地方創生の掛け声のもとに、移住促進や地方での起業サポートなど、全国各地で様々な取り組みが行われています。中でも成功事例として注目されている自治体のひとつが、島根県邑南町です。

人口約1万人、高齢化率43%という部分だけを見ると、よくある地方のまちに見えるかもしれません。しかし注目すべきは、人口減少が緩やかに改善し、出生率が2.46倍になり、保育園では一時期待機児童がでる事態になり、年間約90万人の観光客が訪れるまちであるということです。

地方のまちはどのようにして再生したのでしょうか。仕掛け人の邑南町役場職員の寺本英仁さんが語るイベントが東京丸の内で開催されました。

全国平均を上回る出生率。なぜ町は再び活気づいたのか?

講演を行う寺本さん(邑南町役場)

邑南町の出生率が改善した理由は、若者のUターンやIターンが増えたことが要因のひとつ。800人が移り住んだというのですから、驚異的な数字です。なぜこのような事態が実現したのでしょうか。

「Uターンをいかに増やすかが大事だと考えたんです。地方移住というと、Iターン者を増やそうとしがちですが、Uターンが大事だと考え、自分の息子が帰ってこられるまちを作る。そのためには、地元に魅力を感じて『帰りたい』と思ってもらうことが大事ですよね」

Uターン者を増やすために、魅力的でなければならない人たちを発見

そこで寺本さんが注目したのが、人口の43%を占める高齢者の方々です。

「高齢者のみなさんが輝かないと魅力的にはまちにはなりません。実際、今の邑南町には、たくさんの輝いている人たちがいるんです」

高齢者が輝くためにどうすれば良いのか。寺本さんが注目したのが「ミシュランガイド」と、ヨーロッパと日本の違いでした。

「ミシュランガイドに乗っているレストランを見てみると、ヨーロッパでは地方にもたくさんあるんです。しかし、日本では東京に集中している。これは日本の構造が、人も素材も、良いものを地方で育てて東京に送るということになっていると気づいたんです」

邑南町には、様々な野菜や牛肉など誇れる素材がある。それならば、全国から食べに来たくなるA級グルメのまちを作れるのではないか。そこから様々な取り組みが始まりました。

「食」と「農」の町として生まれ変わる

寺本さんがはじめに手掛けたのは、町営のイタリアンレストラン「AJIKURA」。シェフやソムリエを全国公募で選び、寺本さんも「この人は」と思ったシェフのもとに通い詰めながら、邑南町への協力を打診したと言います。

「これが当たったんです。全国各地から人が訪れるレストランになりました。価格も強気です。このレストランでは、地元の食材を使い、農家さんにも還元していくという発想です。都会に素材を売るのではなく、地元に残して、付加価値を付けるという挑戦です」

A級グルメを掲げたまちの取り組みは、料理人を目指すIターン向け研修制度「耕すシェフ」を開始、技術の獲得だけでなく、稼げる料理人を育成するために、邑南町の食文化を学ぶ「食の学校」と、もうかる農業を教える「農の学校」をつくるというように進んでいきます。

研修生だけでなく、町の人も学びに行くことで、相互の交流もうまれていったそうです。

地元の人ががんばり始めると若者が集う

会場には70人以上の参加者が集まる

「これらの取り組みを通じて、まちに複数のA級グルメのお店ができました。それに伴って経済も活性化し、まちが魅力的になります。レストランで食べた食材を買って帰りたいと、道の駅も盛り上がります。現在は3億5千万円の売上になっています。

構想していたように農家さんの売上もあがり、数千万円を売上を上げる人もでているんです。60代、70代が中心の農家さんが若い人を雇用するようになり、それがまた高齢者の元気に繋がっているんです」

まちに住む人たちと、移住者の交流は住民の意識も変えるきっかけとなりました。地域課題の解決を行政に任せるのではなく、自分たちで解決しようという流れに変化していったのです。

「住民たちが出資して会社を作ったり、空き家を改修して、レストランをやりたい若者に貸したり、住民が最初から関わるから、お店を開いた後も、応援しようという流れになるんです。この取り組みが、ゼロ円起業の仕組みとして注目されたりもしています」

地元の人ががんばることで、地元に帰りたいと東京に出ていった若者が戻ってきており、地元の青年部が復活したという事例もあるそうです。

「高齢者ががんばり始めると、地元に帰ってみようかなとなるんです。自分のまちには、素晴らしい人と資源があると思うことが大事で、そうすれば必ず地元に帰ってきます」

地元で活躍する人材は、「応援される人」

後半は3人の鼎談が行われた

イベントの後半では、寺本さんに加え、ふるさと納税ポータルサイトして利用者数が日本一のふるさとチョイスの創業者の須永珠代さん(株式会社トラストバンクの代表取締役)、『地域を共に創る。』を掲げ、関係人口創出に力を入れる倉重宜弘(ネイティブ株式会社代表取締役)の三者による鼎談が行われました。

倉重:町営のレストランを作り、人を育て、まちの人たちが活性化しという全体がうまく設計されていますよね。財源や制度も国が用意しているものをうまく使っているように思います。

寺本:昔は補助金もたくさん使わせていただいていたのですが、今は全くやってないです。金融機関と連携した方が良いなと考え、今は地元の人たちが借りて設立しやすくするなど、連携面に力を入れていますね。

起業する人が偉いわけでも、成功した人が偉いわけでもないですし、大事なのは、それを地元の人が応援するということだと考えています。

須永:どんな方が活躍されているとか傾向はあるんですか。

寺本:お年寄りに好かれる人が多いですね。自己実現を貪欲に求めている人よりも、お年寄りに「ほっとけない」と思わせられる人の方が良いんじゃないでしょうか。

地元の人が輝かないと意味がないので、輝かせるような人が良いんだと思います。

ふるさと納税をうまく使えるかどうかがポイント

ファシリテーターを務める倉重(ネイティブ株式会社)

倉重:邑南町では、ふるさと納税はどのように活用されているのですか?

寺本:余っている米を売りたいと思って、いま定期便を増やしたりしています。基本的な考え方は、地元では売りにくいものをふるさと納税に出すということなのではないかと考えています。

須永:とても共感します。ふるさと納税をひとつのツールとして使っていただく、活用いただくというのがポイントだと思うんですよね。

邑南町の場合は、ふるさと納税で売って終わりではなく、最終ゴールとして来て食べていただくという戦略がとても良いように思います。

寺本:自分たちで作ったものを自分たちで売るのが大事で、その入り口になるのがふるさと納税という位置付けを考えています。

倉重:ふるさと納税は、実質的にお得になるし、敷居を下げてくれますよね。そして最終的には、きちんと買って、食べてもらってという流れにつなげるのが大事でしょう。

うまくいくふるさと納税は、自治体の戦略がある

ふるさと納税から見た地域を語る須永さん(株式会社トラストバンク)

須永:そのまちがどうしていきたいのかを考えるのが、ふるさと納税だと思うんです。どう活用するのか、どう将来を考えるのか。自治体の戦略ありきですよね。

そしてふるさと納税だけに頼ってもいけない。すべてを戦略的に実施することが大事でしょう。

倉重:邑南町では、人に投資するという明確な戦略があり、その結果として地域商社が生まれたりという展開があるのもポイントでしょう。

寺本:ふるさと納税の受発注業務などを担う会社を地元に作ったんですよね。商品を選定するところから配送まで一貫してまちの中でできるし、雇用も生んでいます。

外からでは商品の開拓も難しいでしょうが、まちの中の人だから話も早い。だから新しい商品もあがってくるし、結果的に寄付額もあがってくるというかたちになっています。

売上だけに注目するのではなく、まちが輝くことが大事

寺本:納税額ばかりに目が行きがちなんですが、まちが輝いているかどうかが大事です。1社、2社が独占しているというのではなく、1万円でも、2万円でも良いからみんなが稼ぎましょうと言っています。

ちょっと稼いで楽しく使うことで、子どもたちの世代のしごとがうまれるという循環なんです。

倉重:ふるさと納税を入り口に、地域でのファンが増え、関係人口が増えることにつながると良いですよね。全国の事例を見ていると、何を求めていくのかといえば、人をめがけていくという例が多いように思います。

寺本:そうなんです。ふるさと納税を入り口に、実際に訪れてもらって、それをリピートしてくれるようなかたちですよね。

須永:地方は本当に魅力的ですよね。資源がたくさんある。ただし、産業化する術がないということなんだと思います。

邑南町をみていると、地元のみなさんが関わっていくことで、磨き上げられることを感じます。

寺本:地域の資源は、まちがいなく高齢者です。高齢者が輝けば、若者がもどってくるし、産業も活性化していくんです。

地域の誇りは何かを再確認するのが第一歩

地方創生の成功事例のひとつとされる邑南町の事例からは、様々なヒントが学べます。

限界集落の里山のまちが、若者が戻り活気あふれるまちになるという変化は、奇跡ではなく、地域の資源を見直し、何を目指すのかを示し、共有していった結果だといえます。

地元に住み続けている人も、Iターン者やUターン者も、まちをあげて、他人ごとを自分ごとにする仕掛けがあり、結果的にまちが盛り上がっているといえるでしょう。

邑南町の今後の取り組みに期待が高まっています。

文責:ネイティブ編集部