんだろうと考える若い人など、幅広い問題意識を持つ人が非常に良いヒントを得られる本だと思います。安易に日本をオワコン扱いするのがいかに浅はかなことか、思い知らされます。私達の社会は、いつでも可能性があるんだと勇気づけられます。悲嘆にくれるのはやめて、まずは自分のやれることをやろうと。「論語と算盤」や「命と経済」などが問いかけられる今このタイミングでこそ読むにふさわしい著書だと思います。全ての方に全力でお薦めします。

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【本コラム著者】
ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
愛知県出身。早稲田大学 第一文学部 社会学専修 卒業。金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門ベンチャーに創業期から参画。大手企業のデジタルマーケティングや、ブランディング戦略、サイトやコンテンツの企画・プロデュースに数多く携わる。関連会社役員・事業部長を歴任し、2012年より地域の観光振興やブランディングを目的としたメディア開発などを多数経験。2016年3月にネイティブ株式会社を起業して独立。2018年7月創設の一般社団法人 全国道の駅支援機構の理事長を兼務。