嶋本 有希(しまもと ゆうき)さん
[那智勝浦町]→[大阪府]→[新宮市]


―那智勝浦町出身の嶋本さんは高校卒業後、大阪府にある料理専門学校に進学。大阪府で就職し4年を過ごした後、1年間フランスで修業し2016年に和歌山県内にJターン移住。菓子店「Patissierie RaRe (パティスリーラール)」を営む嶋本さんに、移住そして開業に至るまでのお話を伺いました。―

フランスから新宮市へ

嶋本さんは、子供の時からパティシエ(菓子職人)になることを夢見て保育園の卒業文集にも、「将来の夢は、パティシエになること」と書いたそうだ。
子供の頃からの夢を実現した嶋本さんは、今の仕事は天職と感じているというが、「パティシエという職業は、同じ場所で長時間働くことになるので、世の中の様々なことを経験することが少なくなる。技術を身につけることも重要だが、知見を広げ、感性を高める方がものづくりには良いと感じた」と話す。実際に嶋本さんも、専門学校卒業後4年間働いた大阪のお店を退職し、菓子作りの修行のためフランスへ渡っている。
フランスでは知見を広めるため菓子店ではなくレストランで働いたそうだが、「何もかもが新鮮で、経験した全てのものを吸収した」と当時のことを話してくれた。
2015年にフランスでの修行を終え、和歌山県新宮市へJターン移住。当時は、現在ほどSNSで開業に関する情報が発信されておらず、新宮商工会議所へ相談し、補助金や店舗物件について情報収集した。担当者の方も親身になってくれたそうで「移住して、お店を開業したいという人は、地域の商工会議所に相談するのも良いのではないか」と嶋本さんは言う。
その後、準備期間を経て、2016年、26歳の時に、新宮市で菓子店「Patissierie RaRe (パティスリーラール)」を無事開業する。開業当初から客足は順調だったが、1年たった頃、台風による水害でお店が水没し1ヶ月ほど休業するなど苦労も経験した。その後は、お店を再建し、再び地域の人気店となり、2021年には、店舗の駐車場不足などの問題から、市街地の中心部にある現在の場所に移転したが、経営は順調のようだ。

新宮市への移住について語る嶋本さん

良いものを作るとお客さんは来てくれる

お店のコンセプトは、「フランス菓子をベースに地元の食材を使って自分の感性を表現したケーキを作る」ことで、シンプルで素材の良さを活かしたケーキの美味しさが、地域で受け入れられ開業から8年経過した現在もお店は盛況。
「ケーキが並ぶショーケースは自分の名刺のようなもの。ケーキを通して、自分を表現しているので、気合いを入れて作っています」と嶋本さんは笑う。
開業当初のことについて聞くと「競合が少ないので、地域で新しいお店ができたら、美味しさや接客の良さなどが口コミですぐに広がります。口コミにも良い面と悪い面がありますが、自分に誠実に仕事をすれば、良い評価を頂けると思う」と教えてくれた。

名刺代わりとなるショーウィンドウには鮮やかなケーキが並びます

様々な種類の焼き菓子もたくさんありました

和歌山は食材レベルが高い!

嶋本さんは、フランスでの修行時代から和歌山に戻ることを考えていたという。フランスは農業国で、食材のレベルが高いと感じたが、生まれ故郷の和歌山もフルーツ大国で食材のレベルも高いと改めて気づいたそうで、「和歌山には、自然に恵まれた土地があり、そこで収穫された地元の食材を生かしたケーキ屋さんができたらと漠然と思った」と話す。一度、外から自分の地域を客観的に見ることで、その良さを発見できたこともあったという。
また、嶋本さんはフランスでの修業中に働いたレストランで地域にある食材を活かした料理が作られ、お客さんに喜ばれている様子を見て「その地域の中で、生産者さんやまわりの風景、住んでいる人のことを見て自分のものづくりをしていかなければならない」とも気づいたと話す。実際に、那智勝浦町のイチゴやお茶、湯浅町のミカンなど和歌山県産の食材を使用したケーキを販売している。「素材が良いためあまり手を加えず、その良さを活かしたケーキづくりを心掛けている。生産者さんの顔が見えることが大事」と嶋本さんは言う。「食材全てが和歌山県産ではありませんが、生産者さんとのつながりも増えてきており、和歌山県産の使用は増えている傾向にある」と生産者とのつながりも大事にしている。

生産者さんも主役となるケーキの数々!

地方で開業するメリットとデメリット

地方で開業することについては「都市部ほど競合他社が多くなく、また、生産者さんとの距離が近く、朝取れたイチゴを使うこともできるなど、食材の鮮度が良いことに加え、生産者の思いなどを直接聞くことができる。それがものづくりに活きてきて、都会のお店で出す商品とは違う魅力を出すことができる。商品をブランディングする時はストーリーが大事であり、そこに自分の想いを乗せた美味しいものを作ればお客さんは来てくれる。また、人と人との距離が近いので、何か自分ができないことや新しいことを始める時にも相談にのってくれるなど協力してくれる人が多い」ことなどがメリットという。
一方、デメリットについては、「地域に働き手が少ない点。アルバイトを募集してもなかなか集まらず、時給を上げることでなんとか確保できている状況。また、人口減少によりマーケットが狭くなってきている点もある。新宮市の人口は、現在約二万八千人だが、毎年八百人程度減っている状況」と教えてくれた。
嶋本さんは今後の展開について「対面のみのブティック形式のお店は、将来的には辞めようと思っている。日持ちしないケーキなどの商品だけでは難しい。ブティックとレストランを合わせた施設や、加工品をつくれるような食全般のラボのようなものを作りたい」と地方での持続的なビジネス展開の展望を話してくれた。

移住者が作る町の魅力

嶋本さんには、自分達若い世代が、この町を作っていかなければならないという想いがあり、「地域に移住者が増えることで、新しいお店ができたり、新しいものが入ってきたりする。地域にも良い影響を与え、町にもっと魅力が出てくる。そのため、地域の先輩移住者などが、移住者が入ってきやすいように、相談しやすい体制、雰囲気を作ることが大事」と話し、お店に来たお客さんが移住者さんだと特に積極的に声をかけているとのこと。
また、移住してくる方の不安を軽減させるため、新しく来た移住者と先輩移住者や地域の方とを繋げる移住者交流会のようなイベントを主催しており、「このような取り組みにより移住のミスマッチを防ぎ、定住へと繋がれば」と嶋本さんは言う。

イベントで活動している嶋本さん

プラスの思考で地域に向き合う

嶋本さんに移住を検討されている方へのアドバイスを伺った。「現状に不満があるという理由だけで移住するというのは良くない。この地域だからこれがしたい、この地域だからこそ自分の魅力が発見できるなど何か目的を持つことが大事。目的を持って移住するのであればどの地域でも成功するし、住んでいる地域の人々も温かく迎えてくれるはず。不安はあるかもしれないが自分がその地域で何ができるか、プラスの思考で地域に向き合うと上手くいくのでは」と答えてくれた。
―最後に、ご自身の今後についてお聞きしたところ「和歌山の食全般のこと、特に食材のロスについての問題を解決できるような貢献をしたい。食に関して未来につなげるような取り組みもできれば」と教えてくれた。
ご自身で「食の未来」や「地域の未来」を考え地域に貢献しようとする嶋本さん。プラスの思考で地域に向き合うお姿は、これから地域で何かしたいと思っている方に参考になるのではないだろうか。―
取材日:2023年12月13日
<ご紹介>
Patissierie RaRe (パティスリーラール)HP
https://rare-patisserie.stores.jp/