琵琶湖の北西部に位置する滋賀県高島市、JR安曇川駅から車で約15分ほど走った泰山寺地区が今回の舞台だ。戦後の食糧不足を補うために開拓された標高220mにもなるこの地区は“滋賀県の北海道”とも呼ばれ、広大な畑が広がっている。

ここ泰山寺地区に2013年、一つの農園が開園した。その名は“みのり農園”、高橋佳奈さん章隆さんご夫婦が開園した農園だ。地元滋賀県出身だが非農家育ちの佳奈さんと、東京出身で料理人だった章隆さんが、何故農家になったのか?その経緯と目指す未来に迫る。

空から見た泰山寺地区。一面に畑が広がる。

【農業との出会い】

「大学卒業後から金融業界にずっと携わっていたのですが、金融の仕事から離れたいと考えるようになった時期があったんです」と話す佳奈さん、ちょうどそのタイミングで一つ目のターニングポイントを迎える。働いていた会社が新規事業で農業を始めることになったのだ。

佳奈さんは「実は農業には少し関心を持っていたんです」と話す。「その時ワインにハマっていたのですが、ワインを詳しく勉強するうちにワインの味とぶどう栽培、つまり農業が密接に関係あることを知りました。ぶどうの品種であったり土地、栽培方法で味が全然違う、農業の奥深さを感じてました」。

また野菜の美味しさに気づいたことも大きな要因だと話す。「金融業務の中で有機農家さんと接する機会がありました。今まではどちらかと言うと肉食で『健康の為に野菜を食べるか』くらいしか考えてなかったのですが、新鮮で手間をかけた野菜の美味しさを知りました。その時に自分でも作ってみたいと思ったのです」。

このようなタイミングも重なり、佳奈さんは新規事業に対して希望を出し、農業分野に挑戦することとなった。「軽い気持ちのチャレンジだったんですけどね」と話す佳奈さんだが、心機一転、新たな分野へ歩みを進めることとなった。

会社員時代の佳奈さん

【独立へ向けて】

「農業は大変ではありましたが、性に合っていましたね。楽しみながら業務することができました。ただ、なかなか自分のやりたい事ができなくなっていきました」と佳奈さん、企業のスタッフとしての役割が生産現場から離れつつあったのだと話す。「致し方ない点もあるのですが、若いスタッフが増えたこともあり、生産現場ではなく営業やバックオフィスの仕事が増えてきました。自分自身は生産をしたかったのですが、次第に叶わなくなっていきましたね」。

さらにこのタイミングで大きな出来事が起こる。2011年、東日本大震災が起こったのだった。

その時茨城県の北部にて研修を受けていた佳奈さんだが、あまりの揺れに大きなショックを受けた。「体験したことのない大きな揺れでした。地震が発生した後はライフラインが無くなり、公衆電話で家族と話すことでようやく災害の状況が分かったりと。精神的にも大きく落ち込んでいました」と話す。

この出来事により将来のことを深く考えるようになった佳奈さんはこのように話した。「このような事が現実に起こるんだと改めて考えさせられました。このまま東京に住んでいて、また大きな災害が来たらどうするのか?ライフラインが無くなったらどのような生活になるのか?家族と離れ離れで連絡が取れなくなったらどうするのか?様々考えた結果、独立して就農する考えに至りました」。

独立を目指した高橋さんご夫婦だが、やはり非農家が就農するにあたり壁が立ちはだかった。それは“農地”を取得することだ。「生まれ育った滋賀県で独立就農することを決め、自治体やJA等にとりあえず問い合わせてみましたが、なかなか条件に合う農地が見つかりませんでした。」と話す。

泰山寺地区との出会いは偶然だった。「たまたま家族で泰山寺にあるレストランに食事に行ったんです。すると自分が求めていた黒ボク土の農地があったのです」。行動力には自信のあった佳奈さんは、すぐに自分の持っている人脈を使い紹介を通じて、ここ泰山寺地区の地主の方を紹介頂くに至った。

「中には『農業なんてやめとき』って言われる方にも出会いましたが、今までの農業の経験やビジョンを話し、最終的には地主さんからも『それやったらとりあえずやってみ』と言って頂きました」。

元々市民農園に利用していたその農地は、灌水設備や出荷作業するスペース等もあり、就農するにあたっての条件も整っていた。まさに佳奈さんの行動力により理想の農地に出会うことが出来たのだ。

2013年、高島市泰山寺地区に開園、農園名は「みのりがたくさんありますように」と願いを込めて「みのり農園」と名付けた。

みのり農園の様子

【念願の農家レストランのオープンへ】

「元々その農地を借りてた方が片付けもせずに急にいなくなったらしくて、その後処理から始まりましたね」と就農したての頃を振り返る佳奈さん、放置されてたゴミの処理もさることながら、農地に自然に繁殖していた菊芋の後処理には頭を悩ませたと話す。「何を植えても菊芋が出てくるので、いっそ菊芋農家になろうかと考えたくらいでした(笑)。何とか夏場に熱処理をすることで対処できましたが、独立1年目は苦労しましたね」と当時を懐かしそうに話していた佳奈さん、それ以降は順調に売り上げを伸ばしていった。

「前職の時から飲食店への販売をメインにしていたので、そのつながりを利用し販路を伸ばしていきました」と話す佳奈さん、2016年には地元の商工会の繋がりから大型の展示会にも出店し知名度も拡大していった。

このタイミングに新たな展開を仕掛ける。

「ようやく野菜の販売で何とか生計が立てれる状況になりましたので、念願の農家レストランの準備に差し掛かりました。彩り豊かなみのり農園の野菜を出来る限り新鮮に食べてほしい、そして夫が元々シェフでしたので就農した時から農園と農家レストランをすることを目標としていました」。

農園にレストランを併設させるか?駅前に小さくバルスタイルのお店にするのか?はたまたキッチンカーにするのか?様々考えを巡らせたが、泰山寺地区に古民家が空いたことから、古民家をリノベーションしレストランにすることを決めた。

2017年、農家レストラン“sato kitchen”をオープン。この名前は、“sato”はフィンランド語で「みのり」、日本語では「故郷・里山」を意味し、運営しているみのり農園と掛け合わせ名づけられた。

隠れ家のような雰囲気の店構え

【みのり農園とsato kitchenのご紹介】

≪みのり農園≫
滋賀県の北西に位置する高島市の泰山寺エリアにて、化学合成農薬、化学合成肥料を使用しない農業に取り組んでいます。
栽培面積:5反
栽培作物:白いとうもろこし、自然薯、にんじん、レタス、ハーブ類、キャベツ、たまねぎ、じゃがいも、かぼちゃ、ズッキーニ、かぶ、大根、なす、オクラ、トマト、白菜、いんげん、きゅうり、ブロッコリー、サトイモなど
※年間約200種類の作物を栽培しています

畑の様子

年間200種もの野菜を生産している

≪sato kitchen≫
古民家を改装した隠れ家のような雰囲気のお店でゆっくりとしたお食事をお楽しみ頂けます。カフェではなく“kitchen”と名付けたのは、しっかりご飯を食べてほしい思いが込められている。

~営業時間~

(土曜日・日曜日)
ランチタイム11:00–15:00
※土日は原則2部制で、11:00-11:30ご入店、若しくは13:00-14:00ご入店でお願いいたします。

開店状況や空席状況については下記HP、もしくはお電話にて確認ください。

パスタランチ(上)とご飯とおかずのランチセット(下)

【今後の未来は】

「まず生産については面積を増やすつもりはありません。この農地面積の中でより効率的に作物を作ることを考えていきたいですね」と話す。特に季節感や収穫時期を意識しながらも、みのり農園ならではのカラフルな西洋野菜などは今後も強みとして生産していきたいと話す。「“端境期には野菜が少なく夏場は多い”ではなく、どの時期にもある程度収穫が出来る様な工夫は今後も意識していきたいですね。またお皿に盛りつけられた時の野菜の“色合い”や“切り口”も考え品種の選定もしていきます。あまりスーパー等で流通していない野菜は積極的に取り入れていきたいですね」。

また新たな販路についても考えている。「今までは飲食店様に頼った販路でした。但し新型コロナウイルスの影響もあり、不安定さが残ります。今後も今までお付き合いのあった飲食店様を中心にしながらも、一般のお客様向けの野菜セットをWEBショップで販売するなども始めてみました」。

最後に佳奈さんは、農業を通じて農と人を近づける仕組みを作りたいと話した。「私は元々非農家の家系で農に接する事がありませんでした。その中で、初めて畑を耕し、作物を育て、収穫をすることに大きな感動が覚えたのです。体験農園と言うと大げさかもしれませんが、今はsato kitchenも出来たのでそこも有効活用し、収穫した野菜を調理し食べるまで一貫した取り組みが出来るかと思います」。自分たちが普段食べている野菜が、どのように育っているのか?今まで知らなかったことを、体験しながら知ることに大きな価値を感じていると佳奈さん「最初は子供向けに考えていたんですが、大人にも学びと感動があることに気づきました」と話す。

農と人の距離を近くする今後のみのり農園とsato kitchenの取組に注目である。

みのり農園の色とりどりのお野菜

今後も夫婦二人三脚で歩んでいく。

≪みのり農園≫
URL:https://www.minorinouen.info/

≪みのり農園Webストア(Yahooショッピング)≫
URL:https://store.shopping.yahoo.co.jp/minorinouenn/

≪sato kitchen≫
住所:〒520-1204滋賀県高島市安曇川町中野786
電話:0740-33-0012
URL:www.satokitchen.info