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地方創生といっても、
地方に仕事がなかったら何にもならないから
観光での仕事を通じて在京メディアとのつながりを得た後藤さんは、出版社などから在宅でできる仕事を出してもらい、それを離島の人にやってもらう、という橋渡しも行っている。
「たとえば台風で漁に出られない時、漁師さんは収入がなくなってしまいますが、こういう時に在宅でデータ打ち込みなどの仕事を副業的に請け負ってもらい、月5万円程度の収入を得られるようなしくみをつくりました。今は40人ほどの方々に仕事を受けてもらっています。」
今の手取りに、ひとりでやれば5万円、夫婦なら10万円プラス。離島でこれだけプラスの収入が得られれば、島を離れずに済むはず、と後藤さんは言う。
「ただ月5万円、というのが重要で、これが30万円になると今度は肝心な本業がおろそかになってしまう。それで、僕はそれぞれの事情を見極めながら出す仕事を調整しています。子供が小さくて働こうにも保育園に預ける余裕がない、とか、介護のために実家に帰って来たけど農業の仕事だけでは生活が成り立たない、とか、糖尿病を患ってフルタイムで働けなくなった家族がいる、とか、どうしても働く場所がない、というような人と、夢だった離島暮らしを叶えに来た、という人とでは、仕事を必要とする切迫度が違いますから。その土地に住み続けながら、本業も守りながら暮らしていけるように、パソコンを使う仕事、使わずにできる仕事など、さまざまな在宅ワークを提供するようにしています。」
とはいえ、この「5万円ビジネス」が目指すゴールは「断られること」だと後藤さんは説明する。
「最終的には『ごめん、本業が忙しくなったからこの5万円の仕事はできなくなった』と言われることですね。仕事を“引き上げる”のが夢。それまでは、本業の傍らでできる範囲で、生活を支えるプラスの収入を得ながら、ずっと島にい続けてほしい、いい魚をとってほしい、と思っています。」
さらに、仕事を渡すことで島の人々との関係性が深くなる、という副次的効果もあると後藤さんは言う。
「地方創生といっても、仕事がなかったら何にもならないですから。だからこれは儲け度外視で、地域と一緒にやっていくつもりです。」
とはいうものの、地域への貢献ばかりでは会社が立ち行かなくなる。
「そこで、最近では商社としての食材調達ビジネスにも力を入れ始めました。たとえば東京のお台場や豊洲など、湾岸部のビル屋上でBBQレストランが流行りつつありますが、そこの食材を当社でアッセンブリから調整までやらせてもらっています。3月から10月までの夏季限定営業ですが、半年で60万人が利用し、40万人分くらいの売上が立つ。こうした商社機能で稼ぎつつ、鮮魚の輸出や『5万円ビジネス』などで地域をいかに元気にしていけるか、というところですね。」
書類決裁を2日から3時間以内に短縮。
「誰もやらないことには“革命”が必要」
さて、ビジネス記事では紹介しきれなかった、鮮魚輸出ビジネスにまつわる後藤さんの“武勇伝”を、ここでいくつか記しておきたい。
まずひとつめは「貿易関連書類の決裁期間」だ。そもそも輸出業務には貿易関連の各種書類の発行が不可欠だ。取引1回ごとに商工会議所や水産庁などに発行を依頼するが、土日祝日は対応外。輸出先の国の公的機関もやはり、土日祝日は休んでしまう。
「僕らが魚を出せるのは、魚が捕れて、かつ相手先に需要があって、かつ双方の役所が動いていて、かつ飛行機が飛んでいる、という条件が揃った日だけ。そこにさらに、書類発行までの所要時間というもうひとつのハードルがあったんです。」
後藤さんが鮮魚の輸出を始めた3年前当時は書類発行に2営業日かかっていた。これでは生鮮品の輸出はできない、と後藤さんは経産省・農水省・内閣府・商工会議所の各関係者に直訴。
「朝せり落として、午前のうちに書類に決裁をもらい、その日のうちに出荷できないと困る、と。『国としても1兆円産業を目指したいんですよね?』と訴えたところ、2営業日が3時間以内にまで短縮されたんです。これは革命でした。なぜそれまでできなかったか、といえば、誰も生鮮品を輸出しようとしなかったからでしょうね。」

シンガポールに提出した日本産食品の産地証明書
さらに、鮮魚を扱う商売は既得権益が強く、後藤さんは多くの障壁にぶつかった。
「観光畑出身で、魚の世界は全くの新参者だった自分が、いきなりせり権を持つ、というのは特例中の特例で、それゆえに風当たりも強かったと思います。ただ、それが認められたのは、『県内には出さない、海外だけを攻める』、というスタンスを貫いたから。それで漁協側も何とか話を通してくれたんだと思います。」
せり権を持つ前に試験的な取引をしていた頃、某漁協幹部から3時間を超える説教を受けたこともある、と後藤さん。
「『二度と顔を見せるな!』と叱られた翌日に、菓子折りを持って顔を出して『お前バカか?二度と来るなって昨日言っただろう』とまた怒られて。でも『僕けっこうしつこいんで』と食い下がって。毎日通ううちに最後には『まぁいい、一緒にやるか』と言ってもらえました。」
せり権不要で魚を買い付けられる港もあり、そこだけに取引を絞るのであれば、こうした苦労は実は無用だった。しかし、それではビジネスがどうしても小さくなり、「経済にならない」と後藤さん。畑違いの“ぽっと出”であっても、今まで誰もやらなかったことを切り拓(ひら)かなければ、このビジネスに活路はない、という覚悟の上での苦労だった。
CSV(経済的かつ社会的な価値を
同時実現する共通価値の戦略)が自分の強み
最後にもうひとつ。アジアでの営業先をどのようにして選定していったのか、という疑問に、後藤さんは「学閥ですね」と即答。
「最初は正攻法でスーパーなどの小売店に当たりましたがほとんど相手にされず、また僕らの扱う鮮魚の特性も考えた結果、ローカルの飲食店を主軸に営業をかける、という方向に落ち着きました。でも小売店に当たったことは決して無駄ではなかった。アジア各国にも日本と同じような学閥があり、むしろ最初から営業したり商談したりするより、関係づくりに徹した方がいいと勝ち筋を見極められたからです。人脈の相関図をつかむにはまず通うしかない、しかもオフィシャルな場ではなくプライベートな場で本音を聞くしかない。それで狙いを定めたのがシンガポール大学でした。同大学にはアジア全体で見ても幹部級の、かつ多くのパイプを持った人が集まっています。普通に営業していたらまず会えない人ばかりですね。」
その結果、同大学内でOB会が経営する食堂への食材提供が決まり、さらに航空機メーカーの社員食堂にも魚を納めることに。
「さらに現地の中華シェフズ協会の会長とも人脈がつながりました。この協会は会員数400人、しかも全員オーナーシェフで自分のお店を持っている人たちなので、今後の取引の広がりが期待できます。」
取引先のレストランに有名グルメ評価本の取材が入ったり、さらに日本の地上波放送で取り上げられたりとメディア露出が上がっていた2018年、後藤さんの元に思いがけない筋から連絡が入る。
「在外大使館のパーティの食材を担当してもらえないか、という外務省からのオファーでした。食材のアッセンブリと調達、パフォーマンスの部分まで受け持って欲しい、と。」
沖縄の魚が、まさか海外の日本大使館から引き合いを得るとは。
「やりたかった“地域の価値をつくる”ということが、できつつあるのかな、と手応えを感じています。海外で評価されることで国内の評価も上がっていけば、そこから新たな仕掛けも考えたいですね。」
そんな後藤さんが描く、今後の展望とは?
「鮮魚の輸出では、深掘りですね。今の6カ所の仕入先それぞれ、捕り方も全然違えば、地域によって捕れる魚種も全然違う。もっとよく研究して海外に出す魚のバリエーションを増やしたいですね。最近言われるCSV(※注)に近いかもしれませんが、地域の新たな価値を地道に創出し、沖縄から外へと広く発信することで、地域経済を少しずつでも強くしていけたらと思います。」
※注:CSV(Creating Shared Value)…ハーバードビジネススクールのM・E・ポーター教授とM・R・クラマー研究員が2011年に発表した論文で提唱された戦略。社会的課題を自社の強みで解決することで、自社の持続的成長へとつなげていく差別化戦略ともいわれる。
※後藤大輔さんが代表取締役を務める地域商社「萌す」についてさらに詳しくはビジネス記事「沖縄の魚を「インバウンド」から「アウトバウンド」のコンテンツに変えた、小さな地域商社に見る「地方創生のリアル」へ。
●株式会社萌す(きざす)
- 代表取締役社長 : 後藤大輔
- 所 在 地 : 沖縄県糸満市西崎2-6-3コーポなかそね1F
- 電 話 : 098-856-7483
- 設 立 : 2015年
取材・文:谷口紗織
