神奈川県の中央部、駅前は大規模な開発が進むが、少し離れると田園風景が広がる海老名市、ここに都市近郊を活かし有機栽培で取り組む農業法人がある。その名も“楽菜ファーム”。立ち上げたのは池田和夫さん、栗田光則さん、共に農業とは畑違いの仕事をしていた二人だ。何故有機農家になろうと思ったのか、その背景とこれからに迫る。

駅前は開発が進むが、一歩入り込むと田園風景が残る海老名市。

 

【農業との運命的な出会いと難しさ】

「金融業界でITに関わる仕事をずっとしていたのですが、一生続けていく仕事なのかな、と疑問に思っていました」と池田さん、農業を始めたきっかけはふとしたことだったと話す。「テレビでたまたま農業に転職した方を見て、それが幸せそうに見えたんですね。その時漠然とですが、次は農業だと思いました。どのような苦労や困難があるとかは考えていなかったですね(笑)」。

思ったことをすぐに行動に移した池田さん、近くの体験農園で10平米ほどの畑を借りることにした。小さなスタートではあるが、ここで農業の難しさと魅力に気づくことになる。

「まずは何より難しさを感じましたね。スーパーなどでは整った形で美味しい野菜が常にあります。全然それが当たり前なことではないことを実感しました。小さい畑だったですが、雑草や害虫、様々な対策に四苦八苦しましたね」。なかなか野菜作りがうまくいかない中、真剣に農業技術を学ぶことを考えた池田さん、情報収集をかねて農業人フェアに参加するとここで新たな展開を迎える。

「様々な農業法人や農業技術についての情報を集めていた中、週末に通える農業学校が出展していました。これなら会社員をしながら通うことが出来る、と思いました。受講料がやや高く設定されていましたが、これは私にとっては魅力に映りましたね。ただのサークル活動のようなものではなく、しっかりフォローを頂けるものだと」。

一念発起し入学した池田さん、平日は会社員、週末は農業学校の生活が始まることになる。

農業学校の同期生とのお写真。今でもご縁が続いている。

【農業学校から農業研修、そして独立へ】

2足のわらじ生活が始まった池田さん、忙しくも充実はしていた。その中でも農業の技術的なこと以外の側面も知ることが出来たと話す。「今までは意識したことがなかったのですが、新規就農者が農地を取得するにはかなりハードルがあることを知りました。今までは“野菜の作り方”ばかりを勉強したり考えたりしてきましたが、このような“農家になるための情報”を知ることができました」。

また今までは畑違いの業界にいたことから、現役の農家さんとのつながりを持てたのは何よりよかったと話す。「新規就農した農家の方や、先駆的に取り組まれている農家の方、そのような方とお話しいただける機会ができたのはよかったですね。これは体験農園にいるだけではわからなかったものです」。

そして、その中で農家の師匠とも呼べる人との出会いがあった。「その農業学校の講師の方だったのですが、私より年齢は若いのですが、農業への真摯な取組方や丁寧な対応、有機農業への強い想い、そしてそこにある技術や知識量に惹かれ、この人の元で農業を勉強したいと強く想いました」。

この時から、兼業でしようか?独立して就農しようか?慣行農法にしようか?それとも有機農法?漠然としていた池田さんの考えがクリアになっていったと話す。

「気づいたら私の方から『週末に研修に行ってもよろしいですか?』とお話ししてました。快くOKを頂き、1年間の農業学校を卒業した後は、会社員と農業研修の2足のわらじ生活へと移行しました」。

会社員と農業研修の生活も約2年ほどを迎えた時、池田さんに転機が訪れた。借りれる農地が見つかったのだ。

「一緒に研修に行っていた栗田さんから、『実は親戚に農家がいる』と話をされました。栗田さんも農家が親戚にいたのは今まで知らなかったみたいです(笑)。そして使っていない農地の情報を頂き、約1.5反の畑を借りることができました」。

後から聞いた話とのことだが、池田さんに農地を貸した地権者も「遊び程度だろ」と思って気楽に貸したとのことだった。しかし、長年の体験農園での経験に加え、農業学校での知識、研修での実践を備えた池田さんや栗田さんは、有機農法ながら丁寧に野菜を作ることで徐々に周りの目を変えていった。

「私たちが遊びではないことを理解頂けると、『この農地もやってくれないか?』とのお声を頂くようになりました。そして農地が5反になった時、今まで勤めていた会社を退職し、専業農家としてやっていく決断をしました」。

2021年1月、楽菜ファーム合同会社を設立。「シンプルですけど『楽しく野菜を作りたい』との想いからこの名前を付けました。またあえて法人格を取得する事にしました。これは一人ではなく二人で一つの事業をしていくので、法人化することで互いの責任をはっきりさせることができます。機械を先行投資する際等に、一人が名義人となる訳にはいきませんからね。そして将来的な事ですが、私たちもこの先どれだけ農業ができるかわかりません。その中で若い意思のある方の雇用や継承など考えると法人格を取得するのがいいのではと、同意のもとで立ち上げました」。

研修時期の様子

楽菜ファームのロゴ。持続を意味するインフィニティマークが中心にある。

【独立後と将来を見据えて】

「就農して良かったことは健康になったことですね」と笑いながら話す池田さん、「今まではITの仕事をしていたので、部屋にこもりっきりの仕事をしていました。それが朝起きて、日を浴びながら仕事をしてと180度変わりました。健康になったと思いますね」。

販路も新たに増えていった。「今までは直売所やスーパーの直売エリアへの販売をメインにしておりました。ただこれだけではお客様から直接のご意見を頂くのはなかなか難しかったです。そこで偶然ではあったのですが、著名なレストランに納品させて頂くことが出来ました。今までは友人や親せきに野菜をお渡しした時に感想を貰ったことがあったのですが、見ず知らずのお客様や調理をするシェフの方から忌憚ないご意見頂くのはありがたかったですね」。

但しそれと同時に飲食店特有の難しさも同時に感じたと話す。「受注生産のように、お客様の発注を基に作付けをしている訳ではありません。また飲食店もその日にどれだけ売れるのか、ということがなかなか読みにくいことからも、急な発注やロットについての対応には難しさを感じてます。また規格についてもですが、やはり飲食店の好む規格というものがあります。長ナスを納品した時に、気を使って立派な出来のナスを納品したのですが『お皿に乗りません』と言われました。有機栽培になると尚更規格をそろえることにについては難易度が上がりますので、そこはお互いの妥協点を探りながら今後は生産・受発注をしていくのが課題と感じてます」。

また周りで生産する先輩農家さんとの関係性の向上についても常に考えていると話す。「もちろん私より以前から農家をされているということもそうなのですが、周りの先輩農家は慣行農法の方が多い。でもこれはどっちが良い悪いという話ではなく、互いに理解をしていくのが必要だと思ってます。その中で将来的には有機JASの資格を取得しようと考えてますが、それと同時に農薬について、慣行農法についての勉強もしていきます」。

農地は区画があるとはいえ、やはり繋がっているもの。慣行農法の知識を付けることでより周囲の先輩農家の事を理解することが出来、協力体制がとれると考えている池田さん、「自分と異なる意見を受け入れないのは簡単です。ただそれだけだったら関係性は作れないし、自分自身の成長にも繋がらない。慣行でも有機でも同じ農業であるのは変わらないですし、慣行を勉強することで有機に活かせることも必ずあると考えてます」と話す。

そして将来について、池田さんはこのように話した。「まずは規模を拡大することはしないといけないですね。有機農法となるとどうしても有休期間を取らないといけない。それを考えると3haは必要だと考えてます」。また組織としての体勢も強化していきたいとと話す。「法人化した理由でもあるのですが、意思のある方を雇い入れしていきたいと考えてます。その為には組織として拠点をつくり、収益面も含めて安定的であることが求められます。一企業である以上当然ではあるのですが、当面の目標と考えてます」。

また農家であることを通じ、医療との連携も企てていきたいと話す。「昔お酒を飲みすぎたせいか、定期的に内科に通っています(笑)。そこで医師の方と有機農法で育てた野菜についてお話しすることがありました。“有機農法で育てた野菜が健康にいい”等はまだ科学的な根拠はないのですが、試験的な取り組みを含め、医師の方とも連携し私たちの野菜がうまく活用できないかを考えています」。

規模の拡大だけでなく、様々な分野にも有機農家として関わっていく楽菜ファームの活動に今後も注目だ。

楽菜ファーム
FB:https://www.facebook.com/rakusaifarm
Instagram:https://www.instagram.com/rakusaifarm/?hl=ja

池田さんと栗田さんのツーショット。

様々な種類の野菜を作っている。