今回はふるさと納税の寄附金の使い道紹介 第4弾として、使途の分類5つのうち「市長が必要と認める事業」から富良野演劇工場をご紹介。ふるさと納税の寄附金は、この劇場の改修工事に活用されたとのこと。
富良野市が舞台となったドラマ「北の国から」の脚本家 倉本 聰 氏が設計に関わったという演劇に特化した「創り手のための劇場」は、演劇ソフトの生産工場として市内外から愛されています。
劇場の管理運営を行うのはNPO法人 ふらの演劇工房。事務局長の太田 竜介(おおた りょうすけ)さんに、劇場運営の中で大切にしていることや演劇のまち・富良野をつくる活動について伺いました。
演劇に特化した、創り手のための劇場をつくる
ー 富良野演劇工場ができるまでの背景は?
「最初は富良野駅周辺に建設する案もあったようなのですが、富良野らしい場所に建てようということで、この森の中に建てることになったそうです。そして設計の段階で倉本先生がおっしゃったポイントが2つありました。
一つは全国どこの市町村も良い劇場を持ちたがるけれど、劇場はただの箱であって一番大事なのは中身。つまり劇場が建った後にステージでどのような素晴らしい芸術文化が行われているか、市民たちが喜んでいるかであると。だから富良野には演劇を生産する場となるために、創り手にとっての理想の劇場をつくりましょうとおっしゃいました。
僕自身も倉本先生も、30年間全国各地や海外で芝居をしてきて、正直どこに行っても使いにくさを感じることがあるんです。ロビーや客席はとても広いのに、舞台袖は狭くて奥行きがなく楽屋も遠い。お客さんのスペースには気遣いが溢れているのに、アーティストのためのスペースや気遣いは少ないんですよね。」
「二つ目は、多目的というのは限りなく無目的に近づいていくということです。
市町村がつくる空間は、どうしても多目的ホールになってしまいます。それは演劇や吹奏楽、舞踊など、様々な活動を行う市民のため、どんな用途にも対応できる空間を提供しなければならないからです。ですが多目的ホールというのは、演劇にも適してなければ、吹奏楽・クラシックにも適してなければ、舞踊にも適してない、つまり無目的な空間ができてしまいます。だから演劇のまち・富良野として演劇という文化を発信していくならと、演劇に特化した設計になっています。」
「この二つのポイントをおさえた特徴はいくつかあり、分かりやすいのは客席よりも舞台スペースを広く確保していることです。その他演者やスタッフのための空間も惜しみなく用意しています。
ホールに関しては、音が反響しにくい壁になっています。演劇は音楽コンサートと異なり、演者の声が響いてしまうとセリフが届きにくくなるからです。また壁の色は、暗転した時に観客の視界を邪魔しないジャングルグリーンという色で、暗闇の中に舞台だけが浮かび上がり没入感が増します。」
舞台裏に潜入!改修工事の内容は?
2000年10月のオープンから23年が経った富良野演劇工場。ふるさと納税の寄附金を活用して行った改修工事とは一体どんなものだったのでしょうか?
みなさんは「バトン」と呼ばれる、舞台上部の天井付近にある舞台の横幅いっぱいに伸びる棒の存在をご存じでしょうか?こちらは舞台で使用する幕や照明、舞台美術などを吊るすために使用します。
このバトンを上下させるのは、舞台上手にあるこちらのロープ。全てのロープはそれぞれのバトンにつながっており、バトンを下げて照明や道具の着脱を行ったり、舞台の場面転換に合わせて動かします。
そしてこのバトンとロープを繋いでいるワイヤーが舞台の屋根裏のようなスペースにあります。今回の改修はこちらの部分、ワイヤーや滑車などの総入れ替えを行ったとのこと。
通常客席から見えることはありませんが、舞台を支えるとても大事な部分に活用されていました。
創り手のための行動が巡り巡って観客のためになる
ー 管理運営されているNPO法人 ふらの演劇工房の活動についてお聞かせください。
「この劇場を拠点に富良野発の演劇を創造し発信するということが一番の目的ですので、劇場のフランチャイズ劇団(倉本先生が主催する富良野グループ・太田さんが主催する富良野塾OBユニット)に演劇工場を無償で貸し出し、どんどん演劇を創造してもらい、興行をすることがまず一つですね。
日本初のNPO法人として設立され、現在は約130人のボランティアが登録してくれています。公演の際にはその方たちが駐車場や場内の整理を行い、受付・チケットもぎり、喫茶・売店コーナーの企画販売を行います。
このボランティアスタッフたちはゴスペルやダンス、劇団といったサークル活動もしています。せっかく文化発信のボランティアをするなら、ついでに自分たちも何か表現するサークル作りましょうということで始まりました。ボランティアをする代わりに演劇工場を無償で貸し出し、市民たちの芸術活動支援にもなっていいす。」
ー 劇場運営において大切にされていることはなんでしょうか?
「僕がこの劇場の責任者として心掛けていることは、アーティストを喜ばせることです。お客さんを喜ばせるのはあくまでもアーティストですので、僕たちが喜ばせるべきはお客さんではなくアーティストだと考えています。
例を挙げると、劇場を利用するアーティストは事前に仕込み図面という、照明や音響等に関する図面を共有してもらうんですね。そうしたら、通常の劇場の場合は立会いのみですが、演劇工場は劇場スタッフが当日までに全て仕込んでおくんですよ。僕らは仕込みを手伝っちゃうんです。それを事前にやるだけで来たアーティストたちは一時間以上時間を削減できますからとても喜びます。
また、俳優たちの食事も通常お弁当のところを、ボランティアの方たちが作ってあたたかいものを提供していますし、芝居はどうしても終了時間が長引いたり、片付けに時間がかかって退館時間に間に合いそうにないこともあります。そんな時は臨機応変に柔軟に対応するようにしています。アーティストのための劇場というのは設備だけでなく、親身になるということも含まれています。
こうやってアーティストを喜ばせる行動をしていると、アーティストが気持ちよく過ごすことができると思うんです。僕自身もたくさんの劇場を回ってきましたが、記憶に残っているのは良い設備の劇場ではなく、良いスタッフのいる劇場なんですよ。アーティストが『良い劇場だな、スタッフも素晴らしい、今日頑張ろう』となって良い芝居ができる。そうすると結果的に喜ぶのはお客さんなんです。」
ー 演劇のまち・富良野をつくる活動として、どんなことをされていらっしゃるのでしょうか?
「市内小中学校の子どもたちに演劇指導を行っています。というのも、今年21回目の開催となったふらの演劇祭で、市内の子どもたちや選抜された市民が演劇を披露する場があり、この稽古のために僕らプロが学校に出向き、演劇工場でのリハーサルにも付いて指導します。
なぜ子どもたちに演技体験をしてもらうのかというと、普段の授業では身に付かない、コミュニケーション能力や想像力・表現力を身につけてもらうためです。
演劇には勉強と違って答えがないんですよね。勉強は先生が答えを知っていてそれを覚える形式ですが、演劇というのは僕ら指導する側も答えを知りませんし、そもそも正解なんてないわけです。その時集まったメンバーで自分たちだけの正解を探す冒険みたいなものです。そのために必要なのが想像力・表現力、そして人と関わる力です。考え方も好みも違う人たちが集まって、話し合いながら、時には喧嘩しながらみんなで創り上げていく。そういったことを富良野市では子どものころから演劇を通して体験してもらっています。」
ー この他にも表現力やコミュニケーション力を高めるワークショップを市内外の学校や企業の研修として実施されていますね。どんな経緯で始まったのでしょうか?
「市内小中学校の子どもたちに指導を始めた時、子どもたちからしてみれば、役者を目指しているわけでもないのにいきなりプロの指導されても困るのではないかと思いました。
大事なのは演技ではなく、表現することの大切さを体感的に学んだり、人と関わる機会づくりだと気づき、演劇の基礎トレーニングに使うシアターゲームをもとにしたワークショップをつくりました。本来のシアターゲームは演技を元にしており、一般の方にとっては恥ずかしいと感じるものもあるため、一般の方でも恥ずかしがらず取り組める内容にアレンジしています。」
「実はこのコミュニケーションプログラムが道内の学校に注目していただいているようで、宿泊学習や修学旅行のメニューへ追加したいという依頼が殺到してます。
今年は札幌の小中学校を中心に、道東や道外の学校からも依頼がありました。おそらく学校の先生方によって広まっているのではないかと思います。
教育現場でも、子どもたちにとってコミュニケーションや表現力という人と関わる上で必要な能力は重要で、でも学校で教えるには限界があると感じていらっしゃるのかもしれません。」
演劇工場は、創作を通して人と対等に関わる場所
ー 演劇工場は市民にとってどんな場所でありたいとお考えでしょうか?
「演劇工場は、悩んだり苦しんだりしている人、人と関わりたいと思う人たちが集まる場になってほしいです。
なぜなら、演劇って答えがないから年齢や職業といった立場関係なく、みんなが平等でなければいけないんです。同じ目線に立って対等であるということがすごく大事で、それができる場所です。家庭や学校、職場にはどうしても上下関係や序列のようなものがあって苦しんだりするけれど、演劇にはそういうものがあってはいけないんです。だからここで新しい関係を築き上げてもらうことが、僕が一番大事にしていることですね。
ぜひ一度、演劇を観に来たりボランティアに参加してサークルに入るとか、そういったところから少しずつ関わってもらえるといいかなと思います。」
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