茨城県つくば市 塚本 健二さん
- 統率(リーダーシップ)67
つくば市の重点戦略の中核を担うスタートアップ推進室の初代室長に抜擢され、今後さまざまな施策を仕掛けていく立場となっている。現状は手探り状態であるが、市内外のパートナーシップを構築し、徐々に独自性のある取組みへと進化していくための種まきをしている段階である。 - 武勇(行動突破力)86
南極越冬隊に自ら志願し、1年2ヶ月におよぶ派遣生活を送っている。そのような経験から、機会に対して前向きに挑戦し、スタートアップ企業の経営者といった決断が早く行動力のある人々とも交流できるだけの資質を培ってきている。現在は市内外の各種イベントを飛び回っている。 - 知略(ビジョン)74
つくば市の強みとしての研究開発力と、雇用創出や税収増といった行政ミッションを結びつけるスタートアップ推進の重要性を理解するとともに、具体的なアクションに落とし込む作業を進めている。他の自治体でもあまり例のないプロジェクトに対して、モチベーションは高い。
- 政治(内政外交)83
市役所職員としての立場と、中堅として若手とベテランを結びつける役割を活かし、行政組織や地元企業といったところのネットワークを構築している。そこにさらに、スタートアップやベンチャーキャピタルといった異質な存在を混ぜ合わせるための施策を進めている。
記事のポイント
- 2018年4月にスタートアップ推進室を創設
- 目指すはスタートアップ推進都市。起業家・研究者・投資家の出会う場を提供
- 科学技術を社会課題の解決につなげるためにスタートアップを活用する「つくばモデル」創造へ
全国でも珍しいスタートアップ推進とは何か
ーつくば市の概要とスタートアップ推進室は役割を教えてください
つくば市は国の研究機関のおよそ3割が立地し、民間を合わせるとその数は約150にも上ります。そこで約19,000人の研究従事者が働いている、研究・事業シーズが豊富に集積している地域です。また、国際戦略総合特区の認定を受けています。市としても、一般社団法人つくばグローバル・イノベーション推進機構(産学官連携のコーディネート機関として設立された)への支援を通して、研究シーズを発掘し育てて世の中に出していく、イノベーション・エコシステムの構築に取り組んできました。
このような背景のもと、つくば市では本年4月にスタートアップ推進室を新設しました。当室では、スタートアップを「新たなビジネスモデルを開拓し急成長を目指す会社」として捉え、市内でスタートアップの創業から実証、そして成長できる舞台の提供を目指し、行政として戦略的にスタートアップ支援を行っています。
スタートアップ推進室長 塚本 健二氏
ーつくばのスタートアップは、つくばの科学技術政策とも密接に絡んできますよね。科学技術振興課という部署もあると思いますがその役割分担は?
市役所における役割分担としては、研究シーズの発掘から育成の部分を科学技術振興課が担当し、そこから先、事業化の部分はスタートアップ推進室が担当しています。
スタートアップ推進室が新設されたことで、筑波研究学園都市のポテンシャルを最大限に活かし、より多くのスタートアップの創出と成長促進を支援することが可能となり、新たな産業の創出、雇用や税収確保などにより、持続的な成長ができる街になっていくと考えています。
文化の違う行政とスタートアップが付き合う秘訣
ーそういった中で、つくば市はどのような取組を実施しているのですか?
つくば市では現在、科学技術振興課が「つくばSociety 5.0社会実装トライアル支援事業」を進めており、研究機関、教育機関等の新技術、例えば、IoTやAI、ビッグデータ解析、ロボットなどの社会実装に向けた実証実験を支援し、つくばのフィールドを活用して「超スマート社会」の実現に向けた取組を行っています。
その枠組から生まれた社会課題の解決手法を、スタートアップ推進室が受け継いで事業化につなげていきたいと考えています。
なお、スタートアップ推進室では、現在、「つくば市スタートアップ戦略」の策定をしているところであり、この戦略は12月に公表する予定です。
この戦略は、ヴィジョンとして、スタートアップに寄り添うまち「スタンドバイ・スタートアップ」と科学技術が社会実装されるまち「ディプロイシティつくば」の2つを掲げる予定です。
そして、施策の基本方針の1点目は、スタートアップの創出と誘致を通して数を増やすための施策を行うこと、2点目はスタートアップの成長の障壁に対し事業化を加速させる施策を行うこととしています。
このような、スタートアップにフォーカスした戦略を策定する自治体はつくば市が初めてではないでしょうか。
ー行政とスタートアップでは、スピード感が全く違うような気がするのですが。スタートアップの方々と接するにあたり何か感じるものはありますか?
スタートアップは、成長段階に応じてさまざまな課題を持っており、それぞれの段階に応じた支援が必要であると感じています。
例えば「設立準備期」。社会課題の解決するアイディアを持ち起業して世の中の役に立ちたいと思っている起業家の卵。一方、技術シーズを持つもののその活用手段を見つけられない研究者。私は、当初、単純にこの2者をマッチングさせることができれば、イノベーションを起こせるのではないのかと考えていました。しかし、現実は、そのイノベーションを世の中に普及させるためには、その事業に投資をする存在が必要であり、この時期には、3者がタイミングよく出会えるような「場」を作ることが必要となってきます。
一方、資金面における課題では、スタートアップのニーズを受け、今年度から一部の補助制度でいくつかの変更を行っています。例えば、既存のスタートアップ向けの賃料補助金制度では、補助率を30%から100%とし、補助要件の月額賃料の下限も撤廃、さらに交付方法も、補助事業終了後の交付から、概算払い(前払い)での交付も可能としました。
これは、設立間もない資金的な課題を持つスタートアップの実情に即したものです。行政は、株価の変動が激しいスタートアップの株主になって直接資本を投入することは難しいのですが、補助金の交付方法の変更などを工夫することで、スピード感を持ってニーズに対応していると考えています。
もともと、つくば市には、研究者が非常に多く、それに比例して技術シーズが数多く存在しています。市としては、アイディアを持っている起業家、資金を提供する投資家、そして、技術シーズを持つ研究者が出会うことができる「場」を作っていくことが大切だと考えています。
私個人的にも、起業家、研究者、投資家が気軽に集まることができる、たまり場のようなところがあればいいなと思います。一番重要なのは、その場の「雰囲気」だと思うのです。誰でも気軽に足を踏み入れることができる、そこに行くと顔見知りが多くいて、いつも新たな人脈が作れる、その場にいると自然にネットワークが広がっていく、そのような「場」がつくばには必要だと思います。6月には、その場づくりのプロトタイプとしてTSUKUBA GLOBAL NIGHTを虎ノ門ヒルズ(東京)のVenture Cafe Tokyoで開催しました。過去最高の約600人の方々が参加してくださり、改めてつくば市が持つスタートアップ推進都市としての可能性を確信しました。
そして、まち自体の「雰囲気」も大切です。スタートアップというワードをつくば市民は皆知っている。だから、つくばに行けば自分もスタートアップを起業できる。そんな「雰囲気」をまち全体で作っていきたいですね。そうすれば、つくばが、スタートアップ推進都市として認知されていくのではないかと思っています。
これまでのつくば発ベンチャーというとどのような感じだったのでしょうか。
私は以前、つくば市にある産業支援機関「つくば研究支援センター」でベンチャー支援をしていました。これまで、つくば発ベンチャーのマッチングの相手は、大企業が多かったと思います。大企業に技術シーズを売り込むことで業務提携に持って行くというビジネスモデルですね。
それが近年では、スタートアップとして投資家から資金調達を目論むパターンが増えてきたと感じています。
もちろん前者と後者では、相手が違うため、プレゼンの手法も全く異なります。前者は、相手企業の技術者に向けた「自社技術の解説」がポイントとなり、後者は、「私の技術は、世の中を変えることができます。さあ投資家の皆さん。私と一緒にこの技術をアレンジして世界を変えていきましょう。だから、私に投資してください。」というプレゼンとなります。もちろん双方とも目標設定が違うので、どちらが良くて、どちらが悪いかということが一概に言えないと思いますが、「技術解説」に加え、資金調達を意識した新たな動きが出てきていると思っています。
ーさまざまなステークホルダーとの関わりが大切だと思いますが、他の自治体動きや市内の研究者の起業意欲など変化していますか?
世界では、スタートアップといった世の中を変えるような大きなインパクトを起こす企業が生まれ、日本でも「起業」を取り巻く流れが急に変わってきています。国もスタートアップの育成支援プログラム「J-Startup」を始めました。これは、スタートアップが国家としての競争力の源だと考えているからだと思っています。それに気づいている自治体はすでに「スタートアップ都市推進協議会」という枠組みで活動を始めています。
ここ、つくばでは、これまで多くのベンチャーが生まれてきました。しかし、そのベンチャーには、研究所において、ある研究テーマを公的研究費で研究していたところ、なんらかの理由で研究費を受け取ることができなくなってしまった。だから、補助金などの公的資金で研究を続けていくためにベンチャーを立ち上げる。こういった設立経緯を持つベンチャーも少なくはありません。
しかし、世界の動きを感じてスタートアップとして起業するという研究者の方も現れています。今年、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の研究者の方が起業したのですが、この方は、スタートアップとして、世の中に貢献していきたいとおっしゃっています。また、産業技術総合研究所(産総研)発のスタートアップは、大手企業に買収され、その創業者は、産総研に戻って新たなスタートを切りました。