北陸、石川県にある小松市は東京・大阪・名古屋の3大都市圏からほぼ等距離に位置する、人口約10万人の地方都市。市内には日本海側最大の小松空港があり、国内線と国際線が就航している。さらにJR特急列車が停車する駅があり、まもなく北陸新幹線の駅も開業予定の、アクセス抜群のまちだ。

市内はクルマで30分圏内の身近さに海、山などの自然はもちろん、ショッピングモールや学校、図書館、病院、子どもたちの遊ぶ施設も多い。全国的に見ても、安心・快適・利便など全ての指標のバランスがよい、優れたまちとして評価され「住み良さランキング」で全国8位を獲得(出典:東洋経済新報社「都市データパック2020年版」)。「多様な働き方が可能な都市」として第1位にも選ばれた(日本経済新聞と東京大学の2021年調査結果)。テレワークや二拠点生活にも適した、住みやすいまちと評価が高い。

そんな小松市で元は魚屋としてスタートし、今は日本海でとれた海鮮料理を名物とした旅館がある。

運命の安宅海岸

小松中心部から車で約15分の粟津温泉。「喜多八」は昭和29年に開業した料理旅館で、現在は3代目の喜多重光さんが経営している。石川県外へ出て仕事をしていたが、やはりいつかは地元に戻りたいという気持ちがあり、旅館を継ごうと決心したそう。

そんな中で出会ったのが、真裕美さん。なんと「日本一速く歩ける女将」と言われる、元五輪代表のアスリート。日本代表として2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドンと3大会連続で競歩の選手として出場した経歴を持つ。2013年に結婚をきっかけに小松へ移住、旅館の女将としての生活がスタートした。

「重光さんと出会った日は2011年3月9日。共通の知人に紹介してもらい、小松市の安宅海岸で会いました。最後に重光さんが、『これからお付き合いしてもらえませんか?』と言ったんです。その時はあまりに乗り気ではなくて。『私ってやる気と根性しかないですけど』と言ったら『その他に何がいりますか』って」と笑う。

2011年3月11日に起こった東日本大震災。当時、千葉在住の真裕美さんと小松にいた重光さん。

「約束の日が3日違っていたら、私たちは出会えていなかったかも」

それが逆に、彼女の気持ちを決心させてくれた。

茨城県笠間市出身の喜多(旧姓川崎)真裕美さん

移住、そして女将への決心

「重光さんとお付き合いをするというのは、もうすでに旅館の女将として生きていくことが前提でした。だけど、それも悪くないな、と」

結婚という仕組みによって、どちらかの職業が決められる環境というのは、今でも確かに存在する。それを理解した上での結婚とはいえ、全く知らない小松という土地、アスリートという立場から全く違う職。戸惑うところは大きかったであろう。

「大人になってから友達を作るというのはとても難しくて。まずは、新しい土地で生活そのものに慣れるのが大変でした」

当然ながら、目の前の女将業をこなすのが先だったそう。

「義母である女将からは『教えることは何もない』と言われ、最初は戸惑いました。でもそれは『ここをあなた色にしていい』『すべてはお客様が教えてくれる』という意味でした。それを理解できてからは、肩の力が抜けましたね」

そうして真裕美さんは、女将としての道を歩み始めた。

小松でできた、つながり

「でも、とにかく友達がいなかった。別に欲しいわけでもないし、いなくて寂しいわけでもなかったのですが、コロナ禍で観光業が困難に直面した際に、縁あって親しくなったのが『小珠の和』です。小松の美味しい食を提供しているという点は共通ですが、宿泊業とは別のメンバーもいます。だけど、こういうふうに今、進めていいんだっけ?女将という立場でこの決断をしてもいいと思う?というような、些細なことから大きな決断まで、ちょっとした確認ができる仲間がいるというのは、本当に心強いですね」

「小珠の和」とは、小松で店を構える、料亭や旅館の女将・若女将で結成されているグループだ。地元出身者や移住者など様々なメンバーがいる。

「小珠の和」発起人である4名

「移住者だからこそ生活の中での些細なこと…例えば冬の湿気はどうしたらいいの?なんて話も、会話が弾み、地元の人に聞くと思いがけない解決策を教えてもらえる。私は違う土地から来た分、小松の良さがよくわかることもありますし、お互いにそういう話ができるのも楽しいですね」

これからの小松

粟津温泉「喜多八」は2024年で開業70年

喜多八では、真裕美さんが女将になったことをきっかけに、スポーツに力を入れている。スポーツ選手の長期合宿の受け入れや、ヘルスツーリズムにも注力。重光さんが外回りをし、地元の高校と試合する相手を探すこともある。それが宿泊にもつながり、さらに地域のためにもなる。

「出会って間もないころに、重光さんが『俺はこの地で生まれて、この地で死ぬ』って言ったんです。その時に、それは彼がそうするのを邪魔しちゃいけないなと思いました。女将って、前に出ることが多いかもしれませんが、私はあくまで彼を筆頭に、従業員が気持ちよく働けるよう下で支えたい」

外に出るのは重光さん、それを支える真裕美さんと、更にそれを支える副支配人や従業員たち。現場を守る愛がここにある。

競歩選手としての経験を小松で活かしたい、と語る真裕美さん

「小松だけでなく近隣エリアも含めた広い視野で見ると、こんなに競技場などの施設が整っている地域は珍しいです」

自然のままの姿を残す潟を取り巻く木場潟公園は、カヌー競技開催地としても有名だ。ではカヌー、ボートのまちだと売り出せばよいのかといえば決してそれだけではなく、近隣エリアを含めて施設・環境のレベルが高いという。

「そういう施設を生かして、大きな大会や各競技の登竜門のような大会が小松で開かれればいいなと思いますね。小松は現在、10kmマラソンまでしかできないんです。マラソンは整備も含め、色々と条件が厳しいんです。でも、もっとミニアムなことでいえば『誰かの記憶に残る大会』が行われれば、さらに大きな大会を開催することを目指せると思う。私は小松を、そういうまちにしていきたい」

世界を見てきたからこそ、小松への愛もグローバル級。真裕美さんの小松の世界が、これから旅館を通じてもっと広がっていくのだろう。

「小松のことをまだあまり知らないうちから、もてなす側の立場になってしまった。だからこそ、お客様に教えたい観光スポットなどもたくさん行きました。でも、なんだかんだいって一番好きなのは、安宅海岸。どこよりも思い出の場所なので」

そう言う真裕美さんの笑顔には、小松と重光さんへの愛が溢れていた。

夕暮れが美しい、恋人の聖地でもある安宅海岸

 

■「小珠の和」インタビュー記事はこちらから

■移住者が語る小松市の魅力が紹介されています。『Hello !こまつ』

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