「地域のキーマンに聞く「新しいニッポン」への道筋」、第四回は、島根県邑南町の商工観光課 寺本英仁課長です。
まずは、邑南町で寺本さんが取り組んできたさまざまな施策について語っていただきました。

“町ごとブランド化”をめざした「A級グルメのまち」への道

倉重:まず、寺本さんが今までに取り組んできたことを改めてご紹介したいと思います。
寺本さんがまず最初に地域商品を広めようとした活動は、ネット通販でしたよね。でもやってみるとなかなか難しい。デパートなどに販路を広げることにも挑戦したけど、小さな町お生産量では、なかなか都会の大きな胃袋を満たすことできないと。そこで、やっぱりお客さんに来てもらおうということで、地元で活躍するシェフを育てるという発想になり、さらに「A級グルメのまち」というコンセプトで、地域を活性化しようとされたわけですね。

寺本:うん。

倉重:そのあたりを改めてうかがいたいんですが、取り組みを始められたのは…。

寺本:「A級グルメのまち」を始めたのは平成23年ですね

倉重:平成23年…というと2011年。もうすぐ10年になるんですね。

寺本:はい、合併が平成16年(邑智郡瑞穂町・石見町・羽須美村が合併し、邑南町が発足)でしたからね。

倉重:なるほど。

寺本:そのときに、やっぱり問題になったのは「少子高齢化」なんですよ。

倉重:そうですよね。

寺本:「過疎」という問題が一番の関心事項で、これが全国の地方が持つ同じ課題だったので、合併したんです。少子高齢化で税収が少なくなって自治体の財政がもたなくなってしまう。そのために何をすればいいかなっていうと、やっぱり地域でお金を稼ぐことっていうのがすごく大事だって言われたので、それを一番の仕事として取り組んだんです。外貨獲得ですね。

倉重:はい、それをその当時、いち早く取り組まれたわけですね。

寺本:当時一番代表的だったのは、やっぱり宮崎県の東国原知事が、マンゴーとか宮崎牛を東京のスーパーとかホテルでPRしていくっていう手法でした。これを各自治体がみんな、いいなと思ってやり始めた。邑南町もそう考えていましたね。

倉重:当時から寺本さんはわりとこの先頭に立ってやり始めていて、東京のデパートに、その売り込みに行かれたわけですよね。

寺本:うん。そうですね。

倉重:これが、やっぱり合わなかった?

寺本:はい。

倉重:具体的にどう感じられたんでしょうか?

寺本:二つ、これは難しいなって思ったことがありました。一つは、お金を儲けにいこうとしても、このやり方では逆にお金を取られてしまうっていう。

倉重:どういうことでしょうか?

寺本:例えばブルーベリーのジャムを持っていったら、ラベルのデザインがダサいと指摘されて、やむなく都会のデザイナーに依頼したんです。でも思った以上に費用がかさんでしまって、売れている本数と経費を換算すると、経費のほうが多く出てるっていうことが分かったんです。

倉重:なるほど。

寺本:もう一つは量の問題ですね。やっぱり1万人ぐらいの自治体で、なかなか東京の胃袋を満たすものは作れないと。たとえば岩見和牛(邑南町のブランド和牛)に関して言うと、年間200頭しか作らないのに都会のホテルから1週間ぐらいで200頭分のヒレ肉のサーロインが必要だと言われたら、なかなか…。邑南町のような小さな自治体は対応できないっていうのが普通なんじゃないかと。6次産業化で都会でものを売りましょうと盛んに叫ばれていましたが、外貨を獲得するどころか自分たちが一生懸命稼いだお金を都会に吸い上げられてしまいかねないなっていうのが見えてきたんですよね。

倉重:それで、やっぱり人に町へ来てもらおうと思われたわけですね。

寺本:そうです。やっぱりアウェイで勝負しちゃだめだなって。やっぱりホームでしっかりお客さんを迎え入れる。地域資源というのは変わるものではないんですから、その地域資源を外に持ってくんじゃなくて、中に来てもらって、アウェイじゃなくってホームゲームで戦っていけば、それなりに勝機はあるんじゃないかなっていうのが、A級グルメの発想ですね。

地域活性化のポイントは人材育成の仕組みづくり

倉重:発想としてすごいなと思ったのは、その「来てもらう」方法です。おいしいものの原材料はあるんだけど、料理がないので、シェフを育成するという発想になったわけですよね。

寺本:どこの地域にもおいしいものがあるんですよ。みんな自慢しますよね、うちの町のこんな特産品がありますって。

倉重:はいはい。

寺本:でもその自慢のしかた見てると、基本的には東京のどこどこで扱われてるとかスーパーと取引されてるとかっていう話になるわけですよ。僕もそれを目指してました。

倉重:はい。

寺本:じゃあ自分の地域には何があるのといったら「何もない」って、みんな言うんです。

倉重:うん。そうですよね。

寺本:それはある意味そうなんですよ。だって「いいもの」は、外に出そうという発想だから。

倉重:確かに。

寺本:地方は一般的に「農業」にはすごく力を入れています。農業研修生制度など、人材育成からしっかりやっているんです。でも「作る人」はいるけど「売る人」はいない。いいものを作ったら、東京で売るということだけしか考えていません。それではうまくいかないんじゃないかと。

倉重:うんうん。

寺本:農業も頑張るけども、出口である「食」っていう部分。食と農が両輪になって頑張っていかないといけないんだったら、これは「食の人材育成」も必要ではないかと。それは料理人じゃないか…ていうので、料理人を育成していこうと。 そういうシンプルな発想にいたったわけです。

倉重:そこがコロンブスの卵というか、当たり前のようで、なかなかそこまでやれるって思わないですよね。思ったとしても「大変そうだ」と思いますから、どうしても選択肢から外しちゃいそうですよね。

寺本:うん。そうですよね。

倉重:そこを寺本さんは果敢に取り組まれています。しかも、仕組み作りからという考え方ですよね。当然いきなり有名シェフがか来て働いてくれるわけがないので。

寺本:はい、そう思います。

倉重:育成っていうことを、地域おこし協力隊とか、そういう制度をうまく使ってやっていこうという。そのあたりが相変わらず仕掛け人・寺本さんの真骨頂なんじゃないかなと思うんです。

寺本:おっしゃるとおりですね。「料理人を作れば、地域は活性化する」って言っても、言うのは簡単だけど本当にできるのかっていう話ですよね。じゃあどうやったらできるかっていうことで、やっぱりスキーム(仕組み)を作る必要があるわけです。僕は野球が好きなんですが、特に広島東洋カープが好きで、お手本にしているんです。言ってみれば「弱小球団の戦略」です。

倉重:と、おっしゃいますと?

寺本:よく言われることですが、やっぱり資金力がないから「人材育成」しかないんですよ。どこかのチームのようにお金があれば、外からいい選手をいくらでも取ってこれるけど、そこには限りがあるわけですから、育てることって大事じゃないかと。これはもういたってシンプルですよね。となるとスキームを作るっていうところでは、地域おこし協力隊という制度を使うことによって、お金の面では工面していったり…。ものの面でいうと「食の学校」とか「AJIKURA」(町が設立したレストラン)っていう「装置」を作っていきました。仕組みを作るというのはすごく大事ですよね。

邑南町ブランドの源泉「ビレッジプライド」とは?

倉重:そういった活動を拝見して、これはすごいということで、実は当社のメンバー全員で邑南町で合宿しました。あれは2018年だったと思うんですが…。

寺本:2年ぐらい前ですよね。

倉重:あのときも印象に残っていることが山ほどあります。とにかくこう、あの当時で20軒ぐらい飲食店ができたとおっしゃっていました。

寺本:今は50軒くらいになってます。

倉重:あれからまたそんなに増えているんですか…。すごいですね!

寺本:一番大事なのは、理想形をシンプルにイメージすることかもしれませんね。シンプルに理想を掲げた上で、それに必要な、人・モノ・金をどうやって揃えていくかということをいっこずつ整理していくと、これがスキームになっていくわけですよね。

倉重:本当にそれは、当時も現場を色々ご案内いただいて、その成果を目の当たりにして「すごいな」と思いました。

寺本:はい。ありがとうございます。

倉重:実際に移住されて、シェフの勉強をされて、実際に自分のお店を出した方に何人かお会いしたんですけど、やっぱり感動したのは、皆さんやっぱりすごいエネルギッシュっていうか、みんな生き生きしてて。色々と経緯を説明をしていただくんですけど、何て言うんすかね…やっぱり魂がこもってるっていうか、それを感じて。当時うかがったうちのメンバーも、もう本当にシンプルに感動してたんです。こんなふうに自分も「やりがい」を見つけて、自分の人生を生きられたらどんなにいいだろうということを、感じたと思うんです。そういう場を作られたってのは本当に素晴らしいなと思います。

寺本:基本的に行政って「ブランドlを作りたいんですよね。邑南町だと「A級グルメ」っていうのがそのひとつになったんですけど。

倉重:はい、はい。

寺本:この「A級グルメ」というブランドが面白いのは、個々はそんなに際立ってないんですね。

倉重:個別の商品ブランドとは違いますよね。

寺本:そうなんです。例えば石見和牛の生産者、キャビアの生産者、その他乳製品や、レストランとかはあるんですが、ひとつひとつは質は良くても小規模でなかなか際立たない。でもそれらが集まって「A級グルメ」という食の町のブランドを作ることができました。

倉重:そうですよね。

寺本:個々の商品ごとにブランド化を目指していたらうまくいかなかったと思います。個々のブランドに町中の人たち全員がプライドを持つまでには時間もかかるし難しいですからね。だから邑南町で僕が取り組んできたことは、生産者一人ひとり、町民ひとりひとりのプライドをしっかり芽生えさせたり感じてもらって、そうしたプライドが数多く集まったものを、ブランドにしたわけなんです。ブランド作りのポイントは、やっぱりその地域のできるだけ多くの住民がプライドを持てることではないかと。そこをしっかり成立させてかないと、なかなか際立ったブランドにはならないんですよね。

倉重:それは本当によくわかります。「シビックプライド」っていう言葉は少し前からありますが、それを寺本さんはあえて「ビレッジプライド」っておっしゃったじゃないですか。そのほうが意味が際立つというか、本当にいい言葉だなと感じました。

寺本:ヨーロッパの方は、みんなそんなふうにやってるんですけどね。

倉重:そうですよね。邑南町に伺ったときに感じた強烈な印象は「なんて綺麗なまちなんだろう」ということでした。そのことだけで、我々からしたら非日常だったんですが、色がそろった屋根瓦の町並みもそうですし、シンプルに道にゴミが落ちてないんですよね。、なんか本当に綺麗で。

寺本:そうですね。ありがとうございます。

倉重:なんて綺麗な町なんだろうと。そこらへんからもビレッジプライドが垣間見える気がしました。

寺本:20年前ぐらいは、どの町も綺麗だったんですよ。高齢化でできなくなってきているのは事実です。

倉重:そうなんですか。

寺本:草刈りもできなくなってきていますからね。まだ邑南町はね、そういった意味ではやる気のある、プライドを持ってる人が多いのかもしれませんね。そうした町民のプライドが、1万人分集まって、「ビレッジプライド」というブランドになってるんですかね。そういった意味では、やっぱり個々の商品ブランドから考えなくてよかったなと思ってます。

倉重:そのお話は面白いですね。やっぱりインパクトとしてはNHKの「プロフェッショナル」に出られた(※1)のも大きかったですかね。

寺本:だって、あれがなかったらここまで知られなかったでしょうからね(笑)

倉重:本当に大きなきっかけだったと思うんですけど、あれはいつでしたか…。

寺本:4年前ですね、2016年だったんで。

倉重:そうですか、まだ最近のことなんですね!それからのジャンプアップがまたすごいですね。

寺本:「プロフェッショナル」を撮影してるときは、正直自分でもまだ確信が持ててなかったかもしれません。放映後、1~2年たって本物になってきたのかもしれませんね。
自分が出演したということ以上に、町民の皆さんに自信が湧くきかっけになったと思います。寺本が言ってることも、結構正しかったと(笑)。一緒にやってきてよかったなと思ってくれる人が増えたかもしれませんね。それはやはり認めてもらえる機会ができたというのが非常に大きかった。そういった意味では、非常に大きなインパクトのある番組だったと思います。

倉重:今年の地方公務員アワード2020(※2)も受賞されました。おめでとうございます。あれは地方公務員の本屋大賞みたいな存在ですよね。本屋さんプロとして選ぶ本のような。

寺本:ありがとうございます。いろんなところで評価していただくのは本当ありがたいです。感謝しています。

次は、コロナの影響と、それに対して寺本さんが取った驚くべきスピード感のある施策について語っていただきます。

※1)2016年地域おこしのトップランナーとしてNHKプロフェッショナル仕事の流儀に取り上げられました。
https://www.nhk.or.jp/professional/2016/0926/index.html

※2)
「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2020」において、『地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員2020賞』、『特別協賛社賞-「電通CP塾賞」』を受賞されました。
https://www.holg.jp/award/2020-12/

<インタビューのハイライト動画はこちら>

2本めの記事はこちら
地域を変化させる力の源とは何か(2)〜島根県邑南町商工観光課長 寺本英仁さん〜【地域のキーマンに聞く「新しいニッポン」への道筋】

3本めの記事はこちら
地域を変化させる力の源とは何か(3)〜島根県邑南町商工観光課長 寺本英仁さん〜【地域のキーマンに聞く「新しいニッポン」への道筋】

寺本英仁(てらもと えいじ)
島根県邑南町役場職員。1971年島根県生まれ。<A級グルメ>の仕掛け人として、様々な試みを行い、全国の自治体から注目される存在に。『NHK プロフェショナル 仕事の流儀』ではスーパー公務員として紹介された。
2018年には『ビレッジプライド 「0円起業」の町をつくった公務員の物語』、2020年に藻谷浩介氏と共著の『東京脱出論』を出版。

【インタビュアー】ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門のベンチャーに創業期から参画。大手企業のネット戦略、Webプロデュースなどに数多く携わる。2012年に北海道の地域観光メディアを立ち上げたのをきっかけに、2013年「沖縄CLIP」、2014年「瀬戸内Finder」を手がける。2016年3月、地域マーケティング専門企業「ネイティブ株式会社」を起業し独立。