福岡県飯塚市出身の中園 雅貴さん(仕事:コールセンター管理業務)。福岡市内の大学を卒業後に上京し、車載機器を取り扱う会社に就職。営業職を経て、消費者相談室で長らく管理業務を担当する。2018年に早期退職し、キャリアを活かせる仕事を決めたうえで2020年にUターン。実家からほど近いマンションで、妻と2人で暮らす。

 

Q. 飯塚市にUターンするまでの経緯を教えてください。

もともと60歳で定年を迎えたら、両親の面倒を見るため飯塚に戻るつもりでいました。すると56歳の時に、勤めていた会社で早期退職の募集があったんです。今後の人生を考えて、ここで区切りをつけるか、定年まで残るのかを天秤にかけた結果、いいタイミングだと判断して退職することにしました。とはいえ、すぐにUターンすることはありませんでした。理由の一つは、東京にいる義理の父親の介護があったこと。そしてもう一つは、消費生活アドバイザーの資格を取得したかったからです。それまでは、カーナビゲーションやオーディオなどの車載機器メーカーで、お客様相談室の管理業務に従事していました。また、6年間、消費者対応を研究する外郭団体へも参画していましたので、いずれ資格を取得して、見識を広めたいと思っていたところでした。そこでまずは、7ヶ月間を勉強に充てることにしました。集中できる期間をしっかりと設けたおかげで無事合格し、資格を取得することができました。そうした中、義理の父親の他界が重なって、2019年の9月に飯塚に戻る決意を固めました。

 

Q. 住宅情報はどのように収集しましたか?

インターネットを活用しつつ、帰省の際に地元の不動産会社に足を運んで情報を集めました。実家に住むという選択肢もありましたが、両親が2人だけで暮らしてきた居住空間に我々夫婦がいきなり入り込むと、生活リズムを壊しかねません。そこで両親と話し合って、いずれ同居するとしても、まずは私たちが実家の近くにマンションを借りて住むことにしました。まだ就職先が決まっておらず電車通勤になる可能性があったので、実家と駅の両方に近い物件を探すことに。去年の9月に不動産会社を訪ねたとき、今住んでいるマンションの情報を見つけました。目の前に駅があり、実家まで車で5分程で条件は完璧だったのですが、定職者でないと契約するのが難しくて…。最終的に、今年2月に今の会社の面談で帰省した際に、内定をいただいて、契約することが出来ました。たまたまこの部屋だけ空いていたのでラッキーでしたね。関東で駅前の物件となると家賃が跳ね上がりますが、駐車場代を含めてかなり抑えられました。

 

Q. 仕事はどのようにして探しましたか?

転職のエージェント会社の方から、「ふくおかよかとこ移住相談センター」を紹介されました。ここでは、飯塚市へ移住するための基本的な生活情報を入手することができました。次に窓口の方から、隣のフロアに同床しているハローワーク品川(現在はハローワーク飯田橋)に、地方就職の支援に特化した「地方就職支援コーナー」※があるということを教えてもらいました。そこに何度か通ううちに、首都圏から地方への就職促進を行う「重点支援対象者制度」※を勧められました。制度を利用するには条件があるのですが、幸いなことにすべて満たしていたため支援をお願いしました。こうして紹介してもらったのが、今働いている会社です。たまたま東京に本社があり、筆記試験、適性試験、面接は都内で受けることができました。その結果、私のキャリアを活かせる業務を検討してくださることになり、現地の担当者の方と直接面談する手はずを整えていただきました。そして今の業務を提案していただき、入社の意思を伝えさせていただきました。

※地方就職支援コーナー…厚生労働省がハローワーク飯田橋(東京都)とハローワークプラザ難波(大阪市)に設置。IJUターンにより地方での就職を希望する人を支援するため、職業相談や紹介、生活関連情報の提供を行う。ふくおかよかとこ移住相談センター(東京窓口)がある、ふるさと回帰支援センターの一角にも設置されている。

※重点支援対象者制度…「地方就職支援コーナー」で行われている、首都圏から地方への就職を促進する事業。「専門的なスキルや、資格を持っている方、アピールポイントがある方」など3つの条件を満たすと、地方就職支援を行うハローワークと移住先のハローワークが連携し、対象者の就職先を開拓する。

 

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  遠賀川と穂波川をまたぐ「芳雄橋(よしおばし)」にて。河川敷は、菜の花やコスモスの名所として知られる。

ボタ山を背に、故郷の街並みを眺める中園さん。「ボタ山は木が生い茂り、すっかり普通の山みたいになりました」としみじみ。